第18話

 午前中に行った7体目の魔王討伐から3時間後、最後の魔王の討伐を開始することにした。



 私が左足を失くしたことで、日を改めたほうがよいのではという意見があったが、私にはもう時間がなかった。

 足の切断面を治療し、なんとか血は止まった。杖を借り、魔法で補助をしながらゆっくり歩く。


 今訓練場にいるのは、私とシステル、そしてシステルと同じ甲冑姿の城の騎士200人。最後の討伐は、素人の志願者ではなく、このメンバーで行う。



 陣形の最前列をシステルが名乗り出た。

 周りの騎士はもちろん止めたが、システルは譲らなかった。今日で魔王がいなくなったとしても、システルの力はこの国に必要だった。


 これから国を立て直していくというときに、あなたがいなくてどうするのですか、と騎士たちは考え直すよう説得していた。


 たとえシステルほどの力があっても、魔王の攻撃を耐え続けることはできない。最前列となると、確実に死が待っている。

 他の騎士たちにハスクートほどの力があればいくらでもやりようはあったはずだが、そこまでの力を持つ者はほとんどいなかった。



「お願いします。私にやらせてください」


 システルは私を見つめる。その目を見て、私はリヨルクを思い出した。


 システルは、死にたいのかもしれない。


 システル自身にその自覚があるかどうかはわからない。だがその目には闘志ではなく、ようやく自責の念から開放されるという安堵の色が見えた気がした。

 


 私は仕方なく許可をだした。もちろん、システルに死んでもらっては困る、何か手を考える必要がある。システルには悪いが、まだ死なせるわけにはいかない。


 

 最後の魔王討伐を行うという知らせに、城の庭園に国民が集まっているそうだ。一度そこに顔を出してから、魔王の元へ行くこととなった。



 

 

 一番先頭の騎士が、大きな扉をあける。

 庭園に続く緩やかな階段を騎士たちが順に降りていく。階段を降りると、城の壁に沿って左右に分かれて進み、横一直線に並んでいく。私は杖をつき、ゆっくりと進む。システルとともに最後に出ていき、階段の一番上で止まると扉が閉まった。

 システルは万が一に備えて、私の前に透明なシールドを張った。

 

 

 庭園はたくさんの人で埋め尽くされていた。


 最前列の人と横一列に並ぶ騎士たちの距離は10メートルほどだった。庭園の真ん中にあるクリーム色の歩道だけでなく、周りの花畑の上にも人が立っていた。あんなにもきれいだった花が踏み潰され、人々の足元からかすかに見える地面には花びらが散っていた。

 部屋から眺めていた、好きだった花畑はもうなかった。最後に見たいと思っていたが、もう叶わなかった。



 庭園の隅に20人ほどの黒服の集団がいた。おそらくドゥール教徒だ。いつかの討伐に参加していた、灰色髪の男性もいた。彼らは私と同じような黒いマントを身にまとっていて、その不気味さからか、周りにいる人々が少し距離をあけていた。



 人々はぞろぞろとでてきた私たちを見て、何か始まるのかとざわついた。


 私は魔法で広場の声に聞き耳をたてていた。


「あそこにいるのって、誰だ?」


「国王様じゃないぞ。隣の男は騎士のようだが」


「国王はわざわざ出てこないだろ」


「のんきに高みの見物か……」


「いやいや、魔王が今日でいなくなるのも、国王のおかげだろう。討伐作戦がうまくいってるのがその証拠だ」


「別に国王が直々に相手してるわけじゃあるまいし、何もしてないのと一緒でしょ」


「おいっ、そんなことでかい声で言うなよっ」


「ほんとのことでしょう? 毎日生きていくのに必死で、今日魔王が死んだからって、明日からお腹いっぱい食べられるわけじゃないんだから。急に何か変わるわけ?」



 国王に反感を持つものはいるが、それは仕方がない。人間を一つにまとめることはできない。そんなことができるなら、魔王は生まれなかっただろう。




「お集まりの皆様に、お伝えしたいことがございます」


 システルの大きな声が、庭園全体に響き渡る。魔法で声を大きくしているおかげだが、システルならそれなしでも広場の端まで届きそうな勢いだ。



 今から最後の魔王の討伐をすること、最後は騎士200人で戦うこと、そして、私のことも紹介した。


「魔王への攻撃はこの方が行います。魔王を倒す魔法を使うことができます。そしてこの方こそが、いままで魔王を討伐していたお方です」


 システルが隣にいる私を紹介する。


「あの人が?」


「一人で?」


「顔見えない……」


「なんかちょっと怪しい感じだね」


「なんで仮面被ってるんだ?」



 討伐の説明のたびにこういった言葉を聞いてきたが、それも今日で終わりだ。私はいつも突っ立っているだけだったが、毎度それに答えているシステルを見て、面倒ではないのかと思っていた。



 いつだったか、システルに尋ねたことがあった。


「一年に一度の頻度ですから、面倒ということはありません。それに志願者の方たちにとってはとても大切なことですから、私は毎回緊張しています」



 私は聞いたことをすぐに後悔した。面倒などと、国民のために戦う王女が、そんなことを思っていいはずがない。王女である自覚を常に持たなければならない。少しの油断が、言動が、どう転ぶかわからないのに。


 私は常に王女でいなければならなかったが、本質はやはり化物なのだ。声を出せなくて助かったと何度思ったことか。おかげで余計なことを言わずにすんでいる。



 私はぼーっと遠くを眺めながら、そんなことを思い出していた。


 今日で最後だと思うと、いろいろ思い出すものだな。

  




「そいつは化物だ!」



 誰かが叫んだ。私はハッとして思い出の中から引き戻された。


「そいつが魔王なんだ!」


 群衆の中からまた大声が聞こえた。さきほどとは別の人だ。



「みなさん! どうか! 信じて下さい!」


 20人ほどが人混みをかき分け、一番前に出てきた。

 彼らは国民と、これから討伐に出る騎士に訴えかけた。


「全部そいつのせいです! 魔王が人に化けています! 魔王を倒せるのは魔王だけなんです! このままではこの国は滅びます!」


 男性が階段にいる私を指差す。肩にかかる青い髪、オレンジの瞳。システルと同じ歳くらいだろうか。その目には、ここからでもはっきりわかるほどのクマができていた。


「お願いです! 私たちはこの国を救いたいのです! これから討伐に向かうあなたたちは、今からこいつに殺されるんです! 私たちは見た! 聞いた! こいつは人間の魂を食っている!」



 この国で唯一、本当のことを知っている、ハスクートの生き残りたちだ。

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