第19話


「システル! どうしてわからない! 討伐でみんなが死んだのは、そいつのせいだろう!? みんなが魔王のシールドを防げないはずがない! そのために準備してきたんだ。10分なんて楽勝、30分だって耐えることができたはずだ!」


 男性はシステルに向かって叫ぶ。


 なんの話しだ?と人々がざわつく。

 システルが名指しされたことで、騎士たちも少し不思議そうな顔をした。



「残念ですが、みな、魔王に殺されたのです。先ほどの討伐は苦戦をしいられました。この方も、片足をなくされています」


 システルに一切の動揺はなかった。


「そんなのどうとでもなるだろう! 自作自演の怪我だ! 魔王なんだから、それくらい頭のおかしいことができるんだよ!」


 合っている。



「これって、どっちを信じるべきなんだ?」


「バカ! 何言ってんの! あんなよくわからない人たちのこと信用できないでしょ!」


「そうだけど」


「嘘ついてる感じにも見えないよなあ。それに、嘘だったらこんなことするメリットあるか?」


「でも、もしあの人が魔王だったとして、なんで魔王を倒すのに協力してるのさ?」


「……騙すため?」


「そもそもあの仮面のやつ誰なんだよ」



 私はシステルを見る。どのみち王女だとみなに告げるつもりだったので、システルは頷いてくれた。


 私は仮面と頭のマントをめくった。





 騒がしかった群衆が、一瞬静寂につつまれた。

 白髪に緑の瞳。

 誰もが1度は見たことのある、王女の顔だった。






「まさか……王女さま?」


「王女様が、魔王を倒してんのか!?」


「えっ? うそっ? どういうこと?」


「でも右目おかしいぞ? 緑か?」


「なんか、黒っぽく見えるけど……」


「本物の王女様か?」


 


 

「この方は、この国の第一王女! これまでの魔王は、すべてこのお方が討伐されています!」


 システルが叫ぶ。



「ほんとかよ!?」


「ああ、王女様、感謝します……」


「えっ、おかしくないか? だって討伐始まったのって6年前くらいだよな? ってことは……」


「そんな子供のときに、魔王と戦ってたってこと?」


「そんな話……信じがたいが……」


「でも本当ならすごいよね?」


「王女様がそんなにお強いだなんて! この国は無敵じゃないか!」


「じゃなんで姿を隠してたんだ?」


「そんなすごいなら言ってくれればよかったのに」


「そんなことどうでもいいよ! とにかく、王女様、万歳! 王女様、万歳!」





 ……うるさい。

 そういえば、これほどの人が集まる場所に姿を現すのは久しぶりだ。


 大騒ぎする声が、気持ち悪い。

 無性に、全部壊してしまいたくなった。


 ……駄目だ、あともう少しだ。

 何のためにここまで耐えた。全部台無しになる。

 

 

 頭がガンガンする。うまく息ができずうつむく。視界がぼやけ、倒れ込みそうなのを片足と杖に力をいれ踏ん張る。



 みなが何か叫んでいる。

 雑音、雑音、雑音、雑音。


 どうすれば静かになる……。



 もしみんなを殺したら、





 静かになるかな――――。







「騙されるな!」


 ハスクートが叫ぶ。


「王女が魔王なんだ! 王女として生まれてきただけで、正体は魔王だ!」

 

 彼らは訴え続けている。まだ諦めてくれない。


 早く――。








「私は王女様に助けていただきました!」



 誰かが声をあげる。聞き覚えのある声だった。その人は群衆をかき分け、前に出てきた。



 彼だ。

 3体目の魔王討伐の時、私の腕と引き換えに守った男の子。



「魔王に殺されそうだった私をかばい、右腕をちぎられ、それでも魔王を倒してくださった!! 私はその御恩を忘れません。その方は断じて魔王などではありません。この国の英雄です!」


 あのときは細身でやつれていたが、服の上からでもわかるほどガッチリとした体つきになっていた。長かった黄色の髪は短くなり、紺色の瞳には力強さが宿っていた。



「俺も参加したことあるが、魔王と戦うとき危なくないようにシールドで守ってくれたぞ!」


 また別の声が聞こえる。


「オレも3回目に参加してましたが、確かに王女様でしたよ! 顔を見ました! その時は幼かったです。間違いありません」


 これまで討伐に参加していた者たちが声をあげ始めた。



「どうして、話せてるんだ……。契約で、討伐のことは話せないはずじゃ……」


 ハスクートたちが動揺していた。


「もしかして! 王が近くにいるってことか!? 確か、そのときだけ契約が無効だって……」


「こんなところに王が来るか!?」


「……まさか……、『王』って、国王のことじゃないんじゃ……」


「……女王のことか!?」


「いや……、『魔王』のことを指しているのだとしたら……。だがこの場合、どちらでも同じことか……」


 

 志願者たちの契約が無効化されていることに、ハスクートが焦りを見せ始めた。



「守ったのは、利用するためだ! 今がまさにそうだ! 君たちはいいように使われているだけだ! 助けたのはこのためだ!」


 ハスクートはなおも反論する。


「オレは6体目のとき参加してたが、あのとき王女様にいちゃもんつけてたじいさんたちが、王女様を殺そうとしてたぞ」


「わたしも見ました! 王女様はずっと防御してたけど一方的に攻撃されてました!」


「もしかしてそいつらの仲間だったんじゃないのか?!」


「あれは、そいつを倒すためだ! 他の人に危害を加えるつもりはなかった。彼らはみんなを助けるため、自分たちの命を犠牲にして戦ったんだ! 彼らこそ英雄だ! 防御魔法しか使わなかったのは、自分は被害者だとアピールするためだ!」


 

 その通り。


「私たちのときも誰かと戦ってたよね?」


「ああ、でもすげえ雨降ってて、何してんのかよくわかんなかったよな」



 ハスクートは唯一私の正体を知り、魔王討伐のために命をかけた。魔王が生まれるその日に備えて、長い間、ずっとあの魔導書に書かれていることを守り、伝えてきた。


 彼らこそ、本物の英雄だ。

 本当なら、彼らを英雄にするはずだった。



「ぼく! 王女さまに助けてもらったよ!」


 かわいらしい声が聞こえる。


「ありがとう! 王女さま!」


 肩車された男の子が叫びながら手を振る。紺色の髪で、胸から石のペンダントをさげていた。



 私を支持する声が大きくなる。


「騙されないでくれ! お願いだ!」


 ハスクートが叫ぶが、群衆の声にかき消され、もう届いていない。





「もう、やるしかない」


 誰かがそう呟いた。


 次の瞬間、片足のない私の体を支えていた魔法が解けた。バランスを崩し倒れそうになる。システルが支えてくれたが、その時私にかけていたシールドが解除されていることに気がついた。



 それと同じタイミングで複数の剣がこちらへ飛んでくる。システルは手を前に出しシールドを張ろうとした。が、魔法が発動しない。

 とっさに私を抱き寄せ剣を背中で受け止める。甲冑のおかげで剣が刺さることはなく、ガシャンガシャンと地面に落ちた。


 休む暇もなく今度は斧が飛んでくる。システルは剣を抜くが、私を守りながらどこまで耐えられるだろうか。



 私は前を見た。

 一瞬のうちに、目の前は戦場となっていた。

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