第12話


 私は今後、ここにいると伝えた。そして、誰もここには来ないように、と。

 万が一、私が暴走しないとも限らない。


 二人は反対しなかった。おそらく、私がそう言うとわかっていたのだろう。


「なんで、こんなに頑張ってるあなたが、こんな辛い目にあわないといけないの…。ただでさえ、もう家族と言葉を交わすこともできないのに。その上触れることさえできなくなるなんて。国王様たちに何て言えばいいか……」


 父上と兄は、今まで頻繁に私の部屋を訪ねてくれていたが、今後はむずかしくなるだろう。


「そうだな……。国王樣たちは、それでも会いたいとおっしゃるだろうが……」


「私は必ず毎日会いにくるからね。っていうか、あたしもここで寝泊まりようかしら。3階建てだし部屋もたくさんあるし」


「そうか。それなら、私もそうしよう」


「えっ? あなたも? なんで?」


「何かあったときにすぐに駆けつけられるように、だ」


「あなた転送魔法で一瞬で来られるじゃない」


「……それを言ったらきみもそうだろう」


「あたしはいつでもこの子の側にいたいの」


「私もそうだ」


 それを聞いたアデルはぽかんとしていた。


「……あなたの口からそんな言葉がでるなんて」


「私はいつもそう思っている」


「そう……。だけど隣の部屋とかヤメてよ」


「では違う階にしよう」


 そんなことをすれば、ここに重要な人物がいると丸わかりではないだろうか、と思ったが、二人の掛け合いが面白くて、私は何も言わずにただ聞いていた。



 ずっとここにいれたらいいのに。




 私は泣いていた。二人がぎょっとしたので、すぐさま袖で涙を拭い、大丈夫と手を振った。

 気が緩んでいる。しっかりしなければ。



「あなたが泣いてるの、久しぶりに見た。あたしが初めてあなたたちに会った日以来かも」


「6年前だったか。あの日きみは失礼な態度ばかりとっていたな……。今もそうだが」


 あれから6年たったのか。


「しょうがないじゃない。まさかこの子が王女だと思わないでしょ。あのときはものすごく動揺してたんだって。もう見つからないんじゃないかって思ってたんだから」


「城に連れて行かれたら普通は気がつくと思うが?」


「いやー、ほんと、道端で話しかけられてから城に行くまでの道中の記憶全くないのよね。自分でもさ、あんなに取り乱す思わなかった。見つかって嬉しいっていうより、どうしようって不安になってて」


 確かにあのときのアデルは何を話しかけても上の空だった。


「私の故郷の言い伝えには『この本を読めるのは、魔王と同じ日に生まれた人間だけ。そのなかの、たった1人だけが読むことができる。魔王が再びこの世界に現れたとき、その人を探し出し、渡すこと』ってあった」


 アデルは私が持つ黒い本を見つめた。


「その話を聞いて、じゃ今はまだ子供なんだって、思ってはいた。だけど、いざ出会ったら、ほんとに子供なんだって……。こんな子供に、全部背負わせるとこになるんだと思って、怖くなった」


「そしてその人は、魔王を消滅させることができると言われている。つまり、この世界の救世主、か」


「あ、救世主っていのは、私の故郷の人たちが勝手に言い出したことだと思うけどね」


「……? 救世主というのは……言い伝えではないのか……?」


「違うわよ。でも救世主って言ってるようなものでしょ? 魔王を消滅させられるんだから」


「…………」


「……どうしたの? あたし何か変なこと言った?」


「……いや……。なんでもない」


 システルはテーブルの一点を見つめ固まった。アデルはいったい何なのかしらという顔で私を見る。


「生まれてからずっと言われ続けてたの。誰も読めない本、文字なのか模様なのか記号なのか、何が書いてあるのか知らない。言い伝えなんて、嘘なんじゃないかって思うこともあった。だけど、みんなで大切に守ってきた」


「……そして、それは本当だった」


「そうね……。まさか、そのためにこんな遠い国までやってくるとは思わなかったけど」


 アデルの故郷はここからはるか北、遠く遠く離れたところだ。ここまで来るのに何日もかかったと言う。


「あなたはここの生まれよね?」


「私もここの出身ではない。名前もない集落の生まれだ。湖が近くにあった」


「あ、そうだったの。いつ来たの?」


「15年前だ」


 二人が出会って数年たっているが、お互いのことをここまで知らないとは。


「どうしてこの国に?」


「やることがあったからだが、本当のところは……どうなのだろうな。なんというか、呼ばれている気がした」


「……何に?」


「それはわからない。そんな気がしただけだ」


「ふーん」


「……おかしなことを言った。忘れてくれ」


 システルは目線を落としたが、アデルはシステルを見ていた。


「あたしもそういうの感じたことあるから、なんかわかるよ」


 システルは、てっきりアデルが茶化してくるのかと思っていたのだろう。優しく微笑んでいるアデルを見て、目を丸くして驚いていた。


「そうか……」


「そういえばあなた、あの時も固まってたわよね。この子が魔王を倒せるってわかった時」


「それは……」


 システルは手に持ったカップを見つめる。


「それは、そうだろう。そんな突拍子もないことをいきなり言われても」


 システルはまた固まりそうだったが、なんとか言葉を絞り出せたようだ。だが、頭では違うことを考えているのだろう。さきほどから心ここにあらずといった感じだ。




 少しの沈黙。

 風が吹き、外の森が静かに揺れる。




「まあとりあえず、あたしには、あなたの人生を変えた責任がある。あなたを探して、そして本を渡した。あなたにすべて押し付けて、逃げることはしない。これからも一番近くで見届けるからね」


 初めて出会った日にも、アデルはそう誓ってくれた。そして今もまた。ずっとそのことを気にかけてくれているのが、嬉しくもあり、そしてとても辛かった。



「私も、いつも側におります」



 この時間を幸せだと感じるのは、こうしていられる時間がわずかだと、わかっているからだろうか。




「先日の討伐について、一つご報告があります」


 システルの声のトーンが少し低くなる。


「えっ? その話今する? せっかく和んでるのに」


 アデルは、何を言っているんだこいつは、という顔でシステルを見る。


「うっ……、いや、そうだが……これも大事なことで…」


 アデルがシステルを睨む。

 システルがタジタジになりながら私を見るので、私は頷き、話を進めてもらった。


「今回何人か逃走しようとしていましたが、まだ素性については何も話しません」


「志願者の審査のときに怪しい雰囲気とかでてなかった?」


「……それが分かったとしても、善人悪人問わずという条件がある以上、どうすることもできない」


「そうだけど……。何かしら共通点があるかもしれない。見た目とか、生まれた場所とか、信仰心とか。目星をつけとくだけでも、いざという時の対策ができるかもしれないし」


「……どうだろうな」


「候補は、国王に不満を持つ『反対派』か、魔王に滅ぼされることを望む『ドゥール教』か、はたまた謎の存在『ハスクート』か、よね?」


「……ああ……」



 もし彼らがハスクートだったとしたら、拷問されても何も話さないだろう。

 ハスクートは、自身の出身やハスクートのことについて話すことはできない。もし話してしまえば、その瞬間命を落とす。そういう契約を、生まれたときに結ばされている。




『こういう顔、見たことある?』


 私は自分の顔を指差す。


「ないわ。黒い瞳と黒の髪って、ほとんどいないと思う。ほとんどというか、ゼロに近いんじゃないかな。大昔のことまで知らないから、確証はないけど。今までいろんな国を巡ったけど、そんな人、会ったことはない」


「私もありません」


 さすがにいないか。


「……確か、黒髪黒目は、不吉だって言われてるよね。大昔に、世界を地獄に陥れた化物がそうだったって――――」





 今回の討伐、死者は一人もいない。

 みなが無事に帰ってきたことは、瞬く間に広まったそうだ。魔王が弱体化しているのではないかという噂まででている。


 魔王の数が減ったからといって、魔王自体が弱くなることはないと伝えてもらったが、それでもみな少しの希望を見いだしていたようだ。おそらく次回の志願者枠はすぐに埋まるだろう。




 夜の風が冷たくなってきた。



 私は窓にうつる自分を見ていた。

 懐かしい顔が、そこにはあった。






―――――――――



 また夢をみた。


 三人で手を繋いでいた。


 生まれ変わろう。


 生まれ変わって、今度こそみんなで幸せに暮らそう。


 魂を繋いだ。


 また巡り会えるよう。


 何度でも、何度でも、出会えるように。

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