第11話


 夢を見た。



 体が……重い。


 頭も重い。


 何かが――。

 なんだろう。




 木の匂いのする、古びた建物。

 学校の廊下だ。わたしは廊下に立っていた。


 胸の奥がざわざわする。

 窓の外は真っ暗だった。廊下を抜けて外へ出ると、鉄棒に足をひっかけ、逆さまにぶら下がっている女の子がいた。


 女の子の目は真っ赤で、無表情のままわたしをまっすぐ見つめている。

 わたしは動くことができなくて、立ちすくんだ。

 声をだそうとすると、奥のほうでつっかえてでてこない。


 力を振り絞ってなんとか足を前へ動かし、走り出した。

 しばらく走って息切れをおこし、膝に手をついて呼吸をととのえた。



 顔をあげると、木の枝に逆さまにぶら下がっている女の子がいた。

 大きくて真っ赤な目で、わたしを見つめていた。





 ―――――――――



 目が覚めた。


 ぼんやりと天井をみつめる。

 天井が低い。自分の部屋ではなかった。


 部屋にかなり強力な結界が張られている。とても古い魔法だ。中にいる者が外に出られないようになっている。

 


 どれくらい寝ていたのかわからない。部屋は灯りがついているが、窓の外は暗かった。

 本は枕元に置かれていた。遅れた分の詠唱を始めなければならない。


 私は重たい体をなんとか起こす。


 そこは小さな部屋だった。部屋の角にあるベッド、真ん中にはテーブルと、椅子が4つ。外のテラスにつながる大きな窓が1つ。


 ここはたしか、城の北の森にある建物だ。外に続くテラスがあるので、ここは1階の部屋だろう。森の管理のために建てられたものだが、確か魔王が現れてからは使われていなかったはずだ。



 何か、おかしい――。

 モヤモヤする。


 怒っている。

 だけど何に――。



 窓の外を眺めていると、テラスに人影が見えた。アデルだ。アデルは私が起きていることに気がつき、慌てて窓に近づいてきた。



 私は本を手に取り、ゆっくりとベットから降りる。いつもの寝間着ではなく、薄緑色のワンピースを着ていた。心なしか、アデルが緊張しているように見えた気がする。

 私は窓に近づいていき、ふと窓ガラスにうつる自分の顔を見た。




 目が、違う――――。




 私は思わず一歩後ろにさがった。

 息をとめ、窓にうつった自分を見つめる。



 次第に心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

 私は部屋を見渡し、テーブルに置いてあった手鏡をとった。アデルが置いてくれていたのだろうか。この時の私はそこまで考える余裕はなかった。


 左目の瞳が黒色だ。


 それだけではない。私はもともと色白だが、左耳が肌色になっていて、形も少し変わっていた。白い髪の中には黒い髪が一房混じっていた。



 アデルのことを忘れ、私はしばらくその場に立ち尽くした。


 

 私は自分の魔力に意識を集中させた。

 やはりあのとき、魔王に入られてしまったようだ。私の左目と左耳を取り除き、そこに入り込んだ。


 無性に怒りがこみ上げてくるのはこのせいだ。怒りだけではない。憎しみ、悲しみ、嫉妬、あらゆる負の感情が押し寄せ、何かを壊したい衝動にかられていた。

 夢で見た景色を思い出し、寒気がした。



 ここにいてはいけない……。



 けれど、いまさら城を離れるわけにもいかない。魔王たちが私を追ってきてしまえば、何もかもめちゃくちゃなってしまう。今一番大事なのは、人との関わりを断つことだ。私の負の感情が爆発するきっかけになりかねない。


 アデルは心配そうに私を見つめていた。


 私は窓を開け、魔法で空中に文字を書く。アデルはそれを、静かに見ていた。







「騎士と……その可能性について、話をしていた。あなたの顔は、今はあれだけの血が出たとは思えないほどきれいな状態だけど、じゃああの血はなんだったのかなって」


 傷跡はどこにもない。耳のあたりにつなぎ目もない。もとからこうだったかのようにきれいだった。


「あのとき雨で視界が悪くて見つけられなかったんだけど、近くに人間の耳と、目玉が落ちていた。あなたの……」


 アデルは声はかすかに震えていた。


「突然のことでわけがわからなかったんだけど、騎士と相談して、とりあえず別の場所で様子を見ることにしたの。もしもの場合に備えて……」


 もしもの場合。


「それで念のために結界を張ったの。騎士がこの魔法を知っていて、これならあなたでも解除するのは難しいでしょう? あたしも見たことない魔法だし。そのあと、あなたのことを見ていたの。外からだけど」


 システルがこの結界を……。


『どれくらい寝てた?』


「4日」


 4日……。

 アデルの顔にはクマができていた。いつ起きるとも分からない私にずっと付きっ切りだったのだろう。起きたところで、私が自我を保っている保証はない、どれほど神経をすり減らしたか。


「みんな心配したのよ。ほんと、目が覚めてよかった。あ、騎士を呼ぶけどいい? 起きたら呼んでって言われてるの」





 システルが転送魔法で現れた。相変わらず、私の前では甲冑姿だ。


 お茶とお菓子を持ってきてくれた。アデルに言われ用意したのだろう。アデルに上手く言いくるめられたと容易に想像できるが、それでも言うこと聞いて持ってきてくれるところが、システルらしいなと思った。


「目が覚めて、なによりです」


 私を見て、優しく微笑んでくれた。




 今のところ私の意識ははっきりしているので、二人に部屋に入ってもらった。

 一緒にお茶を飲もうと提案したが、システルは「私は立っています」と頑なだった。だが、今日だけはそうしてほしいとお願いした。


 あたりは真っ暗だったが、窓からは心地よい風が入り込んでいた。



「ふふっ。なんか、変な気分ね。こんなときにこんなことして」


「……そうだな。今日は特別だ」



 私は昔を思い出した。こんなふうに二人と過ごすのはいつぶりだろう。疲れているはずなのに、ここにいてくれる彼らを見るだけで、私は泣いてしまいそうになった。



 だけど、こうなってしまったからには、私はもう城へは戻れない。


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