第7話

 今日は4体目の魔王討伐の日。

 私は14歳になっていた。



 右腕をなくして1年、最初はもちろん苦労したが、そもそも寝ても覚めても魔王を倒すための詠唱しかしていない私にとって、右腕がなくてもさして支障はなかった。

 それ以外の時間はほとんど自室で手紙を書いているので、左手で書くことにもあっという間に慣れた。



 志願者が集まるのを訓練場の端のほうでアデルとともに待っていた。

 訓練場は城の北側にあり、そのさらに奥は広大な森林地帯になっている。1体目の魔王がいた場所でもあり、今ではその半分の森が黒く染まってしまっていた。




「魔王に命を捧げましょう!」


 なにやら声が聞こえた。

 訓練場の隅に15人ほどの集団がいた。声の主は灰色の髪、深緑色の瞳の男性だ。30歳くらいだろうか。腰まで届く髪は癖っ毛でうねっている。服は真っ黒で、ゆったりとした長い袖に、裾は足首まで隠れていてワンピースのような形だ。

 


「なんだあれ? 何言ってんだ?」


「ドゥール教だよ」


「ああ、あいつらか」


「でも、ここにいるってことは、討伐に志願したってことだよな……」


「町でもやってるの見たことあるよ。ああやって、信者を増やそうとしてるんだ。『魔王に命を捧げよう』ってな。どうかしてるよな」


「一度信者になったら、二度と抜けられないらしい。見てみろ。みんな青白い顔してるだろ。なんか変なことさせられてんだよ。関わらないほうがいいぞ」


 志願者たちは、よく見る光景だと言わんばかりに、特別気にしていないようだった。



「魔王はずっと苦しんでいます! その原因は、我々人間です! あの方を苦しみから開放するには、我々の命が必要なのです! ドゥールは、何万年も前から魔王のために生きてきました。魔王が現れる度に、ドゥールは魔王を支えてきました」


 灰色髪の男性はなおも呼びかけ続ける。


「馬鹿らし。そんなことして何か意味あんのか?」


「勝手にささげてろー」


「オレたちは生きて帰るんだよ」




 魔王は苦しんでいる、か――。

 




「アデル?」



 突然、後ろから声がした。



 そこには私と同じ歳くらいの子供がいた。

 背は私より低く、腰まで届きそうな長い茶髪をくしゃっとポニーテールにしている。目が大きくかわいらしかったが、クマができていて顔色も悪かった。穴があいた灰色ズボンに、大きすぎる厚手の上着を羽織っていた。



「……もしかして、リヨルク!?」


「うん。久しぶり」



 アデルはとても驚いていた。

 私は少し距離をとり、二人の邪魔をしないようにした。



 同世代の子供を見るのは久しぶりだった。魔王が生まれてから子供の数は減少したため、14歳以下の子供はあまり見かけなかった。


 魔王の侵攻により、住める土地は徐々に減ってきている。人口密度が増え食糧不足、物価の高騰でお金がないとなにもできない、仕事も満足にできない。

 このような環境のなかで子供を育てることができず、たいていは死んでしまう。自分たちが生きるのに必死なため、子供を産む人も少なかった。


 ただ、ここ2、3年の出生率は少し増加傾向にあるそうだ。



「あの……アデル。そういえば、探してた人は見つかった? わたしとおんなじ誕生日の人、探してたよね?」



 何やら気になる会話が聞こえてきた。



「ええ。おかげさまで、見つかったわ。そんな昔の話を覚えてくれてたの」


「あ……その子って、どんな子?」


 リヨルクはおどおどしながら聞いた。


「えっ? どうして?」 


「えっと……わたし、同い年くらいの人と話をしたことなくて。しかもおんなじ誕生日の子って、どんな子なのかなって。もしほんとにいるなら、その子と友達になれたらよかったなあって、思って…………」


 どんどん声が小さくなっていった。もうそんな機会はこないだろうと思っているような言い方だった。


「すごく良い子よ。優しくて、強くて」


「……そうなんだ」


 それを聞いたリヨルクは、どこかさみしそうに見えた。


「その子はさ……」


「なあに?」


「あー、ええと……」


 聞きたいことがあるようだが、言い出しにくそうだ。


「やっぱり、なんでもない」


 リヨルクは気にしないでと言って笑ってみせた。



「お金、必要なの?」


「うーん……どうなのかな。行ってきてほしいって言われて」


 死ぬ危険があるにもかからず、こんな子供に行ってきてほしいと言うのは、よほどの事情があるのだろうか。


「だけどあなた、魔法使えたの?」


「使えなかったけど、このためにがんばって魔法おぼえたよ。シールドは一番簡単だっていわれたから、わたしにもできるかなって」


 リヨルクは手を前に出してシールドを張るポーズをとった。



「あの……」


 視線を感じた。リヨルクが私を見ている。


「あなたが魔王を倒せるすごい魔法使いさん?」


 私に話しかけてきた。とてもきれいな紫色の瞳だ。どのみちあとでわかることなので私はうなずいた。


「あいたかったんだ。魔法って最近おぼえたばかりで。あんまりくわしくないから聞きたいことがあるんだ」


 先ほどより声のトーンが明くなった。


「どうしてそんなに強いの? どうやって魔王を倒してるの?」


 リヨルクの紫色の瞳を見て、私は去年の討伐の説明中に、幻覚を見せてきた男性を思い出した。そういえば、彼も紫色の瞳だった。



 私はどう答えるべきか迷った。


「魔法使いさんって、もしかしてしゃべれないの?」


「事情があって、話せないの」


「どうして?」


「そういうリスクが伴う魔法を使っているの」


 ふーん、と、リヨルクはよくわからなかったのか、それ以上追求はしてこなかった。


「魔法使いさんって、だれなの?」 


「それは言えないのよ。ごめんね」


「えーっと、あとは……なんだっけ」


 両手で頭を抑えながら聞きたかったことを思い出そうとしていた。よく見ると手の爪がとても長い。


「リヨルク、そろそろ時間よ」


 システルが説明する時間が近づいていた。


「あっ、そっか……」


 残念そうなリヨルク。もう少し話をしていたかったようだ。


「どうもありがとう。アデル、会えてうれしかった。行ってくるね」


 




「あの子、魔王が現れた日に生まれたから、周りから気持ち悪がられて、避けられていたの。私が出会ったときはいつも一人で隠れてた。ご両親が守っていてくれたと思うけど」

 

 アデルは向こうに行くリヨルクの背中を悲しそうに見つめていた。


「それでも辛かっただろうね。国外に逃げることもできないから。耐えるしかないっていうのは……」



 リヨルクは私のことを「魔王を倒せるすごい魔法使い」かと聞いた。作戦の説明をする前なので、この討伐にそんな人物が関わっていることを知るはずがない。私への質問も、誰かに聞いてこいと言われていたかのようだった。


 あの子は作戦内容を知っているのだ。アデルも違和感に気がついているだろう。


 だが今考えても仕方がない。まずは魔王討伐に集中しなくては。

 アデルに手を振り、私もシステルのもとへ向かった。


 前を行くリヨルクがゆっくり歩いていた。横を通り過ぎるときにちらっと顔を見ると、リヨルクは涙を流していた。





「魔王への攻撃はこの方が行います。魔王を倒す魔法を使うことができます」



 システルの説明が始まった。志願者たちがいつものように質問しているが、このやり取りも3回目となると質問の内容も同じようなものが多かった。

 リヨルクは後ろのほうで聞いているのだろうか。ここからでは姿はまったく見えない。作戦をきちんと理解できていれば問題はないと思うが。



「では、これから並んでいただきます」



 いつの間にやら質問も終わっていて、私たちは位置についた。



 リヨルクは列の後ろの方にいた。左右を大柄の男性に挟まれていて、より小さく見える。ちらっと横顔が見えたが、今は泣いたりせず、むしろとても落ち着いた様子だった。


 さきほど集まっていたドゥール教徒はバラバラの位置に立っていた。灰色髪の男性は、リヨルクよりも後ろにいた。


「あんたら、ちゃんとシールド張るんだろうな? 命を捧げるのは勝手だが、あんたのシールドが簡単に砕けたら、後ろにいるオレが攻撃されるのが早くなっちまうんだが?」


「その点に関しては、ご安心を。魔王がそれを望むのであれば、力の限りシールドを張ります」


「? ……よくわからんが、とにかく、頑張って耐えてくれよな」


「もちろんです」






「転送します」


 システルの合図とともに、私たちは光に包まれた。






 場所は城から北西に進んだ場所だ。足元には前回と同じように森が広がっている。

 


 私は左手に本を開き、詠唱をはじめた。





 作戦が始まってから3分。

 魔王はいっこうに攻撃してこなかった。

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