第6話


 目が覚めると、自分の部屋にいた。



 頭がはっきりせず、高い天井をしばらくぼーっと見つめる。右を向くと、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。朝だろうか。寝すぎてしまった気がする。



 起き上がろうとしたが、うまくバランスがとれず、ドサッと倒れてしまった。幸いベッドは私には広すぎる大きさなので、落ちることはなかった。


 右側に違和感を感じ、左側を向いてなんとか上半身を起こす。


 

 おもむろにベッド横の台に置いてある手鏡をとる。

 真っ白な肌、緑色の瞳、白い髪。あごのあたりでパツッと切り揃えられた髪は、マントを被るときに長いと邪魔になるだろうと、短く切ってもらった。ちなみに前髪も眉上でパツッと切ってある。

 緑の瞳は父親譲り、白い髪は母親譲りだ。



 この国の王族はみな、緑の髪と、緑の瞳を持っていた。基本的に王族は、同じ容姿の者と結婚することになっており、代々それを守ってきた。


 私の髪が白いのは、父が他国の人間と結ばれたからだ。


 母はこの国から北東に位置する国の出身だった。その国は大陸の中心にあり、7つある国の中で一番新しい国だった。そしてその国の王族は、白の髪と白の瞳を持っていた。


 母の国は大陸の中心にあったこともあり、周りを取り囲む国からの圧力に押される一方だった。戦争に利用され、攻め入られることも多かった。

 だが結婚によりこの国との繋がりを手に入れたことで、そういったこともあまり起きなくなった。



 しかし、父は国民から反感を買うこととなる。


 伝統を破り、王族が他国の人間と結婚したことにより、父は長い間批難され続けている。

 いずれ災いが起こるだの、世界は滅びるだの、様々な噂が出回っていた。大昔ほどではないが、他国の人間に対し差別意識を持つ者はまだ大勢いて、別の血が混じることを良く思っていない者がいるのだ。


 だが、それでも当時は賛同する国民のほうが多かった。


 この国は過去多くの他国民を受け入れてきた歴史があり、他国民と結婚している者も大勢いるからだ。現に街を歩けば様々な国の人間がいる。よりよい国にするため、伝統を廃止し、いままでのルールを変えることに前向きな人々が多かったのだ。


 他国ではいまだに王族だけでなく、国民にも他国民との結婚を禁止し、出入りさえ制限している国もあるが、この国は何百年も前からその制度を撤廃し、多様性を受け入れてきた。



 だが魔王が現れて、事態は悪化した。



 それ見たことかと言わんばかりに、父が他国民と結ばれたことをさらに激しく批難され、賛同してくれていた人々も、不信感を募らせていった。『反対派』が増えていったのもこの頃からだ。


 母は魔王が現れた日に死んでしまったが、そのことがよりこの騒動に拍車をかけた。自身を生け贄にし、この国に魔王を呼び寄せたのだ、この国を滅ぼすために国王に近づいてきたんだ、あいつは悪魔だ、と。



 この国には白髪白眼の人もいるが、そのことがあってからは冷たい目で見られることも多いそうだ。魔王の結界のせいでこの国からでることができない以上、それでも耐えるしかないのだが。



 私はそんなことを考えながらぼーっと鏡を見ていた。

 ふと、違和感に気がついた。


 体の右側がおかしい。右手を動かそうとしても、できない。私は鏡を置いて、左手で右手を触ろうとした。だが、ただ寝間着の袖をつかむだけだった。



 私はそこでようやく思い出した。あのときのことを。



 右腕がない。でもまだある気がする。感覚が残っている気がする。けれど、右腕はやっぱりなかった。





 コンコンコン。




 ドアを叩く音がした。アデルだ。私はベッドの横にある台を、ドンドンドン、と叩いた。


 すると、バンッと勢いよくドアが開いた。


「起きてたの!?」


 大きな声に私の心臓がビクッとした。


 アデルは私を見て数秒固まり、はぁーっと大きなため息をついた。何のため息だろう。目が覚めて安堵しているのか、寝すぎて呆れているのか、どっちだ。


「3日も寝ることを『少し眠る』って言われるなんて、思ってもみなかったわ。あたしも今度そうしてもいいかしら?」


 お怒りのため息だったようだ。






 アデルがカーテンをあける。

 日差しが眩しい。窓からは城の庭園と、街が見える。そして、遠くには魔王の姿も。


 この城は4つの塔を持つ四角形で、左右対称のシンメトリーだ。薄いクリーム色の城壁に、塔の先端部分は王族の特徴と同じ緑色で、花の彫刻が施されている。城の正面には広い庭園があり、城がすっぽりと収まるほどの大きさがある。

 庭園の真ん中には城の入口へと真っ直ぐ伸びた幅50メートルほどのクリーム色の歩道があり、その周りは色とりどりの花で埋め尽くされている。

 私は部屋の窓からこの景色を見るのが好きだった。




 アデルは持って来た紅茶を注いでくれた。


「ゆっくり飲んでね」


 右手……、いや、右手はないので、左手で受け取る。 


 それからアデルはベッドの側にあるイスに腰掛け、私の様子を見ていた。


「体調はどう? 医者に見てもらったけど……」


 アデルは私のなくなった右腕のあたりを見つめた。


「右腕は、わかってると思うけど、元には戻らない。もう少し原型をとどめていれば、可能性はあったけど、あれではもう、どんな魔法も手遅れね」


 私はうなずいた。わかっていたことだ。そうなることを覚悟でやった。


「どうして、彼を助けようとしたの? 防御とか、回避は間に合わなかったの?」


 私の目をまっすぐ見つめてくる。きれいな赤い瞳。赤い髪と同じ色。


 素直にすべてを伝えられたらどんなにいいだろう。だが、あの男の子を助けた理由は言えない。私はただ黙ってカップを見つめていた。



 私が答える気がないとわかり、アデルはため息をついた。……私はアデルにため息ばかりつかせている。


「シールドをはれる人間の変わりはいくらでもいる。でも、あなたの変わりはいない。あなたを必死で守って死んでいった人たちに対して、今回の行動はあまりにも無責任よ」


 その通りだった。


「あの男性をかばって、あなかだその結果死んでしまったとして、彼にあなたの変わりはできない。命の軽い重いを言いたくはないけど、今、この国では、あなたの命は誰よりも重い。何百、何千の人が死んでも、あなただけが生きていればいいの」


 アデルは私の左手をぎゅっとにぎった。


「今後は、あなたが生き残ることだけを考えて。あなたはこの国の王女で、唯一魔王を倒すことができる、この国の希望なの」


 希望――。


 アデルはいつもはっきりと言ってくれる。いいことも、悪いことも。それが私はありがたかった。

 王女様になんて口の聞き方を!と、よくシステルが注意しているが、私はそんなふうに接してくれることが嬉しかった。



「あなたがかばった男性だけど、王女ということに関しても他言できないようにしたわ。他の4人にも見られたようだから、同じように契約をしたそうよ」


 そういえば、あの4人も私が王女だとすぐに気がついていたな。


『王女だとすぐに気づかれた』


「当たり前でしょ! こんなかわいい子、一回見たら永遠に忘れないわよ!」

 

 ……言い過ぎじゃないだろうか。さすがに恥ずかしい。



「あ、あと二つ、報告があるわ。本当は騎士が報告に来ることになってたんだけど……。なんかあいつ、さっきあなたが起きたこと伝えたら、『甲冑に着替えてくるから少し待っていてくれ』って言うのよ?

『なんで? その軍服のままでいいじゃない』って言ったら、『いや、何かあってはいけないからな』って……」



 通常、訓練や戦闘以外では、騎士たちは深緑色の軍服を着ている。だが、システルは私と一緒にいるときは甲冑姿のことがほとんどだった。


「それでなんかもう面倒くさくなったから、『あたしが変わりに伝えとくから』って言って戻ってきたの。あのきっちりした性格、どうにかならないのかしら……」


 アデルは心底面倒くさそうな顔をした。

 


「それで、報告だけど。前回と同様に、魔王の攻撃に特徴があったんだけど……。前回は志願者のほとんどが下半身を潰されていた。主に右足ね。今回は上半身の右側が潰れている人が多かった。何か規則性のようなものがあるのかも。

 それと、討伐の時に、他の魔王がそっちを向いているという件だけど、やっぱり本当だったみたい。魔王を見張っている騎士たちが確認したら、分かりにくいけど確かに向きを変えているって。仲間の魔王がやられているから気になるのか、人間を攻撃しようと狙っているのか……。どちらにせよ、引き続き見張り続けるしかないようね」


 討伐の日以外でも、常に騎士が魔王を見張っている。攻撃範囲の外側、つまり400メートル離れた場所からだが、それでも神経をすり減らす任務だろう。人手不足もあいまって、騎士たちの疲労は計り知れない。



「……あたしの腕、あげれたらよかったのにね……」


 アデルが本気で言っているのがわかって、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「そうだ。何か必要なものはある? また書いてくれれば」


 彼女はいつものように紙とペンを取り出し、私はそれを受け取ろうとした。


「あっ! そっか。右手……。字、書けないわね」


 そういえばそうだ。自分でもまだ腕を失くした実感がなく、右手で受け取ろうとしていた。



「いつも思うけど、代償として話せなくなるなんて、変な魔法よね。まあ、そのリスクを背負っているおかげで魔王を倒せているんだから、すごいことではあるんだけど……」



 そう。私は言葉を話せない。


 そして私は魔王討伐の日だけでなく、それ以外でもずっと詠唱をしている。魔王を倒すために必要なことなのだが、そのため、ほとんど部屋から出ることもない。誰かと言葉を交わすこともない。10歳のころからだ。


 私は詠唱に専念できるから、話せないのはむしろ好都合なのだが、国王、つまり父や兄が悲しそうにしているのを見るのは少し心が痛んだ。



「彼女にも、聞かせてあげたかったね」



 アデルはそう言って、台に立てかけてある小さな絵を見つめた。


 私と妹が描かれている。妹の髪は緑、瞳は白なので私と反対だが、顔はそっくりだ。双子なのだから当然だが、笑い方が全然違う。妹は口を大きくあけて笑っている。隣にいる私も笑っているつもりなのだが、口角が下がっていてなんとも下手くそな笑い方だった。

 


「あれから3年経ったんだね。あなたが魔王を倒してるよって聞いたら、どれだけ喜んだだろう」



 妹は生まれつき体が弱く、ほとんどベッドから出ることはなかった。体を動かすためのエネルギーが常に空っぽの状態で、誰かの補助なしでは起き上がることさえできなかった。



 私が、あの子の力まで奪ってしまった。

 私のせいで、あの子は思うように生きられなかった。魔王を倒すから、それまで待っていてと約束したが、あの子の体は耐えられなかった。


「便箋も少なくなってきた? また新しいものを持ってくるわね」


 私は頷く。


 父と兄とは手紙でやりとりをしている。二人とも多忙なので、なかなか時間がとれない。それに私は話すことができないので、手紙のほうが効率はよかった。それでも少しの時間を見つけては、私に会いに来てくれる。


 そして、妹にも毎日手紙を書いている。意味のないことと思われてもかまわない。罪悪感なのか、これで何かが許されるわけではないが、書かずにはいられなかった。



「すべての魔王を倒せば、また昔みたいにみんなと話しができるわよ」


 そう言って笑いかけてくれるアデルを見ると、胸が締め付けられた。





 私が家族と話をすることは、もう二度とない。

 この戦いが終われば、私は死んでしまうから―――。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る