第8話

 魔王が攻撃してこない。




 志願者たちもさすがに疑問に思いはじめていた。


「なあ、どうなってんだ……」


「何もしてこないですね」


「少しだけシールド解きたいんだけど。疲れてきちゃった」


「なんか、拍子抜けだな……」


「でも逆に不気味じゃないか? 何か狙ってるのかも……」


「詠唱って確か5分くらいで終わるんだよな?ってことはもうすぐか」


 志願者たちは緊張がとけたのか、雑談したり、中にはシールドを解いて休憩している者までいた。


 本当に何もしてこないなら、こちらから動くまでだ。10分を過ぎるとシステルたちがやってくる。それまでには片付けたい。




 もうすぐ5分――。





 バタッ!!


「……うん? おい、どうしたんだ?」


「なんだ?」


「誰か倒れたみたいだ」


「魔力切れかな」


 バタッ!!


「あれ、あっちも……」


「おい! 向こうもだ!」


 次々と志願者たちが倒れていく。


「うえっ? なんだ? 急に倒れだしたぞ!?」


「攻撃か!?」


「でも魔王からは何も飛んできてないぞ!」


「おい、しっかりしろ! 立ってシールドを……、え……?」


「…死んでる!!」


「うわああ!!」


「なんだよこれ、みんな死んでんのか?!」


「どんな魔法だよ!」 


「シールド張ってるのに!?」


「毒!? 精神攻撃とか言うやつか!?」



 シールドを張っていても倒れていく者を見て、みなパニックに陥っていた。散り散りに逃げ出し、列は崩れていった。

 


 私は一番後ろでそれを見ながら、詠唱を続けた。



「た、たすけてっ!」


「魔法使い! はやく! あいつに攻撃してくれ!」


「ここから飛び降りれば……あっ、がっ!」


「飛び降りようとしたらやられるぞ!!」




 いつだったか、アデルに言われた言葉を思い出していた。


「わたしたちは、あなたさえ生きていてくれれば、それでいいと思ってる」



 みな、私のせいで死んでいく。

 それでも、止めるわけにはいかない。

 魔王を倒せるのは、私だけだ。







 詠唱が終わった。


 立っている人は32人。リヨルクはまだ元の位置でなんとかシールドを張っていたが、魔力が切れかかっているのか半分ほどの大きさしかなかった。両隣にいた大柄の男性は離れたところで倒れていた。


 ドゥール教の灰色髪の男性も生きているが、仲間のほとんどが死んでいる。



 私は本をしまった。左手を前へ出し、志願者全員を囲う大きなシールドを張る。



「……! シールド!」


「詠唱が終わったみたいだ!」


「さっきのよくわからん攻撃このシールドで防げんのか?」


「あの魔法使いなら大丈夫なんじゃないの!?」


「今は誰も倒れてないぞ! よしっ! よしっ! 生き残った!」


「よかった……」



 まだ魔王を倒したわけでもないのに、志願者は歓喜の声をあげ、涙を流していた。


 


 私は左手を上にあげ、魔王の真上と真下に巨大な魔方陣を出現させる。両方の魔法陣が光だし、そこから巨大な黒いドラゴンの頭がすーっと現れた。



「なんだあれ……ドラゴン……?」


「えっ……本物じゃないよね?」



 ドラゴンの顔だけを魔法陣から出す。さすがに全体となるとあまりにも大きすぎる。魔法陣がさらに輝きを増し、大きくあいたドラゴンの口から黒い光が溢れ出す。光はどんどん大きくなり、同時に魔王へ咆哮を浴びせる。


「これは、なんだ……」


「幻術の魔法……とか?」


「なんか、怖いな……」


 ドラゴンの咆哮は空気を振動させ、志願者たちもその威力を肌でビリビリと感じていた。  

 


 核の気配が消え、魔王は消滅した。





 討伐が完了し、システルとアデルを呼ぶ。


 アデルはいつもなら私のところへ来るのだが、今回は真っ直ぐリヨルクにかけよった。リヨルクは小さくなったシールドをまだ出したままだった。


「リヨルク! ケガ、してない?」


「うん、してない……」


「はあー、よく頑張ったね」


 アデルは安堵し、リヨルクの頭をなでた。

 リヨルクはアデルのほうは見ず、近くに転がる志願者の遺体を見つめていた。


「リヨルク、あっちに行こうか」


 アデルはあまり遺体を見せたくないと思ったのか、私がいるあたりまでリヨルクを連れてきた。


「この死にかた、知ってる」


 リヨルクは目の前の遺体を指差す。


「お母さんと一緒だ」


「お母さん……?」


「うん。ちょうど去年の討伐のときに、魔王の結界のところに行こうって。行ったら死んじゃうって聞いてたけど」


 国外に出ようとしたのだろうか。


「それで一緒に歩いてたら、お母さんいきなり死んじゃった」


 無表情で淡々と話すリヨルクの雰囲気は、討伐が始まる前とまるで違って見えた。

 アデルはかける言葉が見つからなかったのか、しゃがんでリヨルクを強く抱きしめた。



「数年前から国内で発見される遺体に似ています。不審死と言われているものです」


 システルだ。志願者には待機を命じ、こちらに来てくれたようだ。


「外傷が全くないにも関わらず、死んでいます。伝染病か、もしくは魔王による精神攻撃か、幻覚のようなものと踏んでいましたが……。

 それらが原因の場合、妙な行動を起こしたり、苦しんでから死ぬことが多いのですが、この不審死に関しては、それが見られません。いきなり、バタッと死んでしまうようです」


 システルは私を見つめた。


「こういった魔法をご存知ですか? 調べてはいるのですが、まだこれといった糸口すら掴めていません。魔王のせいなのか、そうでないのかさえ、わかりません」


 私は首を横に振った。





「アデル、苦しいよ」


 リヨルクはアデルの腕の中で苦しそうにしていた。アデルはごめんごめんと言って、急いで立ち上がった。


「お母さんは結界に近づくと危険だって知らなかったの?」


「知ってたよ。だけど死ぬなら一緒にって」





 ドスッ!





 リヨルクの胸に、シールドが突き刺さった。





「!!」




 リヨルクは口から血を吐き、そのまま横に倒れた。


「リヨルク!!」


 アデルが叫ぶ。リヨルクが出しっぱなしにしていたシールドだ。リヨルクは自分で自分を刺した。


 アデルが治癒魔法をかけようとする。


「まっ……」


 リヨルクが力を振り絞り、アデルの腕をつかんで治療を拒んだ。


「なおさ、ないで……」


 リヨルクの目から涙がこぼれた。


「おねがい……」


 その言葉に、アデルは手が止まってしまった。


 そして、リヨルクの目から光が消えた。


 

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