第9話
私たちは城へ戻った。
少ししてから訓練場に行くと、先ほどの討伐で亡くなった人たちの遺体が、袋に入れられて並べられていた。
「ああっ!」
遺体を引き取りに来た人たちだ。涙を流している人もいれば、何食わぬ顔で遺体を持っていく人もいた。
私とアデルは、リヨルクの遺体を引きとりに来る人を待っていた。先ほど起こったことを伝えなければいけない。アデルがどうしても自分で伝えたいと、システルに申し出たのだ。
私も付いていきたいが、さすがにこの怪しい姿を人目にさらすわけにはいかない。私は目眩ましの魔法を使い、自分の姿が見えないようにした。
リヨルクの遺体の前に誰かが案内されていた。大柄の若い男性と、小柄な二人の女性。一人は40代くらいで、もう一人はかなり高齢だった。アデルは少し緊張した面持ちで歩き出し、私もあとを追う。
「失礼します。魔王討伐作戦の関係者アデルと申します。お名前を伺っても?」
アデルが高齢の女性に尋ねた。
「コウシ、と申します」
コウシと名乗った女性は、こちらを向き静かに答えた。
茶色の瞳に、腰まで届きそうなクリーム色の髪を後ろで三つ編みにしている。紺色のワンピースに、灰色のカーディガン。杖を持つ手にはシワが目立つが、腰は曲がっておらず、どこか気品のある佇まいだ。
「リヨルクのご家族ですか?」
「いいえ。あの子には、もう家族はいません。父親は、前回の討伐に参加し、亡くなっています。母親はその後に」
コウシの話し方はとてもゆっくりだった。
「アデルさんは、リヨルクとお知り合いなんですか?」
「数年前に町で出会いました。私が人を探していまして、そのとき間違って声をかけたのが、リヨルクだったんです」
隣に控えている女性は話すつもりはないのか、茶色の瞳で袋に入っているリヨルクを見つめていた。茶色の髪は少し癖っ毛で肩にかかる毛先がクルクルしている。どことなくコウシに似ている気がするが、親子だろうか。
「失礼ですが、リヨルクとどのようなご関係だったのでしょうか?」
「私がこの国に来て間もないころ、ご両親と知り合いました。リヨルクとも、何度か会っていました。私はこの国の出身ではありませんので、いろいろと教えていただきました。魔王が現れたので、この国に移ってきたんです」
魔王が現れてから、ということは、故郷が魔王の結界の範囲内にあったのだろうか。
「リヨルクがどうして今回の討伐に参加していたか、ご存知ですか?」
「それについては、私たちもわからないんです」
「そうですか。その……リヨルクが自ら命を絶った理由に、心当たりはありますか?」
「いじめを受けてきた、という話は、聞いています……。ご両親はドゥール教の信者だったそうですが、それが関係するのかどうかはわかりません。両親を亡くしてからは私たちが面倒を見ていましたが、寂しさを埋めてあげることはできませんでした。私も家族を魔王に殺されてしまいましたから、気持ちは痛いほどわかります」
「そうですか……」
「あなたは、あの子がどうして死んでしまったと思いますか?」
「……えっ?」
アデルがきょとんとする。
コウシはアデルではなく、その後ろにいる私に話しかけてきたのだ。目眩ましの魔法を使っているが、彼女は私の存在に気がついている。
「あなたなら、おわかりになるのではないですか?」
「あの……」
アデルは答えに詰まった。とぼけるべきか、何か理由を話すべきか。
コウシが私を見つめている。
この魔法を見破れるのか……。相当強い。システルやアデルよりも強いかもしれない。
「……すみません、何でもありません。もう行きます。この子を、両親のもとに行かせてあげたいので」
コウシは大柄の男性に話しかけると、彼はリヨルクをそっと抱えた。
「では、また」
そう言って、コウシたちは去っていった。
「あなたのこと、気づいてたわね。何者かしら……。コウシっていう名前も、本名じゃない気がする。私もそうだから、なんとなくわかるのよね」
アデルの感は、おそらく当たっているだろう。
私は、連れていかれるリヨルクを見ていた。
どうして髪があんなに長かったのか。
どうして爪を切らないのか。
どうしてそんな服を着ているのか。
魔王と同じ日に生まれたことで世間から虐げられてきたリヨルク。
私はたまたま王女として生まれたため、不自由のない生活を送れている。友達になりたかったと言っていたけれど、リヨルクが求めているのは私ではない。
どれほど孤独だっただろう。
自分が死ぬことをわかっていて、だけどそれを望んでいたかのような顔をして死んでいった。あの子の孤独は、生まれてからずっとつきまとい、死ぬことでようやく去っていった。
あの子が何を思いここにきたのか、もう聞くことはできない。『同じ日に生まれた人』が、『自分と同じくらい孤独』だったと言ってもらえたなら、まだ生きることを選んだだろうか。
「あの子がどうして死んでしまったと思いますか」
コウシの言葉が頭から離れない。
私のせいだ。
それでも、もう後戻りはできない。
―――――――――
夢をみた。
空を飛んでいた。
うるさい音が、足元から聞こえてくる。
爆撃音、建物の崩壊する音、逃げ惑う人々の悲鳴、怒号、助けを求める叫び声。
『すべて消せ』
誰かが命令する。
自分の中の黒い感情を、一気に吐き出した。
たった一度のそれで、その音はピタリと止んだ。
『ここも、消せ』
また、誰かが命令する。
『ここも』
『ここも』
『ここも』
『ここも』
言われるがまま、音を消し続けた。
静かになるまで。
わたしは一人でうずくまっていた。
死にたかった。
けれど死ねなかった。
わたしが死ねば、あの二人も死んでしまう。
わたしが自ら命を絶たないよう、誰かがわたしたちに魔法をかけた。
もう誰も殺したくないのに、終われない。
どうしてこんなふうになってしまったんだろう。
『はじめからあなたはこうでしょ?』
違う、そんなんじゃない。
『本当に?』
何かがおかしくなった。
『何もおかしくなってないよ』
昔は普通だった。
『昔から変だったでしょ? だって化物なんだから。世界でたった一人の化物』
化物じゃない。
こんなことしたくない。
『こんなに楽しんでるのに?』
殺したくない。
『みんな殺そうよ。そうすれば、静かになるよ』
二人が悲しむ。
『そうかな? 二人は悲しまないと思うけど』
わたしが殺戮兵器でも?
『だって、言われたことないじゃない。やめてって。二人はあなたと一緒にいられれば、他はなんだっていいんだよ』
わたしがどれだけ殺しても?
『そう。誰が死のうが、苦しもうが。他には何もいらないんだよ』
どうして?
『だって、あなただけを愛しているから』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。