第25話
1年前のあの出来事の時、あの場にいたハスクートは全員捕まった。
話を聞いたけど、彼らには自身のことを話せない魔法がかかっている。魔法で吐かせようとしたみたいだけど、ハスクートたちにかかっている魔法のほうが強力で、打ち消されてしまうそうだ。
ハスクートは抵抗する素振りを見せず、まるで抜け殻のように牢屋で虚ろになっていたそうだ。
魔王が本当に消滅したと聞いて、今まで信じてきたことが崩れ落ち、無気力になっているのだとしたら、もうハスクートに生きる意味はないのかもしれない。
ハスクートの正体を知るのはわたしとシステルだけだけど、システルは彼ら同様話すことはできないし、わたしはというと、父上にどう伝えるべきか迷っていた。
なんの進展もないまま時間だけが経ち、このままでは彼らは死刑になるだろうと報告をうけた。
姉なら、何も感じずにハスクートの死刑を受け入れたのかな。
姉がわたしの、家族の幸せを選ばなければ、英雄になっていたのは彼らだったのに―――――。
わたしは父上に、記憶が少し戻り、彼らがハスクートであること、ある魔導書に従って、わたしを魔王だと思い込み、殺そうとしていたことを思い出したと伝えた。
その後、信頼できる者に事情を話し、ハスクートがわたしのことをどう思っているか聞いてもらった。
すると、ハスクートはもうわたしのことを魔王だとは思っていないと話しているとのことだった。本当に魔導書に操られていたのだとしたら、死刑にするのは酷なことではないのか、と、国王と一部の人は考えた。
けれど、彼らが本当のことを言っているのかどうかは、誰にもわからなかった。
そこで国王は、ハスクートにこう尋ねた。
「本当に王女が魔王ではないと思っているのなら、その魔導書を王女に差し出せるか?」
ハスクートたちはすぐには決断できなかった。
わたしを魔王だと思っているのなら、絶対に渡せないはずだ。
それに、魔導書はハスクートにとってなによりも大切なものだった。ハスクートの存在理由そのものであり、道標のようなものだった。彼らから永遠にそれを奪うのは、残酷なことだと思った。
「わたしが生きている間だけ、というのはどうでしようか? 疑われているのは、わたしです。わたしがいなくなれば、彼らに返してもよいのでは?」
この提案を、ハスクートは受け入れた。本当にわたしに対する疑念が消えたのかはわからないけれど、もう、何を信じてよいのかわからないのかもしれない。
こうして、魔導書はわたしの元へとやってきた。そして、ハスクートは死刑を免れた。数年は牢屋にいることになるだろうが、ずっと先のことはわからない。
魔導書は複製が不可能で、魔法式を記憶することもできない仕組みになっていた。魔法を使う場合は、必ず事前に魔導書に触れて、魔法式を体にいれる必要がある、というものだった。
つまり魔導書がない限り、何もできないということだ。
魔導書には多種多様な魔法が記されてあり、ハスクートが姉に使っていた魔法も載っていた。わたしは魔法には詳しくなかったが、この魔導書さえあれば、国を滅ぼすことだってできるのではないかと思った。
ハスクートが決して表には出ず、ほそぼそと生き続けたのは、この魔導書を守るためでもあったのかもしれない。本当なら世界を統べることもできたはずだけれど、それをせずずっと守ってきたことに、ただただ感服し、同時にとてつもない罪悪感にかられた。
そして、そんな魔導書を作った姉は、あの人は、いったいなんだったんだろう――――。
時が経つにつれて、少しずつ変わっていったことは確かだった。
手紙には、途中から訓練場でのシステルと志願者たちのやり取りのことが書かれていなかった。
これはわたしの考えだけれど、あの人はもう聞いていなかったんじゃないかと思う。絶対面倒くさくなって、途中からぼーっとしていたんだ。
はじめは他人を思いやる気持ちを持っていたみたいだけれど、時間がたてばたつほど、家族、システルとアデル以外はどうでもいいと思ってたことがよくわかる。
他の人がどうなろうと仕方がないという感じだ。
最後なんて、この計画を成功させるために手段を選ばず、といった感じだった。システルが討伐についてこられないように怪我をさせ、父上を利用し、国のために立ち上がる英雄を演じ、国民の支持を復活させた。
いつからこれを考えていたんだろう……。
姉のお墓を作りたかったけれど、どこに作るべきかわからなかった。
この国にふさわしい場所があるようには思えなかった。どこかに、姉が大切にしていた場所があれば――。
「視察の時間までもう少しね。予定通り、ルドにあなたを押してもらうわね」
「…………えっ? あ、うん。そうそう」
考え事をしていて、話を聞いていなかった。これじゃわたしも姉のことをとやかく言えない。
このあと、城から西に進んだところ、3体目の魔王がいた方角だ、そちらの視察に向かうことになっている。
「すでに研究チームが向かっていますので、その者に話を聞きます。途中までは馬車で行きますが、少し手前から徒歩で向かいます。道中の様子も見ながら行ければと思っています。アデルとルドはお側に、私は少し後ろを歩きます」
わたしは近くで黒い大地を見たことがなかった。安全が確認できるまでは近づけないことになっていたから。行けば、何か感じることができるのかな。
姉のことを、魔王のことを、何でもいいから、何かを知りたかった。
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