第26話
「もうすぐよ。ほら、あそこから黒いでしょ」
わたしたちはポツポツと民家が建っている小さな村にいた。わたしはルドに押してもらい、辺りを見渡しながら進んでいた。
その様子を住人たちが不思議そうに見ている。
「3体目の討伐の場所はもっと向こうのほうだったのよ。ここをずっと進んださきに森があってね。その上で戦ってたのよ? 覚えてる?」
「うん。覚えてる」
姉の手紙で、だけど。
村の行き止まりに到着した。黒い大地が目の前にある。まるで線を引いたみたいに本当にくっきりと境界線ができている。こっちは土色の地面で、あっちは黒い地面。ちょうど境目にある家はまるで巨大な剣で切ったみたいに真っ二つになっていた。
見渡すかぎり何もなかった。どこまでも真っ黒だ。
魔王が消滅してから、魔王の瘴気はほんの少しずつだけど薄まっていた。それでもまだ人や動物が足を踏み入れることはできない。入った瞬間、死んでしまう。
「ここに入らなければ、一切問題はありません。現に、もとの住民は戻ってきて生活しています」
そう話すのは、研究チームのリーダーだ。60歳くらいの男性で、緑色の短髪、膝まである白の上着に、深緑のスボンをはいている。
「この瘴気を消す魔法を研究している最中ですが、少し手がかりをつかめました。魔法が完成すれば、いずれ歩けるようになるはずです」
「どのくらいかかりそうですか?」
わたしは前のめりになって聞いた。
「2年……あれば、なんとか、といったところです」
2年。
「魔王が16年、ほぼ17年ですが、それほどの時間をかけて生み出した場所です。完全に元に戻るには、もっと多くの時間がかかるはずです。魔法が完成したとしても、おそらく少しずつしか瘴気を消せないでしょう」
「そうですか……。それでも、時間をかければいつかまた、豊かな大地が戻って来るということです。たった1年で手がかりを見つけられたのは、素晴らしいことです」
「ありがとうございます」
「わたし、もう少し近くで見たい。ルド、押してくれる?」
「ちょっと、大丈夫?」
アデルが心配そうに聞く。
「近くで見たいの。大丈夫、ルドがいるから。二人はそこにいてて」
ルドは私に言われたとおり、ギリギリのところまで押してくれた。その間システルとアデルは研究チームのリーダーに話を聞いていた。
足を伸ばせば、黒いところに届きそうだった。姉は『色のない世界』と呼んでいた。どうして色がないんだろう。透明とか、白なら、まだわかるんだけど。
わたしなら、ここを触っても平気かな。
姉じゃないから、駄目かな。死んじゃうかな。ルドが見てるよね。だけど……。
わたしはそーっと、足を地面に伸ばそうとした。
「やめたほうがいいよ」
横から声がして、わたしはビクッとした。
わたしだけでなく、ルドも一緒に驚いていた。
「あなたは………」
小さな男の子がいた。まだ5歳くらいだと思う。紺色の短髪、紺色の大きな瞳。少し大きめのズボンを履いていて、首からは石のペンダントをさげていた。
知ってる……。
わたしはこの子を知ってる。
姉の手紙にあった、助けた子供だ……。確か、6体目の討伐のときと、最後の日に庭園で見たはずだ。姉の手紙には5歳くらいに見えると書いてあったけれど、今もそれくらいに見えるような……。
アデルがわたしに駆け寄ろうとしたのが見えたけれど、わたしは首を振って大丈夫と笑ってみせた。
「はじめまして!」
元気いっぱいの声だった。でも、わたしだと分かっていないみたい。
「ええっと、はじめましてじゃないと思うわ。討伐のときや、庭園で会ったことがあるはずよ」
男の子はわたしの目をじーっと見つめる。
「はじめまして、だよ」
「えっ?」
「おねえさんはボクとあうのはじめてだよ」
男の子はイタズラっぽく笑う。
違う……?
「お名前は?」
気を取り直して聞いてみた。
「ドゥール」
「!?」
ルドに緊張が走ったのがわかった。
「ドゥール、ね」
わたしも内心ドキッとしたけれど、平静を装い質問をした。アデルとシステルもこちらを見つめ、少し警戒態勢に入った。
「この国で生まれたの?」
「ううん。ちがうところ。ここには3000年まえくらいにきたの」
男の子はニコニコしている。
3000年……? あれ、なんだが……冗談を言っているだけのように思えてきた。
「ここまっすぐいったところにはハスクートのおうちがあったんだよ」
男の子は西の方角を指差す。
「そうなの。物知りなのね。とっても長くこの国にいるからかしら。この国が好きなの?」
「すこしまえまですきだったけど、いまはすきじゃない。だからほかのとこいく」
「何か嫌なことがあったの?」
「たいせつなひとがいなくなったから」
男の子は石のペンダントを握る。
「そのペンダントをくれた人?」
「うん。ずーーーっとまえにくれたの」
「その人のこと、好きだったのね」
「いまもだいすきだよ。だけど、そのひとはボクのことぜったいにおもいだしてくれない。あってもわすれちゃう。せっかくいっぱいおてつだいしたのに」
病気だったのかな。
「だからおねえさんも、もうここにいてもいみないよ。いろんなところ、いったらいいとおもう!」
「えっ? ……わたしも?」
「うん。そしたらいつかまた……復活するから」
男の子の声のトーンが少し低くなり、一瞬雰囲気が変わったように感じた。
「えーっと……」
何の話かわからなくて、思わずシステルとアデルを見た。システルはよくわからないと言った感じで、アデルは苦笑いしていた。
「おしまい!」
そう言うと男の子はどこかへ走っていった。
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