第24話
「あ、もうすぐ騎士とあの子が来る頃かな」
あの子。
扉を叩く音が聞こえ、システルと彼が入ってきた。
システルの後ろにいるのは、黄色の髪、紺色の眼、背が高くすらっとしていて、整った顔立ちの男性だ。
わたしは彼のことを姉の手紙で知っていた。右腕と引き換えに助けた男性だ。彼は姉に恩を感じ、騎士団に入団したそうだ。
なんだか姉の掌の上で転がされている気分だった。
これは偶然なのかな。もし姉が生きていたら、このためにこの人を助けたの?と聞いていたと思う。
名前はルドベキア、みんなルドと呼んでいる。二人がわたしに頭を下げる。
「遅くなり、申し訳ございません」
二人は軍服姿だった。上下深緑色の軍服で、腰には金色のベルト、肩や袖口にも金色の装飾が施されている。
システルの襟元には、隊長の印であるエメラルド色のバッチが付いていなかった。あの騒動で反乱を起こした首謀者と知り合いだということが発覚し、隊長を辞任することになった。今は、わたしの専属騎士となっている。
「あらあら、あなたの軍服姿もようやく見慣れてきたわ」
アデルがシステルを茶化す。
「昔は毎日着ていた」
「そのわりには、首のホックがとまらない、とかなんとか言って、慌ててたのは誰かしら」
「今は1回でとめている」
「あら、それにしてはだいぶ時間がかかったわね」
「これのせいで遅れたわけではない」
二人のやりとりに、システルの後ろにいるルドが冷や冷やしていた。それがおかしくて、わたしは思わず笑ってしまった。
「ちょっと、二人とも。ルドが困ってる」
二人は揃ってルドを見る。
「あ、いえ、その、自分は……」
ルドは思わず下を向く。
「二人とも、座って? アデルが用意してくれたの。一緒にいただきましょう」
二人は、失礼しますと言って、ソファに腰掛けた。
ルドはなかなか紅茶とクッキーに手を付けず、わたしが勧めてようやく口をつけた。
緊張しているのがよく分かる。ルドは、わたしの前だといつもこうだった。それは、わたしを恐れているからではなく、あの人、姉への忠誠心が高すぎるからだった。
「ルド、最近ちょっと頑張りすぎじゃない? 昨日も遅くまで剣を振ってたでしょう。この子の側役のやり方と、騎士の訓練と、平行してやってるんだからもう少し休んだら?」
「いえ、今はまだ、どれだけやっても足りません」
ルドは手に力をこめた。
「わたしがもう少しうまくやれたら、ルドの心配事も減ると思うんだけど……」
姉だったら……。
「王女としてまだまだだし、余計に迷惑かけちやって。魔力もほとんどなくなって、守ってもらわないとどこにも行けないし……」
わたしの魔力は、姉と比べると天と地ほどの差がある。それこそ、討伐に志願していた素人の人たちと同じくらいしかない。
「自分が守ります。そのために、ここにきました」
ルドの魔力量はとても多い。昔は病弱だったからそれがわからなかったみたいだけど、騎士になる際に調べて分かったそうだ。
そういえば、姉はそのことを見抜いていた。いつかシステルより強くなると思う。
ルドはいつもわたしを尊敬の眼差しで見る。だけどそれはわたしに向けられたものじゃなく、姉へのものだ。
ルドだけじゃない。システルも、アデルも、父上も、兄も、この国の人が、姉を英雄とたたえ、慕っている。
わたしがわたしだと知っている人は一人もいない。
わたしはそれが嫌ではなかったけれど、いまだにその視線に慣れなかった。
魔王を消滅させるために、あらゆる手段を使い、たくさんの人を殺した姉。
わたしは、できることなら姉みたいになりたかった。みんなの英雄として、希望として、支えになりたかった。なのに、なかなかうまくいかない。
記憶障害ということで誤魔化せてはいるけれど、本当の性格は全然違う。このままではいつか二人にはバレてしまうんじゃないかなと、時々不安になる。
わたしは姉のことを知ろうとした。手がかりは3つ。
その1、姉の日記。
詠唱のときにいつも開いていた本だ。それを読めば、今までの姉のことが全部わかると期待していた。
だけど、どうしてかわたしには読むことができなかった。文字なのか模様なのか暗号なのか、とにかく何て書いてあるのか全くわからなかった。解読しようとしても、何一つわからない。姉の魂を持っていないと読めないようになっているのかな……。
手がかりその2は、手紙。
姉の部屋、つまり今のわたしの部屋だけど、その机の引き出しに、大量の手紙が入っていた。
姉は、毎日わたしに手紙を書いていた。約6年分の手紙はものすごい厚みになっていて、その日あったことが事細かに書かれてある。
わたしはそれを一通り読んで、そこで初めて何が起こっていたのかを知った。姉が何をしたのかを。
手紙は最後のそのときまできちんと書かれていたんだけど、死ぬ前にあんな騒動があって、いつ書いたんだろう。服を着替えに行ったときかな。最後の部分は想像で書いたってこと?
手紙には包み隠さずすべてが書かれていた。自分こそ魔王であり、人々の魂を奪っていると。そしてその魔法を使ってわたしの魂を取り出し、自分が消滅するときに体を器として渡すことも。
手紙に関しては、少し不思議なことがあった。
1度目読んだ時は、姉の手紙として客観的に読めた。しばらくして、もっと姉のことが知りたいと思うようになって、1通目から読み返してみることにした。
すると、その手紙に書かれている出来事や光景が、まるで自分が経験したかのように、すーっと体の中に入ってきた。1日分の手紙を読むだけで、ものすごく疲れてしまって、1日1通しか読めなかった。
特に、魔王討伐のことが書かれている手紙は体力と精神をすごく使った。1日分を読み終わるのに何日もかかかった。
そのため、今だに2周目を読み終えていない。これも何かの魔法なのかな。これを何度も繰り返していけば、いつか姉みたいになれるのかな。
手紙の内容については、もちろん誰にも言っていない。言えるわけがなかった。わたしが私でないと気づかれてしまう。
手紙の内容は、わたしへの謝罪も多かった。
『右腕をなくしてごめん』
『長い間閉じ込めてごめん』
『瞳の色変わった、ごめん』
『左足失くした、ごめん』
討伐が終わった日の手紙は、特に『ごめん』の嵐だった。あんなに人の死に無関心なあの人が、本気でわたしに謝っているのが、なんだか変な感じだった。
3つ目は、魔導書。
ハスクートが使っていた魔導書だけど、実は今はわたしが持っている。
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