第23話
夢を見た。
目を開けると、アデルとシステルがわたしを見下ろしていて、なにか必死に話しかけていた。二人の顔の間からは、きれいな夕焼けが見えた。
頭がぼんやりとしていて、何をしゃべっているのか聞き取れなかったけれど、二人が涙ぐみながら名前を呼んでいるのはわかった。
だけど、二人が呼んでいる名前は、わたしの名前じゃなかった。
わたしにむかって、姉の名前を呼び続けていた――――。
―――――――――
「どうしたの? そんなにぼーっとして」
「……えっ?」
アデルに話しかけられて、わたしは我に返った。
「あ、ごめん……。えっと、朝、昔の夢を見て……」
「また魔王と戦ってるときの夢?」
隣に座っていたアデルは、心配そうにわたしの顔を覗き込む。
「ううん。今日は、二人が泣いているときの夢」
「えっ……、あー……」
アデルは恥ずかしそうに目をそらした。
「あれからもう1年くらいたったんだね。なんだが、まだ変な感じがするけど……」
わたしはそう言いながらテーブルのクッキーを取ろうと前のめりになった。袖口がお皿につきそうになったので、アデルがお皿を近くに寄せてくれた。部屋には甘い香りがひろがっていた。
「まだ1年、でしょ? あなたはそれまでずっと戦っていたんだから、もっと休息を取るべきよ。城に籠もってないで、遊んだり、散歩したり、買い物したり……。とにかく、好きなことをすべきよ。国王樣も、いいって言ってくれてるでしょう?」
しまった。この話題になるとアデルは止まらなくなる。
「うーん、そうなんだけど。この見た目のせいで、みんなを怖がらせたくはないの。付き添いの人にも迷惑がかかるし」
わたしの見た目はかなり変わっている。
片方の目が黒色で、髪には一房黒色が混じっている。そして片腕と片足がなく、いつも車椅子で移動している。ドレスだと裾が車輪に引っかかることがあるので、最近はボリュームと装飾の少ないシンプルな服を着ている。今日はクリーム色のワンピースに、茶色のカーディガンを羽織っている。
自分で選んだのたけれど、アデル曰く「なんか地味」とのこと。アデルはというと、今日もパンツスタイルだ。上下とも紺色、首元にはシルバーのネックレス、50歳近いとは思えないほど綺麗だ。
「何言ってるの! あなたは国中の人が認める英雄なんだから! 今更怖がる人なんていないわよ。むしろ恐れ多くて近寄れないのよ」
英雄――――。
「あの日の光景を、みんなが覚えてる。あなたが一人で魔王を倒した、あの瞬間を、みんなが見てる」
「天使だとか、神だとか言われて、からかわれてるような気もするけど……」
「あの姿を見たら当然よ。まるで空に浮かぶお姫様。本当に綺麗だった。王妃様に、よく似てたって言う人も多かった。王妃様は女神様だったんだって、女神様の子供だから、神の力を授かっていたんだって。あれからみんな手のひらを返したみたいに王妃様やあなたを崇め始めたわ。あなたはあの日のことあんまり覚えてないみたいだけど」
そう。目覚めたばっかりのわたしは、記憶が曖昧になっていて、姉の体の中にいたときのことをほとんど覚えていなかった。
唯一覚えているのは、ずっと長い夢を見ていたということ。どんな夢だったのかは、ところどころしか思い出せない。
きれいな海、空から見おろす町、黒い本、あとは……、なんだったかな。…忘れちゃった。少し前まで覚えていたんだけど。
「魔法を使った反動で、まさか記憶障害が起こるなんて、予想外だったわ。目が覚めたときのあなたは、小さな子供みないな反応だったんだもの。もうビックリよ」
わたしの記憶は、10歳で止まっていた。この体は18歳だけど、精神年齢はもっと低い。この1年でかなり頑張って年相応にみえる努力をしてきた。
姉ならどうするか、姉ならどう考えるかを常に想像して振る舞うようにしている。だけど、正直に言って、まだまだだった。
わたしは、姉と過ごした時の記憶を探り、姉のことを思い出そうとした。最後に覚えているのは、姉がベッドに横たわるわたしの手を握って話しかけていた記憶だった。
『必ず助ける。それまで、あなたの魂は私が預かる』
それが、わたしが覚えている最後だった。
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