第22話
魔王が来る――――。
予期せぬ事態に、誰もが絶望した。騎士たちは満身創痍だった。たかがシールドを張るだけといっても、万全の体制でなければすぐに魔王の攻撃でやられてしまうだろう。
さすがのシステルも途方に暮れていた。
「今からシールドを張れる者を探せるか……?いや、無理だ……」
システルは庭園を見渡した。ハスクートはおもに私や騎士を狙っていたが、反対派は国民にも危害を加えていた。庭園にいた人で怪我をしていない人を探すほうが難しいくらいだった。手の空いている騎士たちは国民の治療をしているが、全く手は足りていなかった。
アデルはまだ国王の治療を続けていた。本来なら場所を変えてするべきだが、一瞬たりとも気を抜けない状態が続いているため、移動の時間すら惜しかった。集中しているアデルには、魔王がこちらに向かっているという話も聞こえていないだろう。
私は扉を開け城の中に入った。天井の高いホールはひんやりしていて冷たく、外の騒がしさが嘘のように静まり返っていた。すぐ後をシステルが追いかけてきた。
「どこに、行くのですか……?」
システルは不安げに聞いてきた。胸の血は止まっていた。魔法で止血したのだろう。だが、立っているだけでやっとのはずだ。
『魔王を倒しに』
「!? ですが、どうやって……? シールドを張れる者がどれだけいるか……。こんな私でも、盾になる覚悟はできていますが」
『その必要はない。誰も連れて行かない。一人でやる』
「魔王の攻撃をどう防ぐつもりですか?」
『ここから砲撃する』
「!? ここ、から……?」
私は頷く。
「魔王は近づいていると言っても、まだかなり距離があります! あそこまで魔法が届きますか?」
私は頷く。
「……リスクが、ありますね……?」
当然の質問だ。
でなければ、どうして今までそれをしなかったのかということになる。
『この戦いが終われば』
『私は』
『今のように魔法を使うことができなくなる』
「……それは魔力がなくなる、ということですか?」
『魔力は少しなら残るかもしれないが、少なくとも、今までのように戦うことは二度とできない。今後この国に何か起こっても、私は戦えない』
システルは私を見つめる。これで納得するだろうか。魔王を倒せるほどの魔力を代償にすると言えば、最後の切り札だと思わせることができるはずだ。
システルは黙った。
先ほどの戦いで、最後の魔王の討伐に必要な分の魂の収集は完了した。もうこれ以上、誰かを犠牲にする必要はなかった。
「……本当に、リスクはそれだけですか? 他には何も、ありませんか?」
私は頷いた。
「……アデルがいたら、何と言ったでしょうね……。止めるでしょうか……」
システルは独り言のように呟いた。アデルがいたら、間違いなく自分も一緒に行くと言っただろう。国王の治療に専念してくれてよかった。
「承知しました。今すぐ始めますか? 何か必要なものはありますか?」
『一度自室に戻る』
『それと服を』
「服……ですか?」
『母の服を着る』
「……! すぐに、準備させます」
私は庭園へと続く扉から出た。
みな、私を見た。騎士や城の者がせわしなく動いていたが、私を見て、手を、足を止める。
純白のドレスだった。肩が少し見えていて、腰には大きな白いリボンが付いている。所々に金色の装飾と、緑色の花が散りばめられていた。私には右腕がないが、袖のあるドレスだったので、なんとか不格好にはならずにすんだ。裾も足元まで隠れていたため、左足がないことも見えていない。
真っ白な肌、右目は緑色の瞳、左目は黒い瞳、眉毛の上で切り揃えられた前髪に、あごのあたりでぱつっと切り揃えられた白い髪。その中に一房黒い髪が混じっている。
自分で言うのもなんだが、なんともおかしな見た目になったものだ。
横を見ると、アデルと国王がいなかった。少し落ち着いたのか、場所を変えて治療をしているのだろう。
最後にアデルに会えないのは悲しかったが、仕方がない。
私は魔法で杖を出した。
長さ3メートルの、真っ白な杖だ。先端には小さな白いリングが浮いていた。
私は隣にいたシステルに笑いかけた。突然のことにシステルは少し面食らった顔をした。
私は一歩前へ出てる。姿勢を正し、真っ直ぐ前を見る。そして、庭園にいる人々に微笑みかけた。
『大丈夫、安心して』という気持ちが伝わるように。うまく笑えていたかどうかはわからない。私の笑い方ときたら、口角が全然上がらない。妹なら、もっとうまく、王女らしく笑えただろう。
そして、私は一人、空へと飛んだ。
上空からから庭園を見下ろす。
赤、青、緑、黄色、ピンク、紫色、白、様々な人種が集まっている。自分の部屋から見ていた、いつもの花畑のように見えないこともない。
8体目の魔王は真っ直ぐこちらに向かっていた。まだかなり距離はあるが、この速さなら、今日中にすべてが黒に塗りつぶされ、この国は滅んでいただろう。
私は杖を魔王に向ける。
私と魔王との直線上に、等間隔で魔法陣を配置していく。超長距離砲撃のため、途中で威力が落ちないようそこでブーストをかける。何十個もの魔法陣が魔王へと続いていく。
もう日が傾いていた。
魔王に怯える日々も、今日で終わりだ。
杖の先端から黒い光が溢れ、どんどん大きくなっていく。この国のどこからでも、この光が見えるだろう。
魔力が溜まった。
私は光を、魔王へと発射した。
凄まじい轟音とともに、巨大な光がものすごいスピードで魔王へと向かっていく。魔法陣を通過するたび、威力がさらに増していく。
数秒後、光は魔王へ直撃した。魔王を覆い隠すほどの大きさの光は、瞬く間に魔王の体を塵にしてゆく。
思えば、ここまで長かった。
もう最初の父と母の顔すら忘れてしまったけれど、その魂はずっと私の側にいてくれた。
黒い髪、黒い瞳で生まれた私は、化物と言われ蔑まれていた。徐々に心まで化物になった私は、気がつけばたくさんの人々を殺していた。
なにもかも、どうでもよかった。両親さえいれば、それだけでよかった。
両親と再び巡り合うために、3人の魂を繋ぎ、一緒に転生する魔法を使った。だが、そこに誤算があった。
私は、何度生まれ変わっても化物になってしまった。人間の魂を奪い力を手に入れ、世界を闇に変えていく。前世の記憶を忘れているため、事前に手を打つこともできなかった。
そんなある日、最初の私が記した日記を偶然見つけた。その瞬間、それまでのことをすべて思い出した。
そこから私は、私を消滅させ転生を解除するための魔法を研究し始めた。日記とは別の本を用意し、そこにあらゆる魔法を記していった。
この魔法の解除がこれほど難しいとは思っていなかった。自分の魂を消滅させるための、長い長い戦いが始まった。
何度も生まれ変わるうちに、転生の解除方法を見つけた。私と二人を繋ぐ星の数ほどある糸、それを一つずつほどいていく。いつ終わるともわからない、気の遠くなるような作業だった。
そしてついに、終わりが見えてきた。
前世の私はある計画をたてた。
まず、私が魔王として覚醒するまでの時間を少しでもかせぐために、体を八つに分け、力を分散させた。
その八つをこの国の外側に配置してもらい、次に生れた時に結界が発動する仕組みを整えた。
私の力の源は、人間の魂だ。それがなければ他の魔王も倒せない。効率よく魂を収集するために結界を作り、人間を外へ逃さないようにした。
次に、当時母の魂を持っていたアデルに日記を、父の魂を持っていたハスクートに魔導書を渡した。いつか私が魔王として覚醒したときに、二人に殺してもらうために。
これで最後にしよう、そう誓った。
ありとあらゆる事態を想像したはずだったが、まさか自分が王女に生まれ変わるなんて、思ってもみなかった。今までの経験上、そんなことはありえなかったからだ。
これは、私への罰なのだろうか。
多くの人を殺してきた私への。
最後は苦しんで死ねと、誰かに言われているような気がした。
少しして、8体目の魔王が消滅した。
魔法が通ったところには、まだ淡い光が残っていた。
私はすぐさま、自分へ最後の魔法をかける。
最後の魔王を倒すための魔法を。そして、二人と繋がっている最後の糸をほどいていく。
システル、アデル。
ありがとう。ずっと側にいてくれて。
何度生まれ変わっても、二人の魂は私のところに来てくれた。その繋がりが、ようやく絶たれる。
私は杖を消し、自分の胸に手を置く。
さようなら。
あとは、任せたよ。
そして私は、消滅した――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。