第21話
国王の胸から大量の血がでていた。
攻撃を防ぐシステルも、斧を握るハスクートも、剣を振りかざす騎士も、ナイフで斬りかかる反対派も、押し合う国民も、階段でもがくドゥールも、みな動くことができなくなり、ただ国王を見つめていた。
それは一瞬だったが、私以外の時が止まったかのようだった。
そして、国王がガクンと膝をついて地面に倒れた。
「う、あ……ああああ!!」
ルーティンが叫ぶ。庭園にいる人々からは悲鳴が聞こえた。
「き、傷が! どうする……! どうしたら……」
彼はパニックに陥っていた。
「国王!!」
システルが斧を押しのけ、私を連れて国王の元へ駆け寄った。システルに斧をふるっていた男性も呆然としていて力が抜けているようだった。
誰がどう見ても、瀕死の状態だった。目は虚ろで、呼吸は弱々しく、体は小刻みに震え痙攣しているようだった。
「たすけ……ないと……」
ルーティンは国王から目をそらすことができず、その場で震えていた。
「だけど、どうやって……!?」
近くにいた仲間の女性が苦しそうな顔をする。
「……魔法、なら……」
「!? 駄目よ! 結界を解除したらあいつを殺せない!」
「だけど、国王が…………」
「わかってるわよ! わかってるけど……!」
「くそっ!! やっぱり『王』は国王のことで合ってたんだ! ずっと近くにいたんだ!」
私は横たわる父を見下ろす。
時間がない。このままでは本当に死んでしまう。
「そのままでいいだろ! オレたちは国王に死んでほしかったんだ!」
「今までの行いの罰があたったんだよ! ざまあみろ!」
反対派のやつらがいい気味だと笑う。国王のことなど気にする素振りを見せず、なおも暴れ続ける反対派を騎士たちが必死に抑える。
私の命か。
国王の命か。
「すまない……。みんな……。でも、このお方を、死なせたくない……」
ルーティンは、泣きながら仲間にそう言った。近くにいた女性や他のハスクートたちはうつむき、何も言わなかった。みな、それに同意したのだ。
「国王様、お怪我をさせて、申し訳ございませんでした……」
その言葉に、システルははっとして顔をあげる。
ルーティンの手には、ナイフが握られていた。
「システル、ごめんな」
そう言って、自らの喉に、ナイフを突き刺した。
その瞬間、庭園を囲っていた結界が解除された――。
「どいて!」
アデルが転送魔法でやってきた。すぐさま状況を把握し、国王の治療にとりかかる。
ハスクートたちは国王を避け、私を殺そうと向かってきた。
「まだ終わっていない!」
システルは血だらけだったが、私を守ろうと声をあげる。システルの声に騎士たちも私を守るため立ちあがり、シールドを何重にも張ってくれた。
だが魔法が使えるのはハスクートも同じ。むしろ、魔法のエキスパートである彼らを倒すのは一筋縄ではいかない。
私は誰にも気づかれないよう、治療されている国王を見ながら、詠唱を始めた――。
戦いの隙をみて、攻撃があたる直前に一瞬だけその人の足元に魔法陣を発動。魂を抜き取り、その直後攻撃があたる。あたかもこの攻撃で死んだかのように見せかける。それを何度も繰り返す。
「詠唱が……!」
倒れていく仲間を見て、ハスクートたちは気がついた。
「おまえのせいで! お前さえ生まれなければ! みんな死なずにすんだのに!」
ハスクートの女性が叫ぶ。
涙で滲んだ瞳は、6体目のときに対峙した老人と同じ白色で、目の下にはクマがあった。彼女だけではない、おそらく、他にも記憶を引き継いだ者がいるのだろう。
この魔法は、目を閉じれば、瞳の持ち主の死ぬ直前の光景が見える。目をつるむ度、何度も、何度も、何度でも、永遠に。満足に眠ることができなくなり、そのうち精神がおかしくなる。たいてい自分の目を潰してしまうか、自死してしまう。
「私たちはただ、この国を、手を差し伸べてくださった国王のために、力になりたかっただけだ! 先祖が守ってきた約束を、守りたかっただけだ!」
ハスクート。
私が創って、私が壊した。
ハスクート、あなたを英雄にしたかったけれど、それはできなくなってしまった。
生き残りはまだいるはずだが、今日で魔王は消滅する。彼らが今後どれだけ抗議しようとも、私が魔王だと信じる者はいないだろう。
それに、ハスクートは魔導書がなければここまでの力を持つことはできない。もしそれがなくなれば、いずれ滅んでしまうだろう。
まだ魔導書は彼らの手元にあるはずだ。できれば回収したほうがいいだろうが、それは私の役目ではない。
徐々にこちらが優先になっていく。反対派はそれほど魔法に秀でたものがいなかったのか、すでに拘束されていて、戦う気力を失っているようだった。
アデルは国王の治療を続けていて、その周りをシステルや騎士たちがシールドで守っていた。
ハスクートは、命つきるまで戦い抜くと決めているのか抵抗し続けているが、もうそのほとんどが死んでいた。
もう、終わりだ。
「隊長!!」
その時、誰かがシステルを呼ぶ声がした。息を切らした騎士が一人、瞬間移動でシステルの前に現れた。
「どうした?」
システルの声はかすれ、弱々しかった。傷は相当深いはずだ。本当なら、今すぐ治療をうけなくてはいけない。
「ご、ご報告です! 南の魔王が……最後の魔王が、ものすごいスピードで、この城へ向かっています!!」
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