第2話
目をあけると、私たちは上空にいた。
地上から50メートルほどの高さだ。魔法でできた薄水色の床の上に立っていて、地上が少し透けて見えた。システルが魔法で作った足場だ。
床は横20メートル、縦200メートルほどで、1列目の志願者から一番後ろの私までが少し余裕をもって収まっている。最後尾の列と私との間は10メートルほど距離がある。
ここは城の南西。
もともと広大な畑があったが、今は雑草だらけの場所になっている。魔王の進行により働いていた人々はだいぶ前にここをを離れた。見渡す限りなだらかな平地の草原と、あとは誰も住んでいない平屋の民家がポツンポツンと建っているだけだった。
そして目の前には――――。
空に浮かぶ魔王がいた。
「こっ、こんなに、近いのか……」
「なんて大きさだ……。30メートルは、あるんじゃないか……」
志願者たちは魔王に圧倒されていた。最前列の志願者と魔王との距離は約100メートルだが、体感的にはすぐそこにいるように見えるだろう。
魔王はここから見ると真っ黒な丸い塊に見える。実際は細くて黒い糸のようなものが毛糸のように何重にも巻き取られ、束となってこのような形となっている。
その中心には核があり、それを破壊できれば、魔王を倒すことができる。
魔王は常に上空にいるが、魔王が通り過ぎた大地は瘴気によって真っ黒になっていた。草花も森も枯れ、水は干からび、岩は粉々になり、すべてが黒く、平らになる。生き物はおろか魔物すらおらず、一歩でも足を踏み入れれば、一瞬で死んでしまう。
私はそこを、『色のない世界』と呼んでいた。
緑の大地が、ゆっくりと黒に塗りつぶされていく。空から見ると、その境目がはっきりとわかる。
パンッ!
音が聞こえた。
私たちよりさらに後方の上空で控えているシステルからの合図だ。
私はマントから一冊の黒い本を取り出して開き、詠唱を開始した。詠唱といっても声を出すわけではなく、心のなかで唱えるだけで発動させることができる。
それと同時に足元に魔方陣が現れる。志願者たちを乗せている床がすっぽりおさまる大きさの魔法陣だ。そして志願者たちも各自シールドを張り始める。
私の魔法陣と志願者の魔方陣が重なりあい、足元には複雑な模様が浮かび上がっていた。
そして魔王の攻撃も始まった。
魔法で作った黒い針をこちらに飛ばしてくる。大きさは大人の腕くらいで、0.5秒ごとに一発ずつ飛んでくる。
攻撃パターンは単純だが威力が凄まじく、10秒もたたないうちに1列目のシールドが破壊されていく。100メートル離れているとは思えないほどの威力だ。
「こっ! これって、床壊れないのか!?」
この床は魔法があたっても壊れない。これはシールドではなく、あくまで人が立つためだけの床で、万が一魔法が床にあたってもすり抜けていき、そのまま地上に落ちる。
「うっ!!」
「……はやい!」
2列目、3列目と、志願者の体を針が貫く。
「む、むりだ! いやだ!」
自分の番が来そうになるとシールドをとき、志願者の間を通り抜け、逃げ出そうとする者がいた。だが列を抜けた瞬間倒れ込み、魔王に攻撃された。
2分経過。
すでに半分以上が死んでいて、そのほとんどが下半身を潰されていた。
「死にたくない死にたくない死にたくない」
「やめてくれ!! もう……」
志願者たちは泣きながら、叫びながら、震えながらシールドを張っていた。
前の列の者が死んでしまうと、ああ、次は自分の番なのか、と絶望する。まさに地獄のような光景だった。
倒れていく志願者たちを見ながら、私はひたすら詠唱をつづけた。
開始から5分が過ぎ、立っている志願者たちが22人になったところで、ようやく準備が整った。
詠唱を終えるのと同時に、足元の魔方陣が消える。
私は魔法で前方にいる志願者全員を囲うシールドを張った。詠唱が終われば他の魔法を使うことができる。
そして床から30メートルほどの高さまで飛び上がり、その場に浮かんだ。その間も魔王は志願者たちに攻撃を続けているが、私のシールドがそれを防ぐ。
私は手を前に出し、魔法陣を魔王と同じくらいの大きさまで広げ、魔王に照準をあわせる。
魔法陣が輝きを増し、そこから一気に特大の砲撃を放つ。真っ黒な閃光が魔王へと直撃し、徐々にその体を消し去っていく。
「なんだよこれっ……」
「なんて魔法だ」
魔王を形作る糸が吹き飛んでいく。徐々に小さくなっていき、核の位置をより感じやすくなった。
私は両隣にさらに2つの魔法陣を出し、追加で砲撃する。合計3つの魔法陣からの攻撃により威力はさらに増し、1分とたたないうちに、魔王は跡形もなく消えていった。
私は魔王の核の気配が完全に消えたのを確認し、床に降りた。
生き残った志願者たちは、今見た光景が信じられないというように、呆然としていた。
「たおした……」
誰かが呟いた。
だが、誰一人歓声をあげなかった。
目の前に広がる、血まみれのたくさんの死体。自分が生きていることが夢なのではないかと思うほど、死はすぐそこまでせまっていた。
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