「魔法の詠唱に時間がかかるので、その間死んでも守ってください」

矢口世

第1話

【魔王討伐 人員募集】


 ・条件


 年齢、性別、職業、善人、悪人問わず。

 10分間シールド魔法を使える者。

 (縦2メートル×横2メートルの大きさ)

 死ぬ可能性があるが、それでもよい者。



 ・報酬について


 申し込みの早い者から順に高い報酬を支払う。


 一番早かった者には、今後の生活で一生困ることのない金額を支払う。

 一番遅かった者には、一年間暮らしていけるだけの金額を支払う。

  

(申し込みの順番で報酬が決まるが、報酬が高い順に討伐の危険度も上がる)

 


 万が一、討伐中に死んでしまった場合でも、一年間暮らせるだけの報酬を支払う。その場合に備えて代わりの受取人を申告すること。必要なければ申告しなくてよい。

(遺体は希望があれば遺族のもとへ引き渡す)


 作戦の内容については、当日伝える。



 以上



 ―――――――――





「魔王への攻撃はこの方が行います。魔王を倒す魔法を使うことができます」


 システルが隣にいる私を紹介した。

 志願者たちの視線が、私に集まる。


「誰なんだあいつは?」


「だいぶ小柄だな」


「そんなに凄腕の魔法使いなのか?」


「マントに仮面って……」


 私を見てざわつき始める志願者たち。頭から真っ黒なマントをかぶっていて、裾が地面についている。

 顔はというと、真っ黒な仮面をつけているため、男か女かもわからない。私の格好を見れば怪しすぎて不信に思うのは当然だった。




「お静かに」




 システルの低く重い声が訓練場にひびきわたり、志願者たちは口を閉じる。


 今回の参加人数は610人。城の北側にある訓練場は大きく、この人数でも余裕でおさまる広さだ。審査の段階では660人を確保していたが、直前になって辞退したり、当日来なかったりで減ってしまった。

 

 

 今日は2体目の魔王討伐の日で、集まった志願者たちに今から作戦の詳細を伝える。




 システルは国から魔王討伐の指揮を任されている、この作戦のリーダーだ。青い短髪、水色の瞳、大柄でがっしりとした体つきは40歳には見えないほど若々しく、銀色のゴツゴツとした甲冑を身にまとっているせいで、立っているだけで威圧感があった。魔法の腕も一流で、戦闘においてはこの国トップレベルだ。


 対して、集まった志願者たちは戦闘とは無縁の者ばかりだ。20代から50代の男性が多く、そのほとんどが普段となんらかわらない格好でこの場に立っていた。作業用のつなぎ、ズボンにシャツ、中には上半身が裸の者までいた。



「その魔法はとても強力ですが、リスクがあります。詠唱の最中、この方は動くことができず、その他の魔法は一切使えないため自身の防御ができません。みなさんには、その間この方を守っていただきたいのです」



 どういうことだ? と志願者たちはお互いの顔を見合わせる。



「魔王は魔法で黒い槍を作り、攻撃してきます。この方には、魔王から一番遠い位置で詠唱していただき、その前をみなさんで固めて守っていただきます」



 志願者たちは、初めて聞かされた作戦の内容に戸惑いを隠せない様子だった。



「みなさんの立ち位置ですが、審査の時に番号をお伝えしています。番号の早い方から順に並んでいただきます。そして、その位置で2メートル×2メートルのシールドを張りつづけてください」



「あのっ!」


 一人の男性が大きな声をだし、システルの説明をさえぎる。


「なんでしょうか」


「ちょっと……待ってください……。その…」


 システルは彼の言葉を待った。


「守るって、守るだけ、ですか? 攻撃は…?」


「先ほども申し上げましたが、攻撃はこの方がします。みなさんはシールドを張り続けてください。攻撃までの時間を稼いでいただきます」


「そいつの、壁になるってことか?」


 別の志願者が聞いた。


「今回の魔王には、この方法が効果的ということか?」


「いいえ、今後もこの方法で魔王を討伐します。以前、1体目の魔王を討伐したときの反省を踏まえ、このやり方が一番だと判断しました」


「具体的に、どのくらい詠唱にかかるんだ?」


 志願者たちが次々と質問をぶつけていく。みな、こんな作戦だとは夢にも思っていなかったのだろう。具体的はことはなにひとつ教えられていない。自分たちが何をさせられるのか、今初めて知るのだから。



「詠唱自体は5分ほどですが、そこからこの方の攻撃が始まりますので、それも含めて討伐時間は最長で10分です。みなさん募集の条件をクリアされた方ばかりなので、問題ないでしょう。万が一、10分を超えた場合は一旦退避します」



 みんな言葉を失っている。魔王と10分も対峙しなくてはならないのか、と。



「死んでもいいから報酬がほしい方にお集まりいただいたはずですが。討伐方法に異論がありますか?」


「それは、確かにそうだが、生きて帰れるもんならみんな生きて帰りてえよ!!」



 その言葉に多くの志願者が同意する。



「生存率はどのくらいなんだ?」


「みなさん次第です」


「近づく必要あるのか? 魔法で姿を消して攻撃するとか?」


「この魔法の詠唱には、対象に300メートルまで近づく必要があります。それに相手は魔王です。姿を消してもこちらの位置はばれます。他の魔法に魔力をさくよりも、シールドにのみ力を注いだほうが威力も上がり、魔法も持続します」


「みんなで一つのでかいシールドを張れば、もっと頑丈になるんじゃないか?」


「張れるシールドの大きさには個人差があります。みなさんで協力する場合、魔力の強い方に弱い方のカバーをしていただくことになります。死ぬかもしれないなかで、今出会ったばかりの方と協力できますか? 自分の命を、他人に預けられますか?」


「それは……」


 質問した男性は黙ってしまった。



 ある程度の技量がある魔法使い同士なら、協力してシールドを張ることもできただろう。だが、ここにいるのは基礎の魔法しか使えない素人がほとんどだ。むやみに連携したことろで、うまくいくはずがない。下手に大きなシールドを張っても、強度の弱いところを突かれたら一発でおしまいだ。



「自分の命は自分で守る、そのためのシールドを張ってください。それが、一番力を発揮することができます」


 他にもみな口々に不満をぶつけていたが、その度にことごとく言い負かされていくのをみて、次第に質問する者も減っていった。


「よろしいでしょうか? もうあまり時間がありません」


 時間がない、と言われ、志願者たちの顔に緊張がはしる。



「では、今からそれぞれの位置をお伝えしていきます。ここで陣形を組み、そのまま魔王の近くの上空に転送します。気を引き締めてください」



 



 システルが志願者の番号を呼び、列を作っていく。

 6人が横一列に並び、それを101列作る。今回は610人なので、102列目には4人が並ぶことになる。まさに『人の壁』だ。

 私はその最後尾の列から少し離れたところに立ち、詠唱をすることとなる。


 私は列ができるまで後方で待機していた。志願者たちの声を聞くために、魔法で聞き耳をたてながら。




「お隣です。よろしくお願いします」


「えっ? ああ、よろしく。よろしくって言うのも、変な感じだが……」


「私たち、いまから死ぬんでしょうか……」


「さあ、どうかな……。俺らは後ろの方だからな、危険はまだ少なそうだが……」


「そうですね。でも、報酬、死んでももらえるとは、ありがたいですね」


「……あんた、見るからに人がよさそうな雰囲気だが、なんで金が必要なんだ? こんなとこ来るくらい困ってんのか?」


「息子が病気で寝たきりなんです。騎士になる夢も諦めてしまって、治療代になればと。あなたはどうして?」


「俺も息子絡みだ。故郷の村でいろいろあって、息子が批難されてるから、ちょっとでも助けにならないかと思ってな。息子が間違ってないって、証明できたらいいかなって」


「あなたは、この国の出身ではないのですか?」


「違う。ここから遠く離れた、湖の近くにある名前もない小さな村だよ」


「そうでしたか。あ、そろそろみたいですね。お互い、生きて帰りましょうね」


「ははっ。それ言って生きてたやつ、あんま見たことないな」

 



 しばらくして、陣形が整った。




「では、転送します」


 システルが転送魔法を発動させる。私たちの足元に大きな魔法陣が現れ、辺りは光に包まれた。




 始まる。



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