第4話
「魔王への攻撃はこの方が行います。魔王を倒す魔法を使うことができます」
2体目の討伐から1年がすぎ、私は13歳になっていた。
今日は、3体目の魔王討伐の日だ。
城内の訓練場には634人の志願者が集まっていた。
前回と同じようにシステルが私を紹介し、志願者への説明を始める。
まだ子供の私は、かなり分厚い靴と、上へと膨らませたマントのおかげで、なんとか子供だとバレないようにしていた。まさか子供がこんなことをしているとは誰も思わないだろうが。
それでも小さいことにかわりはない。
「年寄りの魔法使いか?」
「魔物じゃ……ないよな?」
「ドゥール教は?」
「あいつらは違うだろう」
「背の低い種族がいるとか?」
「もしかしてハスクートじゃないか?」
「ハスクートって、確か変な魔法とか研究してる連中だよな?」
「ああ、怪しい魔法を使うって聞いたことがある。どこにいるのかは知られてないけど。ものすごく強いらしい」
「え、じゃああの人、ハスクートなのかな」
ハスクート。
魔法の技術が高く、他国からの圧力にも耐えうる力を持っている人々。どこの国にも属さないが、ときには他国からお金をもらい、戦争に加担していたとも言われいる。
彼らは自らの出身を話すことを禁止しているため、誰がそうなのかはわからない。貴重な魔法の情報を持っていると知られれば、悪用される可能性があるからだ。
「もしかして、俺等を生け贄にして怪しい魔法を使うつもりじゃないだろうな?」
「そんなことはしません」
システルは断言する。
「そんなのわかんねえだろ。そいつが誰なのか知らねえんだから」
「魔王を倒せる。それだけで充分ではありませんか?」
システルの説明が一通り終わると、またしても志願者から前回と同じような質問をされていた。作戦の内容を当日にしか伝えないとなると、これは毎回避けて通ることはできないだろう。
その間、私は志願者の一人にずっと魔法をかけられていた。紫色の髪に紫色の瞳、40代くらいの長身の男性だ。幻覚を見せる魔法だが、この程度の魔法は私には効かない。
「そんな作戦がうまくいくのか? 魔王が上から攻撃してきたり、いきなり最後尾を爆破させたり、何か他の魔法を使う可能性だってあるだろう?」
「今のところ、その可能性は低いです。魔王はとてつもなく強いですが、賢いわけではありません。攻撃は単純で、基本的には一番近くにいる人間を攻撃します。その他の魔法を使ったこともありません」
「今回は違うかもしれないじゃないか!」
「そうかもしれません。しかし、ありとあらゆることに対応できるほど、我々は強くはありません」
「前回の討伐の時、他の魔王たちがこぞってそっちの方角を向いたっていう噂があるぞ! もし向こうの方にいる魔王がこっち向いて攻撃してきたらどうするんだ?」
「その件に関しては確認中です。討伐の間は、他の魔王を騎士たちが監視しています。何か動きがあれば、すぐに連絡があります」
私に攻撃している男性は、システルと志願者たちのやりとりを真剣に聞いているふりをしているが、目が泳いでいる。いっこうに魔法が効いていないので、おそらく相当焦っているのだろう。魔力を無駄に消費してしまっていることが少しかわいそうだった。このあとの作戦の魔力は残しているのだろうか。
「もっと離れたところから攻撃することはできないのか?」
「この魔法には発動条件があります。最低でも300メートルまで近づき、詠唱する必要があります。なのでこの方には、魔王からギリギリ300メートルの位置にいていただきます」
「俺たちの列は200メートルくらいだよな。ってことは、最前列は魔王から100メートルくらいのところまで接近するってことか?」
「その通りです」
「魔王はどのくらい近づいたら攻撃してくるんですか?」
「およそ400メートル以内に入った人間を攻撃します」
「じゃあ、俺たちみんな攻撃対象なのか……」
「そいつだけを300メートルのとこにいさせてさ、そんで遠くからシールド張ってやればいいんじゃないか? わざわざそいつの前を僕たちが守る必要あるか?」
「ではお聞きしますが、離れたところから、魔王の攻撃に耐えうるだけのシールドを張る自信のある方はいますか?」
誰も返事をしない。
「私はこの討伐の指揮を任されました。上空に、634人全員が乗れる床を作るくらいの力はあります。ですが、魔王の攻撃を防げるシールドを、遠距離から張り続けることはできません。それができるなら、そもそもこのような討伐方法にする必要はありませんでした」
システルでも難しい、そう言われて、誰が異議を唱えられるだろう。システルは間違いなくこの国トップクラスの実力者で、みなもそれを知っている。
私のことや、この討伐作戦を疑問に思う者がいるのはわかっている。当日まで何も知らされない極秘の作戦。志願者のなかに反逆を企てる者がいる可能性もある。今みたいに命を狙われることも、覚悟の上だ。
現時点で妨害の可能性があるのは、国王に不満を持つ『反対派』、魔王に命を捧げて救いを求めようとする『ドゥール教』、そしてさきほど話にあった『ハスクート』。
今、私に攻撃をしている男性は、この内のどれかに当てはまるだろうか――。
ようやく質問が終わり、陣形が整ったところで、私たちは魔王のもとへと転送された。
私たちは、森の上にいた。ここは城から西に真っ直ぐ進んだところだ。今日は風が強い。
下を見ると、森の中に何軒か家が建っていた。このあたりにも村があったのか。
魔王の進行により、今はもう誰も住んではいないだろう。私たちの足元にはまだ森があるが、前方にいる魔王の後ろにはもう何もなく、ただただ真っ黒な色のない世界が広がっていた。
パンッ!
システルからの合図があった。
私は本をとりだし、詠唱を始めた。
今回の魔王も、見た目はいつものように黒く丸い形をしている。志願者たちのシールドは、前回と同じようなペースで砕けていく。
「た、たすけて……」
「おい! 動いたら余計に危ないぞ!」
「もう力が……」
「頑張れ! 耐えてくれ! じゃないとオレまでやられる……」
「おい! あそこ、いっぺんに3人やられたぞ!」
「シールド弱すぎると後ろのやつにも針が刺さるんだ!」
まもなく5分。
生きているのは、最後尾付近の5人だけだった。
討伐前、私に攻撃をしていた男性は、体の右側が潰され、血まみれになって倒れていた。
5人はなんとかまだシールドを張っているが、みなすでにかなりの魔力を消費している。次の攻撃に耐えることはできないだろう。
魔王の攻撃が、そのうちの一人の男性に向かって飛んできた。
「うっ……!!」
男性は死を覚悟したようだが、針が彼にあたることはなかった。
「……あれ……シールドが…」
私は詠唱を終わらせ、彼らの前にシールドを張った。
「助かった……」
「詠唱終わったんだ」
彼らは振り向き私を見る。私は彼らのすぐ後ろまで近づいていった。
右手を上にあげる。
空中に小さな魔方陣が次々と現れ、数を50まで増やしていく。一つ一つの魔方陣から、黒く光る鋭い槍のようなものが出てきて、右手を振り下ろすと、それらが魔王めがけて一斉に発射された。
「お、おれたち、じっとしてたらいいんだよな?」
「どんな魔力してんだよ……」
「すごい……。300メートルも離れてるのに」
5人は空中の黒い光を眺めていた。
槍は次々と魔王に突き刺さっていく。針はまだこちらに飛んでくるが、私のシールドが破られることはない。徐々に魔王の体は穴だらけとなり削れていった。
魔王からの反撃がなくなった隙をみて、5人の前に張ったシールドを解除し、攻撃にありったけの魔力を注ぐ。
魔王の体はどんどん小さくなっていく。もうほとんど見えなくなっていたが、まだ核が消滅していないので、槍を撃ち込んでいく。
「終わったんじゃないのか? もう見えないけど……」
「いえ、まだ何か見える、ような……」
「何かって……?」
「何か…近づいている気がします」
「え? どこだ?」
魔王から何かが飛んできた。
それは魔王の針ではなく、人間の腕だった。
「あっ……」
志願者たちがそれに気付いた時には、腕はすぐそこだった。腕は私の目の前にいる男性を掴もうとした。
私は後ろから彼を両手でおもいっきり押した。すでに満身創痍だった彼は、子供の私が押しただけで体勢を崩し、前へ倒れ込んだ。
飛んできた腕は、マントのうえから私の右の二の腕を掴んだ。
そして、そのままぐしゃりと握り潰し、腕を引きちぎった。
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