第25話 後悔の夢

 夢の中で、ミミルの体は宙に浮いています。宙に浮いて、上から自分の家を見下ろしています。空は青く透き通っていて、穏やかです。誰もこれから起こる惨劇を予想している人はいません。


 ミミルは家の屋根を突き抜けて、中に入っていきます。一年前のミミルとミミルのママの姿が見えます。何か話しています。


「ねえ、ママ」

 と、一年前のミミルがママに話しかけます。

「何?」

 とミミルのママが言います。

「私、いつものケーキが食べたいわ」


(ダメ!)

 と、ミミルは大声で叫びます。でも、その声は一年前のミミルにも、ママにも聞こえません。


「我慢できない?」

 とママは言います。

「だって、戦争は終わったんでしょう?」

「そう言われてはいるけれど」

 とママは何かを考えている様子です。


(ダメ、ママ!まだ戦争は終わってないのよ!)

 とミミルは叫びます。でも、ママには聞こえません。


「今日は私の誕生日なのよ。ずっとケーキもお祭りもなしだったんだから、ケーキぐらい食べさせて」

 とミミルは言います。


(ダメ、ダメ、ミミルのバカ!そんなこと言っちゃダメ、そんなわがまま言っちゃダメよー!)


「あのパン屋さんなら、置いてあるかしらね」

 とママは言います。


 お祭りの日が誕生日のミミルの誕生ケーキは、いつも同じベーカリーで買っています。


「外は落ち着いているようだし、ちょっと見てくるわ」

「やったあ!」

 ママはお財布を持って、家の外に出て行きます。


(ダメ、ママ!行っちゃダメ!)


 ミミルはママを追いかけます。ですが、家の外に出ようとすると、なぜか家の中に戻ってしまいます。何度やってもそうなのです。


 それから急に場面が変わります。

 ミミルはまだ家の中です。でも一年前のミミルは消えています。さっきより少し時間が経ったようです。


 ドーン、ドーンと、外で激しい音がします。

 人々の騒めき。

 恐ろしいことが起きたことが分かります。


 次の瞬間、ミミルは外に出ます。

 ママが出て行った方を見ると、真っ赤な炎が上がっています。


 近所の家々から、住民が出てきます。どうしてだか、その人たちには顔がありません。でもみんな恐怖に怯えていることが分かります。


(ママを助けに行かなきゃ!)


 ミミルは火の手が上がった方へと走り出そうとします。

 でも、顔のない人波に押されて、うまく進めません。


 それどころか、ミミルはどんどん流されていきます。ママのいるところから、どんどん遠ざかっていきます。


 ドーン!

 一際大きい音がします。振り返ると、ミミルの家が燃えています。


(ママ!)

 ミミルは叫びます。人波の中に必死にママを探します。


 ですが炎は激しい閃光を発します。目もくらむような白い光です。

 その光はミミルを包み、街を包み込みます。

 やがてすべてが白い光に溶けて、消えていきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る