第26話 みんなの祈り、おまじない
どれだけ時間が経ったのでしょうか。どこかで鳴くニワトリの声に、トモリさんは目を覚ましました。
いつのまにか窓の外が薄明るくなっています。
「うー、寒い」
トモリさんは、ブルッと震えて両手で肩を抱きました。ミミルのそばについたまま、そのまま朝まで寝てしまっていたようです。
「ミミルは……?」
と見ると、ミミルはまだ寝ていました。その寝顔に、トモリさんは心臓に釘を刺されたみたいにドキッとしました。
(エリーゼ……!)
それは、エリーゼが亡くなったときの顔にそっくりだったのです。
恐る恐る、トモリさんはミミルの額に手を当てました。またひどい熱が戻ってきていました。
トモリさんはホッとするやら心配するやらで、意味もなく部屋の中を歩き回りました。
しばらくして、慌てて下に降りて新しい水とおしぼりを持って来ました。
まだ朝が明けきらないうちから、みんなもやってきました。
「ミミルの具合はどうです?」と開口一番、ビゼが訊きました。「昨日はずっと部屋の明かりがついていたようですけど」
してみるとビゼもほとんど寝ていないのでしょう。目の下にクマが出来ています。
「まだ目を覚ましてくれないんだ。また熱が出てきたみたいで」と、眠そうな顔でトモリさんは答えました。「何か悪い夢でも見ていたのか、昨日はひどくうなされていた」
ベッドのそばに持ってきてあった椅子に、力無く腰を下ろしました。
「何だかすごく疲れているみたいだわ」
とフィーナが心配そうに言いました。そう言う彼女もひどく疲れているように見えました。
誰もかれも一緒でした。みんなひどい顔をしていました。その顔はミミルを見てさらにひどくなったようでした。
それというのも、みんなの目にはミミルが一晩で急速にやつれてしまったように見えたからです。
恐ろしくて誰も口には出しませんでしたが、みんなトモリさんが一瞬エリーゼと見間違えてしまったようなのと、同じことを感じていました。
「なあ、ミミル」
とビゼは感情が込み上げてきたようでした。
ベッドで寝ているミミルに語りかけました。
「僕たちせっかく友達になれたよな。おまじない屋のお客にだってなったじゃないか。それなのに、おまじない屋がなくなっちゃうなんてなしだぜ」
「嫌なことを言うんでないよ」とスースの奥さんが怖い顔で言いました。「ミミルちゃんはどこにも行くもんかね。きっとだいじょうぶですよ」
それを聞いてトモリさんは、ハッとしました。
「そうだ」と両手でミミルの手を包み込みます。「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「どうなすったの?」とスースの奥さんが訊きました。
「おまじないです」とトモリさんは真顔で言いました。「ミミルがここに来てからというもの、僕は彼女からいろんなものをもらいました。いろんなことを教えてもらいました。あのときミミルと偶然出会わなければ、今の僕はもうここにはいなかったでしょう。ミミルにおまじないを教えてもらったおかげで、倒れそうだった僕は希望へと足を一歩踏み出すことが出来るようになったんです。だから、だいじょうぶ、だいじょうぶ。おまじないがある限り、僕は希望を捨てたりしないんだ」
「そうだわ」とフィーナが言いました。「ミミルちゃんがいなければ、私もこの街に引っ越してきたりしなかったわ。だいじょうぶ、だいじょうぶ。私たちがおまじないを忘れちゃダメね」
「そうだねえ」とスースの奥さんも言いました。「私が靴屋を再開出来たのも、息子の帰りを待つことが出来たのも、ミミルちゃんにおまじないを教えてもらったおかげだね。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「ああ、そうだな」とビゼが言いました。「だいじょうぶだ、うん。きっとだいじょうぶだ。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「ダイジョウブ、ダイジョウブ」
とユリヤはビゼと一緒になって言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。私もおまじないを信じよう」
とバゲット先生も言いました。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
みんなでおまじないをします。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
祈るようにおまじないをします。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。だいじょうぶ、だいじょうぶ……。
女神様に届け……。
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