第27話 女神様のおまじない
「ママ、ママ、ママ!」
真っ白な光の中、ミミルは叫びます。叫んでママを呼びます。ママを探します。
でも白い光はどこまでも白く、ママはおろか、ミミルの体すらも、どこにあるのかわからないくらいです。
「ぐすっ、ぐすっ、ぐすっ」とミミルは泣いて膝をつきます。「バカ、バカ、ミミルのバカ!あんたのせいでママが死んじゃった。戦闘に巻き込まれて死んじゃったんだわ。あんたがケーキが食べたいなんて言うから、死んじゃったのよ。誕生日にケーキが食べられないくらい、何だって言うのよ。それぐらい何だって言うのよ、ミミルのバカ!あんたのせいよ、あんたのせいでママは死んじゃったのよ!」
ミミルは顔を伏せてそのまましばらく泣きじゃくっています。
するとどこからともなく声が聞こえてきます。
「……ミミル、ミミル」
ミミルはハッとして顔を上げます。その声に聞き覚えがあります。
「ミミル、ミミル!」
「ママ!」
その声はママの声です。懐かしいママの声。ずっと会いたかったママ。
ミミルは涙を拭いて立ち上がります。真っ白い光の中、声の主を探します。
「ママ、どこにいるの?」
「ミミル、私はここよ」
「どこ!?どこなの、ママ!?」
「ここよ。あなたのすぐそばにいるわ」
すぐ近くでママの声がします。でも真っ白な光しか見えません。
「ママー!」とミミルはありったけの力を込めて叫びます。「ママ、お願い出てきて!」
「ミミル、心配いらないわ」
とママの声が聞こえます。
「ママ、どこにいるの?」
「私はここよ。女神様のそばにいるわ」
そのとき霧が晴れるように白い光が薄くなっていきます。ミミルの体も見えるようになります。
そこはとてもきれいなお花畑です。見渡す限りに美しい花々が咲き誇っています。
遠く前を見ると、キラキラと輝く光の人が立っています。
ミミルは立ち上がって、フラフラと吸い寄せられるようにそちらへ歩いていきます。
近くまで行くと、それは女神ナディアの像です。フィーナがデザインした、新しい女神像です。
「ねえお願い女神様。ママに会わせて!」
とミミルが願うと、女神像はママの姿に変わります。
「ママ!」とミミルは驚いて息を飲みます。「ママ、会いたかった…!」
ミミルはママを抱きしめます。
「ミミル、私も会いたかったわ」とママもミミルを抱きしめます。でもママは言います。「ミミル、あなたはこっちに来ちゃいけないわ」
「どうして?私のせいでママは死んじゃったから?私のこと嫌いになっちゃったんだ!?」
「おお、ミミル」とママはいっそうミミルを抱きしめます。「辛かったのね」
「ママ、ごめんなさい」とミミルはママの胸に顔を埋めて泣きます。「辛かったよお」
「私が死んだのはあなたのせいではないわ。私はもう、女神様のおそばに行く時間だったのよ」
ミミルは顔を伏せたまま泣きじゃくります。
「ミミル、私の愛しいミミル。これだけは覚えていてちょうだい。何があろうと、決して私があなたを嫌いになることはないわ。愛してる」
「ママ、愛してる」
ミミルはしばらくママの腕に抱かれて満ち足ります。
このままずっと、ママの安らぎに満ちていたい。ミミルはそう思います。
でも、再び白い光が強くなっていきます。ママの姿が光の中に溶けていきます。
「さあ、顔を上げなさい」とママは言います。「あなたはここにはそんなに長くいられないわ。もうみんなのところへ帰る時間よ」
「そんなの嫌。このままママのそばにいさせて」
「あなたはまだここに来るべきではないわ」
「ずっとママのそばがいい」
「いいこと、ミミル」とママは凛として言います。「あなたはだいじょうぶ。だって、私はあなたに世界で一番大きな力を授けたのだから」
「私にはママみたいな力なんてないわ」
「ミミル、辛いときにはおまじないを唱えなさい。私のような力は、限られた人にしか使えない。でも、おまじないはね、どんな人にだって使えるのよ。小さな女の子から大人まで、世界中どんな人にでもよ。それがどんなに大きな力かわかる?私が持っていた力なんて比べものにならないくらい、大きな力なのよ」
「ママ……」
ミミルはもう一度ママの胸に顔を埋めようとしますが、ママはもうほとんど光そのものになっています。
「あなたに女神のおまじないを授けます。こう唱えなさい、ミミル。許します」
「許します?」
「そう、辛く長い夜を過ごしたあなたを癒すおまじない。辛く長い夜を過ごした街の人たちを癒すおまじない。女神のおまじない、許します」
「許します……」
許します、許します、許します……。
ミミルはしばらくそう唱えます。おまじないの言葉に呼応するように、ミミルの体が、体の中にあったものが、光に溶けて消えていきます。
「ママ、ママにはもう会えないの?」
とミミルは光に向かって問いかけます。
「だいじょうぶ。あなたがおまじないを唱えるとき、それはいつでも私と繋がっているのです」とママなのか女神様なのか、どちらが言ったのか、ミミルにはもう良く分からなくなります。「決して忘れないで。あなたの手にしているのは希望。この世で一番強い力……」
光の中から声がします。ミミルの体も光に溶けていきます。
「ねえ、ママ。ママは女神様なの?」
「女神とは、今私がいるところに存在している力のこと。大きな愛そのものよ。忘れないで。あなたがおまじないをするとき、私はいつでもあなたのそばにいます……」
白い光はますます強くなって、全てが光に包まれます。
「私のおまじないを唱えなさい。許します」
「許します、許します、許します……」
ミミルはおまじないを唱えます。
女神様の声が聞こえます。
「許します」
ママの声が重なります。
「許します」
ミミルの声が重なります。
「許します」
許します。
許します。
許します……。
そのおまじないは、ミミルの心の傷を、トモリさんたちの悲しみを癒やしていきます。白い光に溶けて消えていきます。
全てが消え去る前、ミミルは最後にママの姿が見えたような気がします。でもそれは女神様だったかもしれません。
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