第18話 この……脳殺淫乱ドスケベボディオタク!(脳殺淫乱ドスケベボディオタク!?

 気が付けば九朗はクラスメイトに囲まれていた。


「あ、あ、あ……ありえない! オタクの癖になによ! そのわがままボディは! エッチ過ぎるでしょ!」


 青くなった真宵が九朗に向けた指先をぶんぶん振りながら喚き散らす。


 他の女子も賛同するように赤い顔でこくこく頷いている。


「なんだよわがままボディって!? エッチでもないし、変な言いがかりはやめてくれ!?」

「だまらっしゃい! 高一の癖にこ~んなおっきな雄っぱいぶら下げて! 二の腕だってパツンパツンのムッチムチで……しかも色白ってなに!?」


 真宵は舐めるように九朗の身体を視姦すると、ゴクリと喉を鳴らした。


「これがエッチでなかったらなにがエッチだって言うのよ! この……脳殺淫乱ドスケベボディオタク!」

「脳殺淫乱ドスケベボディオタクぅうう!?」


 九朗も今までいろんな罵倒を受けてきたが、こんな風に罵られるのは初めてだ。


 怒るべきか恥じるべきか。


 正直、どうしていいのか分からない。


 困惑する九朗を他所に、わなわなと震える真宵の手が甘い蜜に誘われる蝶々のように九朗の雄っぱいに伸びる。


「お触り禁止ィイイ!」


 スパァンッ!


 明星が真宵の手を撃墜した。


「ハッ! あたしとした事が何を……」


 自分でも信じられないと言う風に両手を見つめる真宵。


「……いや、マジで何やってんだよ」


 これには拓海もドン引きである。


「だってぇ!? オタクの癖にあんなドスケベな身体してるのよ! そりゃうっかり触りたくもなるでしょうが!?」

「ならねぇよ!?」


 拓海もツッコミを入れるのだが。


「いやいやなるって……」

「なるよねぇ……」

「エッチ過ぎるもん……」

「雄っぱい触りてぇ……」

「「「えぇぇ……」」」


 女子の反応に男子一同ガン引きである。


「ひ、日野さん……」


 困ったのは九朗である。


 これは新手のイジメに違いない。


 そう思って助けを求めるような視線を明星に向ける。


「まぁ、実際エッチではあるよね……」


 苦い笑いを浮かべているが、明星の視線もチラチラと覗き見るように九朗の身体に吸い寄せられている。


「日野さんまで!? 信じてたのに……。そうやってみんなで俺の身体を笑い者にするのか……」


 骨の髄まで陰キャの染みついた九朗としては、みんなで結託して嫌がらせをしているとしか思えない。


 いい加減明星も九朗のネガティブ思考に慣れてきたので、すぐにフォローを入れた。


「違うってば! マジでオタク君良い体してるから! 誉め言葉じゃん!」

「そんなわけないだろ!?」

「そんなわけあるんだって! 例えばの話! ドラマでクラスの冴えない地味子ちゃんが脱いだら実はグラビア級のナイスバディでしたってなったらエッチじゃん?」

「……それは……まぁ……」


 恥じらいつつも九朗も頷く。


 ラブコメでも良くある展開である。


 まさか、非オタの明星からそんな例えが飛び出すとは思わなかったが。


(……最近はそういうドラマもやってるのか)


 そもそもテレビはアニメしか見ない九朗なので最近もなにも実写ドラマの事なんか分からないのだが。


 改めて女子達の顔色を伺う。


 今まで散々イジメ紛いの嫌がらせを受けてきた九朗である。


 彼女達の顏に浮かぶのが嗜虐的な嘲笑や嫌悪感からくる軽蔑でない事は理解出来た。


 ならばなにかと言われるとそれはそれで判断に困る。


 頬を紅潮させ、目はとろんと溶け、口元は物欲し気に半開き。


 自信はないが、催眠アプリでも使われたらこんな顔になるのではとも思う。


(……つまり、発情? いや、まさか……)


 こんな陰キャオタクの、それもただの半袖姿に女子達が発情するなんてあり得ない話である。


「はっ! アホくせぇ! 確かにこいつはオタクの割にはマッチョだぜ。大方、いつかいじめっ子に復讐してやる! とか思いながら家でシコシコ筋トレでもやってたんだろうよ! いかにも陰キャオタクのやりそうな事だぜ! けどな! そんな筋肉は見掛け倒しの偽物だ! ボディービルダーの鑑賞用の筋肉と同じで、俺達運動部が汗水垂らして育て上げた本物の筋肉に勝てるわけねぇんだよ!」


 急に拓海が語り出した。


「そうだそうだ!」

「帰宅部の陰キャオタクが調子乗んなよ!」

「日野さんだけでも許せねぇのに他の女子にまでチヤホヤされやがって!」


 運動部の男子も怖い顔で賛同する。


 どうやら九朗の肉体美が彼らのプライドを傷つけてしまったらしい。


 九朗の記憶では拓海も今は帰宅部のはずなのだが……突っ込むのは野暮なのだろう。


「……いや、別に俺は調子に乗ってないし、女子が勝手に騒いでるだけなんだが……」


 九朗としては言いがかりもいい所である。


 まぁ、いつもの事と言えばそれまでなのだが。


 今回のはちょっと毛色が違う。


「うるせーオタク野郎! 前から気に入らなかったが今回の事でハッキリしたぜ! てめぇは敵だ! ここで潰す!」

「俺も乗った!」

「俺も!」

「俺も勝負させろ!」


 どうやらクラスの運動部を全員敵に回したらしい。


「ちょ、みんな、落ち着いてよ!?」


 慌てて明星は宥めに入るが。


「いいじゃない。この際だから全員で勝負すれば?」


 これ幸いにと真宵が割り込む。


「勿論、誰か一人にでも負けたらそっちの負けで土下座靴ペロだけどぉ? キャハハハ!」

「はぁ!? なにそれ!? そんなんズルじゃん! オタク君が不利過ぎるっしょ!」

「罰ゲームを持ち出したのは明星じゃない? それくらい自信があるって事でしょ? そもそも、ドスケベボディで運動部の男子を挑発したオタク君が悪いと思うんだけど~?」

「……挑発なんかしてないし、一番目の色を変えてたのは影山さんだと思うんだが……」


 流石に九朗も異議を唱えるが。


「シャラップ! オタクに発言権とかないから! こういう時は民主的に多数決で決めましょう。賛成の人~!」


 真宵が勝手に話を進める。


 流石に酷いと思ったのか、手を挙げたのは運動部の男子と拓海派の生徒だけである。


 危ない所だったが、過半数には届いていない。


「……賛成しないって事は反対って事よね。それってつまり?」

「俺達に逆らうって事だからな」


 真宵が女子に、拓海が男子に睨みを利かせる。


 挙手しなかったのは穏健派のグループばかりなので、そんな事をされたらイチコロだ。


「はい。と言う事で決定ー! 文句ないわよね? あっても聞かないけど。キャハハハ!」

「そんなぁ!?」


 今度は明星が青い顔をする番だった。


「残念だったなオタク野郎。俺一人でも余裕だったけど、これでお前の勝ちは完全になくなったぜ」


 ニヤつきながら勝ち誇る拓海の声を九朗は聞いていなかった。


 この世の終わりみたいな顔で立ち尽くす明星の耳元にぼそりと呟く。


「……勝つよ」

「……オタク君?」

「……無理なのは分かってる。俺なんかがクラスの運動部に勝てるはずない。それでも……勝つ気で頑張る。勝たなくっちゃだめだ。たとえこの身が砕けようとも……勝つのは俺だ。だから――」


 自分に言い聞かせるように九朗は言う。


 洗脳するように、と言った方が正しいかもしれない。


 絶対に無理だと思う。


 でも、無理だと思っていたら絶対勝てない。


 だから勝つのだ。


 もう二度と君を泣かせないと約束した。


 約束は、果たされなければいけない。


 感動する明星の顔を真っすぐ見つめる。


「――だから。もしダメだったら俺を見捨ててくれ」


 カクンと明星の肩がコケた。


「オタク君!?」

「日野さんがそんな人じゃない事はわかってる! だからこそ、君を酷い目に合わせたくない! 全部俺をハメる為の演技だったって事にすればなんとかなるかも――ギャアアア!?」


 九朗は悲鳴をあげた。


 いきなり明星が雄っぱいを鷲掴みにしたのだ。


「やめてくれ! なんだよ急に!?」

「オタク君がバカな事言うからでしょ!」

「だって――」

「言い訳しないで! 今のは完全にオタク君が悪いから! あ~しが始めた事なんだよ! オタク君裏切って一人だけ逃げるとかあり得ないから! だから勝って! 絶対勝って! ていうか勝つから! あ~しの彼氏は最強無敵! わかった!?」


 九朗の口がポカンと開いて固まる。


 そんなの無理だ。


 勝てっこない。


「わ、か、っ、た?」

「わかったから!? 胸を揉まないでくれ!?」


 言ってしまった。


「信じてるから……」


 鼻息を荒げて明星は言う。


「オタク君と一緒なら、どんな罰ゲームだってへっちゃらだし!」

「日野さん……」


 そしてぼそりと明星は言う。


「……てか。オタク君の雄っぱい、エッチすぎじゃん……」


 わきわきと、感触を思い出すように空を揉む。

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