第22話 悪夢よ、俺を苛むな(名シーンじゃん!

「……日野さんに感謝しろよ。お前達は、命拾いしたんだ」


 ……やめろ。


「……日野さんに感謝しろよ。お前達は、命拾いしたんだ」


 ……やめてくれ。


「……日野さんに感謝しろよ。お前達は、命拾いしたんだ」


 ……マジでやめて。



 †


 

「………………うぁ」


 目覚めと同時に思わず呻く。


 大波のように押し寄せる羞恥心に耐えられず九朗は頭から布団を被った。


『……日野さんに感謝しろよ。お前達は、命拾いしたんだ』


 耳に残った悪夢の残滓が嘲笑う様に木霊する。


 心に小指があったなら、そいつを思いきりタンスの角にぶつけたような痛みがあった。


「う、うぅ……くぅぅぅ……」


 布団の中で悶絶して痛みに耐える。


「……バカ。バカバカバカバカ。俺のバカ! なんであんな事を言ったんだ! あれじゃ完全に……」


 痛いイキリオタクじゃないか!


 止せばいいのに客観視してしまい、再び九朗は悶絶する。


 体力測定の日から数日が経っていた。


 冷静になる程恥ずかしさが込み上げる。


 だってあんまりにもあんまりだ。


 インターネットに放流されたら確実に新しいイキリオタクミームにされてしまう。


 九朗は陰キャだ。


 そしてオタクだ。


 当然その手のイキリオタク構文にも精通している。


 まとめサイトやツイッターでその手のコピペを見る度にニヤニヤしている側の人間だ。


 同時に、絶対に自分はそうはなるまいと自戒もしていた。


 それなのに!


 あぁ! それなのに!


 まさか自分が、クソ陰キャのこの自分が!


 よもやよもや、クラスメイトの前で思いっきりイキってしまうとは!


 恥ずかしい!


 恥ずかしすぎる!


 いっそ殺してくれぇえええ!


 恥ずかしすぎて数日経っても夢に見る程である。


 むしろ、日が立つ程に傷は膿み、ジクジクとした痛みを増すばかりだ。


 勿論、あの時怒った事を後悔なんかしていないが。


 それにしたって他に言い方があっただろうと思う。


 どんな? と聞かれたらそれはわからないが。


 なんにしろ、アレでは「……お前、殺すよ?」と同レベルだ。


 うわぁあああ!


 もう、恥ずかしすぎて学校になんか行きたくない!


「く~ちゃ~ん! ご飯出来てるわよ~」

「……今行くよ!」


 勿論、そんな理由で学校を休めるわけもないのだが。



 †



『……日野さんに感謝しろよ。お前達は、命拾いしたんだ』


「ぎゃあああああ! 日野さん! それやめてって言ってるだろ!?」


 全力で耳を塞ぎつつ悶絶する。


 例によって一緒に登校した後、明星は九朗の机に椅子を寄せてぺちゃくちゃとお喋りをしていた。


 そしたら急に先日の動画を再生したのである。


 真宵が証拠がどうとか言い出したから、途中から録画していたらしい。


「あははは。だってオタク君元気ないんだも~ん」


 九朗の反応を面白がるように悪戯っぽく明星が笑う。


「それのせいだよ!」

「まだ気にしてんの? 全然恥ずかしい事じゃないと思うんだけど。てかむしろかっこよくない?」


『……日野さんに感謝しろよ。お前達は、命拾いしたんだ』


 ウットリした様子で動画を眺め。


「ほらかっこいい。青春ドラマのワンシーンみたいじゃん?」

「やめてくれぇえええええええ!?」


 絶叫で音声を掻き消しつつ頭を抱えてイヤイヤをする九朗。


 クラスの地味ーズに笑われている事に気付き、九朗は真っ赤になって背を丸めた。


「うぅ……。酷いよ日野さん。なんでそんな事するんだ? みんなにも笑われてるし……」


 もしかして、やっぱり明星は自分の事を嫌いなのでは?


 なんて思っていると明星が急に拗ねたように口を尖らせる。


「だってあ~し的には感動物の名シーンだったのにオタク君黒歴史とか言うんだもん」

「だって……そうだろ? 俺みたいな陰キャオタクがドヤ顔で命拾いしたなとか痛すぎだし……」

「てかさぁ。オタク君って結構自意識過剰だよね」

「なっ!? そ、そんな事ないだろ! むしろ俺は人一倍自分に自信ないタイプだ!」

「無駄に自信ないのも自意識過剰の一種っしょ。口を開けば俺なんか、俺みたいな陰キャオタクは~って。オタク君の事は好きだけど、そう言う所は好きくないかな」


 グサッと来た。


「……ご、ごめん……」

「あぁもう! ショック受けスギィッ! 好きな所の方が圧倒的に多いんだからそんな落ち込まないでよ! あ~しが言いたいのは、オタク君は良い所いっぱいあるんだから一々ネガらないでもっと胸張ってって事!」

「そう言われても……」


 褒めてくれるのはありがたいが、九朗としては信じがたい。


 お世辞か、明星の感性が特殊なのだと思ってしまう。


「なに? 学校中のみんなが羨むような立派な彼氏になってくれるって話、嘘だったわけ?」

「嘘じゃない! ……ように頑張りたいという気持ちはある……」


 九朗的にはそれもイキリ発言の一つである。


 本気でそう思っている事に嘘はないが、実際に自分なんかが明星と並び立てる程の立派な人間になれるかと言われるとかなり怪しい。


「……オタク君さぁ? そこは嘘でも断言する所じゃない?」

「うっ……。そうかもしれないが……。……嘘は、嫌いだ……」


 呆れたように明星が溜息を吐く。


 失望されたと思いきや。


「まぁ、そういう所も含めて良い所かもね。不器用系みたいな?」


 諦めるような笑みのくせに、それは不思議と前向きだった。


 愛しむような、それでいて尊敬するような目。


 そんなのは絶対に勘違いなのだが、それを言ったら絶対に怒られるという確信もある。


 それで九朗は渋々認めた。


 明星にとってあのシーンはそう悪いものでもなかったのだろう。


 だとしてもだが。


「……せめて、人前で再生するのはやめてくれ。恥ずかしいし……。日野さんも笑われる……」

「え~! かっこいいのに~! むしろ学校中の人に見せたいくらいなんだけど! ――ってわかったから! そんな悲しそうな目しないでよ! これはあ~しだけのお楽しみにしとけばいいんでしょ!」

「……そうしてくれると助かる」


 理解を得られたようでホッとする。


「でもさオタク君。笑われるのもそんなに悪い事じゃないと思うよ?」

「……俺はいい。でも、俺のせいで日野さんが笑い者になるのは嫌だ」

「そりゃあ~しだってバカにされて笑われるのは嫌だけど。あの子達が笑ってるのはそういうんじゃないじゃん?」

「……どういう事だ?」


 意味が分からず聞き返す。


「やっぱわかってなかったか……。この前の体力測定でオタク君の株は爆上がり。大人しい系の子達はかなり味方寄りになってる感じじゃん? 前は腫れ物扱いだったけど、今はなんか親しみのオーラ感じるし」

「……そんな、まさか」

「いやマジで。考えてみてよ。ポジション的にはオタク君もそっちよりじゃん? そんな子が一人で渋谷君とか運動部連合に勝っちゃんたんだよ? しかも罰ゲームもチャラにしちゃって超イイ奴じゃん」

「……そんなんじゃない。俺はただ、人が嫌がるような事をしたくないだけだ……」

「そこが大事なわけ! ああいう子達は大人しいから色々嫌な目にあってるじゃん? オタク君みたいに優しい人がクラスのトップに立ってくれた方が居心地良いって思うっしょ」

「俺がクラスのトップ? そんなの無理だし、なんでそんな話になるんだ……」

「そこから!?」


 今度は本気で呆れつつ。


「渋谷君達とガチるって事はそういう事っしょ? あ~しはそういうのバカらしいと思うけど、向こうはその気だし。そしたらとことんやるっきゃないじゃん」


 そう言って明星は拓海達の方を向いた。


 視線を追いかけると二人が「ぐぬぬぬっ……」といったような顔でこちらを睨んでいる。


 九朗と目が合った瞬間、「ヤベッ!」という感じで目を逸らしたが。


「……まぁ、そうなるか」


 クラスのトップカーストに喧嘩を売ったのだ。


 これはもう、クラス内戦争状態と言っていい。


 どちらかが白旗をあげるまで終わる事はないだろう。


 突き詰めるとこれは、クラスのトップの座を争う下克上という事になる。


 そう考えると、ローカーストの連中が期待するのも頷ける。


「でしょ?」

「……でも、だったら余計にこの前の体力測定は不味かったんじゃないか? 完全に運動部の連中を敵に回したと思うんだが……」


 チラリと視線を巡らせる。


 明星に彼氏宣言をされた時から厳しい目を向けられていたのだが、今は明確に敵意を向けられているように感じる。


「そうだけどさ。相手にもされないよりはよくない? 敵認定されたって事は実力を認められたわけだし」

「……物は言いようだな」

「なにそれ。皮肉?」


 ジト目を向ける明星に肩をすくめる。


「いいや。誉め言葉だ。俺も日野さんくらいポジティブになれたらなと思うよ」

「あはは。じゃああ~しの爪の垢でも煎じてみる?」

「……そうだな。試してみるか」

「ちょ、冗談じゃん!?」


 慌てる明星にニヤリとし。


「俺もそうだ」

「もぉ! オタク君さぁ!」


 ちょっとした仕返しである。


 それに気づいて明星は笑いだし。


 それを見て九朗も笑った。

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