第23話 もうダメだ……。おしまいだぁ……(バカ! ベジータになってる場合!?
休み時間。
拓海と真宵は陰のオーラが吹き溜まる、廊下の奥の自販機コーナーの先にある日の当たらない虚無空間に集っていた。
「……で。どうするつもりよ拓海。このままじゃあたし達、なにもかも失うわよ」
体力測定での失態により、二人の権威は揺らぎまくっていた。
九朗の前では強がって見せているが、運動部の連中は自信を失くし、ほとんどが戦意を失っている。
拓海達がトップカーストに立つ事にも疑問を感じているようで、以前のように手放しで従う事はないだろう。
本来なら今すぐにでも掌を返されておかしくない状況だが、拓海達が都落ちすると空いたポジションに九朗達が入ってしまうので、仕方なく拓海派を続けているという雰囲気である。
真宵の担当する女子のハイカースト組は小狡いので、当初は二人に同調して九朗達にヘイトを向けていたのだが、形勢が悪いと見て様子見を決め込んでいる。
こちらもムカつくくらい可愛くてイイ子ちゃんの明星に対する嫉妬があるので今すぐ寝返る事はないだろうが、これ以上不利が続くならどうなるか分からない。
ムカつくのはローカーストの冴えない地味ーズだ。今まで散々見て見ぬふりをしていた癖に、陰キャオタクの九朗が大活躍したと見るや僕達味方です! みたいな顔をして薄ぼんやりと勢力を強めている。
以前なら適当な奴を見せしめにして立場を分からせる事が出来たのだが、今は九朗を恐れて誰も手が出せない状態である。
九朗が地味ーズを庇うとは思えないが、イイ子ちゃんの明星は黙っていないだろう。明星のバックには九朗がついているので……という感じだ。
全く、厄介な事になったものである。
元々明星はハイカースト組にとってお邪魔な存在だった。
ちょっと見せしめに地味ーズをからかっただけで小うるさい事を言ってくる。
バカな男子は見た目に騙されているが、ハイカースト女子の間ではかなり評判が悪かった。
なによあの女! ちょっと可愛いからって調子に乗っちゃってさ!
ヒーロー気取りって奴? ドラマの見過ぎなのよ!
現実はテレビみたいに綺麗事ではいかない。
人間は群れる生き物で、優劣を付けたがる生き物なのだ。
他人を蹴落としてでも勝ち組の椅子に座らなければ、今度は自分が惨めな思いをする羽目になる。
だからみんな、必死になって自分の地位を守っているのに、明星は平気でそれをぶち壊そうとする。
それでも、一人で出来る事なんか限界がある。
明星だって女子グループからハブにされるのは嫌だから、そこまで無茶な事は出来なかった。
バカな男子だって明星の為に女子を敵に回すのは怖いから、適度な距離を取っていた。
明星に出来る事と言えば、空気を読んで周りを敵に回さない程度のギリギリの抵抗する事ぐらいである。
オタクと付き合うという罰ゲームを受けたのもその為だと思っていた。
一組の見せしめ役にされていたオタクを憐み、手を差し伸べたのだろう。
真宵としても、罰ゲームでオタクと付き合えば明星の株が落ちるから好都合だと思っていた。
そうやって、自分の権威を削りながらイイ子ちゃんぶる事で明星は上手くバランスを取っていたのだ。
でも、それだって限度がある。
真宵の大嫌いな童話に幸福の王子という話がある。
心を持った豪華な王子様の像の話だ。
優しい王子様の像は貧しい人々を憐れんで、友人のツバメに頼んで身体に付いた装飾品の宝石を分け与える。最後には身体に付いた金箔までも剥がして与え、王子の像は見すぼらしい姿になる。
献身的な王子の像の姿に同情し、ツバメは南に渡り損ねて王子の像のもとで死んでしまう。
最後には、二人仲良くゴミ溜め行きだ。
一応その後、二人は神様に認められ天国の楽園で幸せになりましたと続くのだが、これっぽっちもめでたしめでたしとは思えなかった。
そして悟ったのだ。
これが現実だ。
皮肉な程に現実だ。
他人の為に頑張ったって報われない。
むしろ損をして破滅するだけだ。
明星もいずれそうなると思っていた。
それなのに……。
あの女、とんでもない狂犬を連れて戻ってきた。
明星が二人の地位を奪う為に九朗に目を付けたというのはその場で思いついたでまかせだったが、今となっては真実を言い当てたのではと思ってしまう。
あの女はオタクを利用し、本気で革命を行う気なのだ。
実際、土壇場でオタクが日和った事を言いださなければそうなっていたかもしれない。
二人の権威は地の底に落ち、これまでの報いを受ける羽目になっただろう。
都落ちしたハイカーストの末路は悲惨だ。
中学時代、真宵も一度目にした事があるのだが、あれなら死んだ方がマシだと思った。
結局その子は不登校になって転校した。
このままでは、自分も同じ目に合う。
それだけは絶対に阻止しなければならない!
と、そんな気持ちで拓海を連れ出したのだ。
それで相棒の拓海はと言うと……。
「う、ぐす、ぐす……。もうダメだ……。おしまいだぁ……。あんな奴、勝てるわけがない……」
体力測定での大敗をまだ引きずっているのか、既に半泣きである。
全く、頼もしすぎてこっちまで泣けてくる。
「バカ! ベジータになってる場合!?」
拓海の尻を叩いて喝を入れる。
「だ、だって俺……。みんなが見てる前でオタクに泣かされたんだぞ? 本当は見掛け倒しのビビりなキョロ充だってバレちまったよ! 絶対みんなバカにしてる!」
「だからなに? そんなの知りませ~んみたいな顔しとけば平気よ! オタクには負けたけど、総合で言ったら二位だったじゃない! あんただって今は一応帰宅部でブランクだってあるわけだし。現役の連中に笑う資格なんかないわよ!」
「そ、そうだけど……」
「しっかりして! 二人で天下取るんでしょ! まだ完全に負けたわけじゃない。確かに不利にはなったけど、十分挽回出来る範囲よ! みんな、矢面に立ちたくなくて様子見に回ってるんだから。男子はオタクに負けて面目丸つぶれ、女子は元々明星の事ウザいと思ってるし。地味ーズなんか強い奴の顔色伺うだけの意気地なしばっかりよ。あたし達に勝機があると思ったらみんなコロッと掌返すわ! 違う!?」
「……違わない。真宵の言う通りだ……」
「でしょ!? だったらしゃんとして! オタクみたいにヘタレてたらそれこそ向こうの思うつぼなんだから! あんたはいつも通り、俺様に逆らうとどうなるかわかってんのか、あぁん? 的なDQNオーラ出しとけばいいのよ!」
「……だな。サンキュー真宵。お陰で目が覚めたぜ」
「本当よ! あんたはあたしの相棒なんだからしっかりしてよね!」
「……ごめん。情けない相棒で……。真宵には助けて貰ってばっかりだ……」
真宵と拓海は幼馴染だ。
幼稚園から中学校と、一緒に冴えない青春を送ってきた。
その程度には絆がある。
信頼関係で言ったら、オタク達の比ではない。
「……そんな事ないでしょ。あたしがオタクに襲われそうになった時、庇ってくれたじゃない」
改めて言うのは恥ずかしいが。
拓海だってやる時はやる男なのだ。
小学生の頃だって、一緒に帰っている途中にリードの外れた大型犬に襲われそうになった時に必死になって庇ってくれた。
ビビってボロ泣きしていたが、それでも最後まで逃げずに真宵を守り通したのだ。
なにがオタクだ!
あんな奴に拓海は負けない。
そう思うと、なんだか真宵は急に恥ずかしくなってしまった。
拓海も同じようで、「そりゃまぁ、幼馴染の相棒だし……」と照れ臭そうに頭を掻いている。
別に二人は全然そんな関係じゃない。
拓海はアイドル好きの隠れオタクで巨乳好きだ。
真宵は貧乳だし、髪型とメイクで誤魔化しているがアイドルみたいに可愛いタイプではない。
真宵だってBL好きの面食いで、拓海なんか全然タイプじゃない。
それこそただの幼馴染の腐れ縁だ。
あくまでもビジネスライクの関係で、二人で協力してトップカーストに君臨し、イケてる彼氏彼女をゲットして虹色の青春を送るのが目的である。
なんか流れでイイ感じの雰囲気になってしまったから気まずいだけだ。
真宵はゴホンと咳払いして変な空気を仕切り直す。
「で、これからどうする? そろそろ手を打たないと不味いわよ」
このまま手をこまねいていたら、それこそハイカースト組に負けを認めたのだと見捨てられる。
「それはわかってるけど……。あいつ、オタクの癖にめちゃくちゃ運動できるし……。見た目もアレだろ? 力でビビらせるみたいなのは無理そうだぜ……」
誰だって暴力は怖い。
だからこそ、力でビビらせられるのならそれが一番簡単だ。
逆に、それが通用しない相手となるとかなり面倒になる。
「……そうだけど、なんとかしないと。オタクの弱点になるような事、他にないかしら。みんなの前であいつを笑い者に出来れば、他の子達も絶対乗って来ると思うんだけど……」
「オタクの弱点かぁ……」
「オタクの弱点よ……」
二人で頭を抱えて呟く。
と、二人は同時にハッとした。
「弱点は――」
「――オタクな事よ!」
二人とも、それで散々バカにされてきたのである。
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