第24話 ラノベって面白いじゃん!(マジか……

「――そういえばさ。最近オタク君携帯見てなくない?」


 気が付けば二人で昼休みを過ごす事が当たり前になっていた今日この頃。


 いつものように明星の他愛もない日常エピソードに相槌を打っていると、九朗は不意にそんな事を言われた。


「……それはまぁ。日野さんと一緒にいるし……。人の話を聞きながら携帯を弄るのは失礼だから……」

「そうだけどさ。前はちょっとした休み時間とかでも携帯で漫画の小説読んだりしてたじゃん?」

「漫画の小説? あぁ。ラノベの事か」

「わかなんないけど多分それ。前はいっつも見てたのにあ~しと付き合ってから急に見なくなったから。もしかして、あ~しに遠慮してたりするのかな~と」


 だったら悪いなと言う様に、申し訳なさそうに明星は言う。


「…………えーと」

「オタク君さぁ……。あ~しに遠慮して嘘言おうか考えてるっしょ!」


 口元に手を当てて考え込む九朗に明星がジト目を向ける。


「……何故分かった」


 ハッとして言うと、九朗は失言に口を押さえた。


「雰囲気とか? よく見るとオタク君結構顔に出るタイプっぽいし。てかオタク君ってそういうキャラじゃん?」

「どんなキャラだ……」

「気ぃ使い?」

「まぁ、波動拳とかには憧れるが……」

「???」

「……忘れてくれ。オタクジョークだ」


 スベるどころか伝わらず、九朗の頬が赤くなる。


「よくわかんないけど。やっぱあ~しに遠慮してる感じ?」

「……まぁ。全くしていないと言ったら嘘になる」

「そんなん気にしなくていいのに」

「……気にするだろ。一応俺は日野さんのか……れしごにょごにょという事になってるわけだし。俺のせいで日野さんまでオタク扱いされたら嫌だから……」


 九朗だって学校での自分の立ち位置は理解している。


 みんなにキモイ怖いと忌み嫌われる腫物の陰キャオタクだ。


 罰ゲームでもそんな奴と付き合ったら明星の株は下がるに決まっている。


 今更なのはわかっているが、学校ではオタ活を控えるようにしていた。


「イヤイヤ、気にしなくていいってば! 巻き込んだのあ~しなんだし。オタク君に気ぃ使わせたら逆にあ~しが申し訳ないじゃん!」

「……そんなこと――」

「あるの! こう見えてあ~しも結構気ぃ使いタイプだし。本当オタク君は変な遠慮とかしなくていいから。いつも通りに過ごしてよ」


 そう言われてもという感じだが、こうなると明星も引かないだろう。


「……わかった」


 取り合えずそう答えておく。


「うむ。わかればいいのだ」


 ニコリと笑うと明星は急に黙り込み、期待するような視線を九朗に向ける。


「………………いや。別に今は読む気はないんだが……」

「なんでぇ!?」

「なんでと言われても……」


 確かに九朗はラノベ好きだが、休み時間に読んでいたのは他にする事がなかったからだ。


 目の前の明星を無視してまで読みたいわけではないし、それ以前に明星に見られていたら気になってラノベなんか読めないだろう。


「遠慮しなくていいって言ってるじゃん!」

「わ、わかったよ。読めばいいんだろ、読めば……」


 明星がむくれるので、仕方なく九朗は携帯を取り出した。


 適当に積んでいたラノベの電子書籍を開く。


「そうそう。読めばいいのだ」


 満足そうに頷くと、明星は机の上で組んだ手に小さな顎を乗せ、興味津々九朗を眺める。


(……いや、読めるか!?)


 気が散って内容なんか一ミリも入ってこない。


 それでチラリと視線をあげるとニコニコ笑顔の明星と目が合う。


「気にしない気にしない♪ あ~しの事は空気だと思っていいから」


(……そんな空気があってたまるか)


 勿体なくて吸えやしない。


 ともかく、明星は意地でも九朗にラノベを読ませたいらしい。


 薄々感じていたのだが、変な所で妙に頑固な明星である。


 やれやれと溜息を吐き、文章に集中する。


 意外になんとかなるもので、程なくして九朗はラノベの世界に没入した。


 暫くすると、右側からほのかな温もりと共に花のような甘い匂いが香ってきた。


 隣を見るとすぐそばに明星の顏がある。


「うわぁ!?」

「びっくりした!? 急になに!?」

「こっちの台詞だ!」


 慌てて距離を取る九朗に、悪びれもせず明星は言う。


「だってオタク君チョー楽しそうだったから。そんなに面白いのかなぁ~って」

「だからって隣に来ることないだろ!?」


 心臓がバクバクと鼓動する。


「ごめんてば! そんな怒る事ないじゃん……」


 しゅんとして明星が向かいに戻る。


「……怒ってない。ビックリしただけだ……」


 明星のような美少女の顏が真横にあったら誰だって驚く。


 明星にはもうちょっと美少女としての自覚を持って欲しい。


「ならいんだけど……」


 ホッとしたように明星が言う。


 なんとなく気まずくなって九朗は尋ねた。


「……そんなに顔に出ていたか?」

「そりゃあもう。こ~んな感じでニヤニヤしてたし?」


 両の頬に人差し指を押し当てて、三日月形の口で笑う。


 指摘され、九朗は耳まで赤くなった。


 九朗的にはパーフェクトなポーカーフェイスのつもりだった。


 もしかして、今までも知らない内にニヤニヤしてたのか!?


 うわぁああああああ! 恥ずかしすぎる!


 そんな気持ちだ。


「……二度と人前でラノベは読まない」


 ぼそりと呟き携帯をしまう。


「なんでし!?」

「恥ずかしいだろ! そんなニヤニヤしてたなんて……。絶対気持ち悪い……」

「良い事じゃん! オタク君がそこまでニヤニヤする本とか超気になるし! どんな話なの?」

「……どんなって言われても。普通のファンタジーだ。大昔のだけど……」


 電子書籍のセールで格安になっていたからまとめ買いしたのである。


「あ~しそういうの読んだ事ないから。普通のファンタジーとか言われても全然わかんないんだけど」

「……剣と魔法の世界で、金にガメつい自称天才魔導士の女の子が行く先々で騒動を起こすドタバタコメディー……と言った所か」

「え~! 女の子が主人公なの! なんか面白そうじゃん! ねぇねぇ、ちょっとあ~しにも見せてよ!」


 今度は椅子ごと隣にやってくる。


「いや、それは、ちょっと……」

「え~! なんでし!」

「だってラノベだし……。日野さんが読むような本じゃない思うんだが……」

「……なにそれ。ど~いう意味ぃ?」


 ムッとして明星が目を細める。


「いや、悪い意味じゃなくてだな……。日野さんは俺みたいなオタクじゃないし、こんなの読んでも面白くないと言うか……」


 言えば言うほど明星の頬が焼いた餅みたいに膨らんでいく。


「そんなんわかんないじゃん! なんで決めつけるの? あ~しがギャルっぽい見た目だから?」

「ち、近いって!」


 ずいっと迫られたら困るしかない。


 そんな九朗に明星はお構いなしで。


「そりゃ確かにあ~し、アニメとか漫画とか全然見ないけど、別にそ~いうの嫌いなわけじゃないし! たまたま見る機会がなかっただけでドラマとか映画は結構見るし、小説だってそこそこ読むもん! ギャルっぽいから本の面白さわかんないみたいな扱いは違うじゃん! ギャル差別反対!」

「わ、わかった! 俺が悪かった! 見せるから、そんなに怒らないでくれよ……」


 九朗だって明星を小説の読めないバカ扱いしたわけではない。


 とは言え、陽キャのギャルにラノベの面白さは伝わらないと思っていた事は事実である。


 それを差別だと言われたらそれまでだが。


 好きなラノベを明星に読ませて「……? これの何が面白いの?」みたいな反応をされたら悲しいし恥ずかしい。だから見せたくなかったのである。


 ともあれ、こうなったら見せるしかない。


 仕方なく、九朗は先ほど読んでいたラノベの一巻を最初から開く。


(……っ!?)


 しまったと思った。


 ラノベの冒頭は表紙と挿絵だ。


 いきなり可愛い女の子のイラストなんか見せたら明星は引くかもしれない。


 と思ったのだが。


「え~! なにこれ! 超可愛いじゃん! この子が主人公?」


 意外にも好感触のようである。


「……あ、あぁ」


 ドキドキしながらページを進める。


「あれ? なんか表紙と雰囲気違うくない?」

「……新装版だからな。古い作品で、こっちは今風に表紙を描き直してる」

「そうなんだ。どれくらい前の奴なの?」

「俺達の親世代の作品だと思う」


 実際、親の本棚に短編集が入っていた。


 それで面白くて本編を買ったのだ。


「へ~! そんな古いんだ! ――うぇっ!?」


 クライマックスのワンシーンを切り取ったグロい挿絵に悲鳴をあげる。


「これ、結構グロい系?」

「そんな事はないと思うが……。日野さんの耐性次第だな……」


 九朗的には挿絵だけで内容は超甘口だと思うが、相手は陽キャのギャルである。


 オタクの尺度で測ったら事故りそうだ。


「あ~しはグロ系結構強いと思うけど。B級映画とかよく見るし」

「……B級映画?」


 今度は九朗が困惑する番だ。


 なんとなく聞いた事はあるが実際に見た事はないように思う。


「サメ系とかゾンビ系とか? 死人でまくり鮮血ブッシャー! みたいな」

「……なら余裕だと思う」


 意外な趣味である。


 それで九朗は明星の事を上っ面以外なにも知らない事に気づいた。


 もっと知りたいと思っている自分がいる事にも。


「……そういうの、好きなのか?」

「ん~。特別好きってわけじゃないけど。結構あ~し雑食だし。面白かったらなんでもオッケーみたいな?」

「……なるほど」


 わかるようなわからないような。


 わかった事で余計にわからなくなったというのが正解か。


 それから暫く二人でラノベを読んだ。


 思ったよりもウケたようで、明星は「え~! なにこれ! 超面白いじゃん!」と素直な笑みを浮かべている。


 この手のラノベに触れた事がなかったので逆に新鮮らしい。


 知らないワードが出てくると九朗に解説を求めてくる。


 説明すると、「へ~! 超面白い!」とニコニコだ。


 なんだか九朗は無性に嬉しくなってきた。


 思えばこんな風に友達と趣味を共有するのは初めてだ。


 というか、そもそもまともに友達が出来た事自体初めての事なのだが。


(……日野さんは友達なのか?)


 そんな疑問もある。


 改めて考えるまでもなく奇妙な関係だった。


 罰ゲームの上にボッチの九朗を助けるのが目的なので正確には彼氏ではない。


 全く全然そんな関係ではない。


 むしろ、恋人とは最も遠い関係だと思う。


 その辺の経緯を考えると友達というのも違う気がする。


 ではなんだ?


 日野さんと俺は一体どういう関係なのだろうか……。


(……なんだっていいさ)


 いつの間にか九朗の携帯を奪って夢中になってページを送る明星を見ていると、そんな事はどうでもよくなっていた。

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