第25話 プークスクス。オタクに関わるとオタク菌が伝染るわよ!(あんた小学生!?

「プークスクス。プークスクス!」


 笑い声に振り返ると、真宵が口元に手を当てて駄女神みたいに笑っていた。


「みぃ~ちゃったみぃ~ちゃった! 明星ってば、オタク菌に感染してオタク化してるじゃない!」


 さぁみんな! 今こそ反撃の時よ!


 あたしと一緒にあの二人を笑いなさい!


 そんな態度の真宵にクラスメイトも「お、始まるか?」と成り行きを見守っている。


(またこいつらか……)


 九朗は拓海の背に隠れながら嫌がらせをする真宵を鬱陶しそうに一瞥する。


 明星の様子を伺うと、彼女はラノベに夢中で気付いていないらしい。


 ちょっと迷って九朗は黙っていることにした。


 今明星は初めて触れるラノベの世界に周りが見えなくなる程没頭しているのだ。


 邪魔をするのは無粋だろう。


 九朗は真宵に視線を戻すと、シィーッ、と人差し指を立てた。


 それでクラスメイトも「あれじゃダメそうだな」と解散ムードになる。


「にゃ!?」


 たじろいだのは真宵だった。


 オタクの癖にあたしに指図!? 明星は完璧無視してるし!


 これって完全に舐められてるじゃない!?


 ガビ~ンとショックを受けると、込み上げる怒りに「ウギギギギッ!」と歯軋りをする。


 こうなったら絶対に邪魔してやる!


 真宵は拓海の背から飛び出すと鼻息を荒げてこちらにやってくる。


 ドン! と九朗の机に台パンし。


「ちょぉぉっとおおおお! 無視してんじゃないわよ!」

「うわぁ!? ――ったたたたぁ!?」


 驚いた明星が手を滑らせ、空中でスマホをお手玉する。


「セーフ……。もう! 影山さん! 脅かすなし! オタク君のスマホ落とすとこだったじゃん!」

「明星が無視するからでしょ!?」


 バンバンバンと真宵はゴリラみたいに机を叩いた。


「へ? 影山さんなんか言ってた?」


 視線で尋ねられ九朗は頬を掻く。


「……えっと、まぁ」


 わざわざ悪口を告げ口するのもなぁ……と思っていると。


「プークスクス。プークスクス! みぃ~ちゃったみぃ~ちゃった! 明星ってば、オタク菌に感染してオタク化してるじゃない! って言ったのよぉ!?」


 わざわざ身振り付きで完全再現する。


「………………」


 明星はしばしポカンとすると。


「はぁ!? オタク菌ってなんだし! あんた小学生!?」


 カチンとスイッチが入って立ち上がる。


 やっと反応して貰え、真宵は嬉しそうにドヤ顔を晒した。


「だってそうでしょ? ニヤニヤしながら携帯でラノベ読んじゃって、まるでオタクじゃない! あぁ気持ち悪い! オタクに関わるとオタクが伝染るのよ! エンガチョー!」


 焦ったのは九朗だった。


 みんなの見ている前で明星にラノベを読ませたらこうなる事は分かっていたはずなのに。


 バカバカバカ、俺のバカ!


 これでは明星までバカにされてしまう!


 と思いきや。


「なにそれ。クッソキモいんだけど。あ~しが読書中にどんな顔してようが影山さんに関係なくない? そういうの一々探してバカにしてくる方がキモいんだけど。どんだけ暇人なわけ?」

「……ぁう」


 真宵も根は陰キャの隠れオタクである。


 陽キャギャルの火の玉ストレート反論を受けたらタジタジだ。


「た、拓海ぃ!?」


 涙目になって応援を要請するが。


「日野さんが相手じゃ分が悪いって……。ここは上手くオタク狙いにシフトしてだな……」


 拓海も男だ。


 美少女ギャルの明星を攻撃するのは心苦しい。


 ちょっと大人しくなって欲しいとは思うが、本気で明星と敵対したいわけではない。


 狙いはあくまで九朗なのだが、真宵としては面白くない。


 同じ女だし、真宵的には明星の方が余程邪魔な存在である。


「なによそれ! あんたどっちの味方なの!?」


 そう思うのも当然だ。


「それは勿論真宵だけど……」


 明星の顔色を伺いつつ、ごにょごにょと拓海が言い訳をする。


(……なんだか向こうも大変そうだな――ぁっ)


 蚊帳の外でそんな事を思っていると不意に拓海と目が合った。


「てめぇ、なに俺は関係ありませんみたいな顔してんだ! 元はと言えば全部お前のせいだろうが!」


 これ幸いと拓海が矛先を向けて来る。


「そうよそうよ! とにかく全部あんたが悪いのよ!」


 明星が相手では不利と見て真宵も便乗する。


 九朗は面倒そうに溜息を吐き。


「……わかった。それでいいから帰ってくれ……」


 九朗的にはオタクキモい論を出された時点で負けである。


 どう取り繕ってもラノベはオタクの読む物で無条件にキモいアイテムなのだ。


 明星に飛び火する前にヘイトを吸収して終わらせたい。


 それで大人しく認めたのだが、相手には挑発に見えたらしい。


「なんだよその余裕ぶった態度は! バカにしてんのか!?」

「ちょっと運動出来るからって調子に乗ってるでしょ!」

「えぇ……」


 そんなつもりは欠片もないので九朗としては困ってしまう。


 クラスメイトもなぜか九朗達の方が優勢みたいな雰囲気だ。


 そうなると拓海達も矛を収めるのは難しいだろう。


 なんとか穏便にこの場を済ませる方法はないだろうか……。


 なんて思っていると。


「オタク君さぁ! なに日和った事言ってんの!? バカにされてんだよ!?」

「そうだけど……。俺がキモいオタクなのは事実だし――いだだだだ!?」


 両頬を思いっきり引っ張られる。


「キモくない! 鏡見ろし!」

「いやでも、オタクだし……」

「だからなに? 関係ないじゃん! ただの趣味でしょ? じゃあなに? オタクがキモいって事はこのラノベもキモいって事? そんなん作者に失礼だよ! 世の中のオタク趣味の人にも失礼! オタク君がここでそんな事言っちゃったら他のオタク趣味の子達までキモい認定されちゃうじゃん! この本楽しんで読んでるあ~しもキモいって事になるよ! それでもいいの!?」


 ガチ説教に九朗はハッとした。


「……よくない」


 九朗はぼそりと呟いて。


「……キモいのはあくまでも俺個人で、日野さんもこのラノベも他のオタク趣味の人間も、キモい事なんて一つもない!」


 九朗の瞳に闘志の炎が燃え上がる。


 明星の肩がズルっとコケた。


 

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