第26話 自腹で全部用意しろ!(俺は一向に構わんッ!!!!

「オタク君さぁ!?」

「すまない日野さん……。でも、俺はずっとそういう扱いを受けてきた。いきなり考えを変えるのは無理だ……。でも、間違いは認める。ここで日和ったらダメだ。俺だけじゃない、もっと多くのモノを貶める事になる」


 自分をバカにされるのはいい。


 今更だし、バカにされるような人間だとも思っている。


 だが、それ以外はダメだ。


 このラノベに落ち度は一つもない。


 九朗の寂れた人生を彩ってくれる素晴らしい作品だ。


 明星だってバカにはさせない。


 彼女程素晴らしい人間を九朗は知らない。


 明星をバカにするような人間が居たら、むしろそいつらの方がバカだろう。


 どっちつかずだった九朗の意思が今決まった。


 強い決意を持って拓海達をギロリと睨む。


「俺の文句は俺に言え」

「ヒィッ!?」


 真宵は恐れ戦いて拓海の背に避難した。


 拓海もたじろぐが今回は踏み止まった。


 九朗の視線を正面から受け止めて必死に怖い顔を作っている。


「お、お前なんか怖くねぇぞ! やんのか、あぁ!?」

「俺だってお前なんか怖くない。表に出ろ。決着をつけてやる」


 言ってわからぬバカは拳で分からせるしかないだろう。 


 ボキボキと拳を鳴らして九朗が言うと。


「じょ、ジョートーダバカヤロー!」

「だ、駄目よ拓海!? こんなゴリラとやり合ったら殺されちゃうわよ!?」


 腰砕けの拓海を真宵が宥める。


「……それでも漢には戦わないといけない時があるんだよ!」

「拓海……」


(……なんで俺が悪役みたいになってるんだ?)


 釈然としない九朗を慌てて明星が止める。


「ちょ、オタク君も落ち着いてよ! 暴力はダメだってば!」

「わかってる……。けど、他にどうすればいいのか俺にはわからないんだ……」


 どうせ自分の言葉なんか誰も取り合わない。


 そんな諦めが九朗を暴力に走らせるのだ。


 あるいは九朗自身が暴力によって分からされてきたからかもしれない。


「じゃあさ、こういうのはどう? このラノベみんなに読んでもらうの! それでキモいかどうか判断して貰えばいいじゃん!」


 明星の提案にしめた! と真宵が乗って来る。


「いい考えね! そうしましょう!」

「俺は反対だ。どうせこいつら、どんな内容でもキモい認定するに決まってる」

「勝手に決めつけないでよ!」

「そうだぜ! オタクじゃないんだ! そんな卑怯な事するかよ!」

「どの口で言ってるし……」


 露骨にギクリとする二人に明星が呆れつつ。


「ズルしてもいいけど、審判はあんたら二人だけじゃないから。一組のみんなで決めるわけ。それでもしキモい派の方が少なかったらキモいのはむしろラノベキモい派の方になるんだからね」

「んにゃ!?」


 明星の言葉に真宵は「どどど、ど~しよう!?」という視線を拓海に送る。


「上等だ。まともな人間なら、こんなオタクの読み物キモく感じないわけねぇけどなぁ!」


 お前ら分かってるよな? な? なぁあああ?


 そう呼び掛けるように拓海が声を荒げる。


 ハイカーストの生徒の多くは拓海の意を汲むように頷いている。


 ローカーストの生徒はキョロキョロと周りの反応を伺っている。


(……マズいな)


 と九朗は思った。


 数で言えばハイカーストの方が少ないが、彼らの意思はまとまっているように見える。


 そうなると、日和見の地味ーズも勝ち馬に乗ろうとして拓海達の味方につくかもしれない。


「大丈夫だよ。あの本超面白かったもん」


 自信満々に明星は言った。


「ところで、そのオタク臭いクソラノベをみんなに読ませるって話だけど、どうするつもりかしら? まさか、オタクの携帯をみんなに貸し出すわけじゃないわよねぇ~?」

「……あっ」


 意地悪な真宵の物言いに、しまったという様子で明星が呟く。


「そっちが言い出したんだ。オタクが用意するのが筋だよなぁ? 全員分自腹で買えよ。でなきゃ不戦勝で俺らの勝ちな?」

「はぁ!? そんなんズルじゃん! 卑怯じゃん!」

「こっちはわざわざ見たくもないオタクのラノベを読んでやるって言ってんのよ? それくらい当然でしょ」

「そういう事だ。悪いな日野さん」

「俺は一向に構わんが」

「「は?」」


 切り札のつもりだったのだろう。


 九朗の言葉に二人がピシリと固まる。


「この作品は番外編の短編集が山ほど出ていて、親のだが家に全部揃っている。頼めば貸してくれるはずだ」

「よかったぁ~……」

「そんなのダメよ! 認めないわ!」

「同じラノベの同じ巻持って来いよ!」

「なぜだ? ラノベがキモいかどうかという話だろ。同じ巻である必要はないはずだ」

「それは、でも……」

「い、言い訳すんなよ!」

「そっちこそバカみたいな屁理屈言うのやめてくんない? 本読むの苦手な子だっているんだし、普通に考えて短編集があるんならそっちの方がいいに決まってるじゃん。色んなさ話読んだ方が公平にジャッジ出来るわけだし」

「それじゃ困るから言ってるんでしょうが……」

「ラノベの短編集なんか絶対面白いに決まってるだろ……」


 ごにょごにょと二人が呻く。


 二人もオタクだ。


 ラノベが面白い事なんか承知している。


 それでも勝負に乗ったのは、ハイカーストの陽キャ共にはラノベの面白さなんか分かるわけないという偏見があったからだ。


 特に長編なんか面白くなる前に投げてしまうに違いない。


 だが、読みやすい短編なら話は変わってくるかもしれない。


「なに? なんか言った? あんまり無茶言うなら、逆にそっちを不戦敗にするけど」

「わ、わかったわよ! それでいいわよ!?」

「どんな内容だってラノベはラノベだ! キモいオタクの読み物には変わりないんだよ!」




 †



 その日の夕食時。


 早速九朗は両親に蔵書を貸して欲しいとお願いした。


 二人の手からポロリと箸が落ちる。


「う、嘘だろ……」

「くーちゃんにラノベを貸すようなお友達が!? それも、そんなに沢山!? あぁ……」


 ふらりと倒れる母親を父親が抱きかかえる。


 九朗はギョッとして。


「母さん!? 大丈夫!?」

「へ、平気よ……。あんまり嬉しくって、ちょっと意識が遠のいただけだから……」

「そんなに!?」

「この前言ってたお友達の話も私達を心配させない為の嘘なんじゃないかって疑ってたくらいなんだから……」

「……いやまぁ、確かに自分でも信じられないとは思うけど……」


 実際友達に貸すというのは二人を心配させない為の嘘である。


「勿論オッケーだ! 幾らでも持っていけ! むしろ布教用に新しく買い揃えるか?」

「い、いいよ父さん。そこまでしなくても……」

「なに言ってるんだ九朗! 学校の友達が同じ趣味に目覚めてくれたら最高だろ!」

「そうよくーちゃん! お友達がラノベにハマってくれたらしめたもの! 別のも貸してって人気者間違いなしなんだから!」

「いやいや、そんなにうまくいかないって……」

「そんな事ないぞ! 実際父さんはそれのゲーム版で母さんをゲットしたんだからな!」

「もうあなたったら。人をポケモンみたいに言わないでよ」

「そう言えば母さんに最初に貸したゲームもポケモンだったな」

「懐かしいわね……。あの頃のお婆ちゃんはゲーム嫌いでお母さんもゲーム買って貰えなかったから。クラスの話題についていけなくて困ってたらパパが本体ごとポケモンを貸してくれたのよ」

「今だから白状すると、実はあれは母さんと仲良くなりたくてお年玉貯金で買ったんだ」

「まぁ! そうだったの!?」

「他にもあの時のソフトは――」

「……ご馳走様」


 両親が惚気だし、九朗はそそくさと退散した。


 色んな意味でお腹いっぱいである。

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