第27話 全クラスオタク化計画発動!(そんな無茶な……
「黄昏よりも昏きもの、血の流れより紅きもの――」
「キャー! ゼロス様かっこいいー!」
「おい! 早くその巻読めよ! 待ってんだぞ!」
「続き気になって自腹で買っちまったぜ……」
「わかる。昨日も遅くまで読んでて寝不足だ……。ふぁぁぁ~」
一週間が経っていた。
ある者は覚えたての詠唱を友人と唱え合い、ある女子はイケメンキャラの活躍に黄色い悲鳴を上げる。
ある男子は続き読みたさに催促し、向こうではガリ勉君が目にくまを作って大欠伸。中には陽キャも混じっているし、地味ーズなんか堂々と机にラノベを広げたり、教室の隅に集まってオタク談義に花を咲かせている。
信じられない光景に、九朗はぽつりと呟いた。
「……俺は夢でも見てるのか?」
ところがどっこい現実だ。
九朗の持ち込んだラノベはインフルエンザみたいな勢いで大流行し、一組の生徒を虜にしていた。
なんなら順番を待ちきれず、自分で続きを買って読む者までいる。
「だから言ったじゃん! あんなに面白いんだもん。ちゃんと読んだらハマらないわけないし!」
得意気に言う明星の目の下にもクマがある。
彼女もまたラノベにハマった一人である。
これまでオタク系作品に触れて来なかった反動もあるのだろう。
元々読書家という事もあり、物凄いスピードで九朗の手持ちを読み漁り、毎晩感想や考察ラインを送って来る。
「……そうだけど。いくら何でも流行りすぎじゃないか?」
これだけ続巻が出ているのだ。
面白い事は間違いない。
それでもクラス中で流行るのはちょっと異常な気がする。
「みんなで一斉に読みだしたからじゃない? そしたら嫌でも話題に上がるし。それで盛り上がったら興味なかった子もちゃんと読んでみるか~って気になるじゃん? 流行りのドラマみたいなもんだよ」
「けど、ラノベだぞ? 自分で言うのもなんだが、一般的にはちょっと恥ずかしいというか、後ろめたいジャンルだと思うんだが……」
そもそも読書自体陰キャというか根暗属性の趣味だ。
教室で普通に読書しているだけでも「なにあいつ、根暗じゃん」みたいに小馬鹿にされる。そこにオタク属性も加わるラノベとなれば嘲笑の対象でしかない。
いくら面白いと言っても、こんな風に堂々と表に出すのは憚れると思うのだが。
「一人だったらそうだけどみんなで読んでるし。確かに最初はバカにしてやろうって雰囲気だったけど、面白かったら続き気になるじゃん。そしたらみんなも掌返しちゃえって感じになるんじゃない?」
「赤信号みんなで渡れば……みたいなもんか」
「例えはアレだけどそんな感じだと思う」
実際、最初はみんなイヤイヤな雰囲気を出していた。
仕方ない、付き合ってやるか~。
どうせこんなの面白いわけないし?
拓海達が言うなら仕方ない。
九朗をバカに出来るなら読んでやってもいいか。
そんな感じだった。
けれどそれはすぐに「……あれ? これ、意外に面白くね?」に変わり、「いや、めっちゃ面白いんだけど!?」に変わった。
それでもすぐに口に出せるような雰囲気ではなく、「誰か言い出さないかな……」的な気まずい空気がしばらく続いた。
で、ある時陽キャグループの誰かが「……まぁ、悪くないかな」と口火を切ると、「だよな?」「意外にイケる」「てかぶっちゃけ面白くね?」と一気に爆発。
それでダンマリを決め込んでいた地味ーズもしめたとばかりにオタク語りを始めて流行が加速したといった感じだった。
「ま、なんにしろこの様子じゃ勝負はあ~しらの勝ちだよね?」
わざとらしく呟くと明星は拓海達に視線を向けた。
当の二人は夢中になってラノベを読んでいて聞こえていない様子である。
「……てか、一番ハマってんじゃん」
呆れたように呟くと。
「ちょっと! 渋谷君! 影山さん! 聞いてんの?」
「へ?」
「な、なんだよ!」
ハッとすると二人はバツが悪そうに慌ててラノベを閉じた。
「勝負! こんだけ流行ってるんだからあ~しらの勝ちっしょ?」
「うっ……」
「ど、どうすんだよ真宵……」
「どうするって……。ここで認めたらそれこそ負けちゃうでしょ!」
ごにょごにょと密談し。
「そ、そんな事ないわよ! ちゃんと読んだけど、酷い作品! 文体だって稚拙だし、改行だらけでページはスカスカ。こんなの小説とは言えないわ!」
「そうだそうだ! リアリティーとか全然ないし、こんなのオタクの妄想だろ! キモすぎて読んでられねぇよ!」
「……その割には誰よりも夢中になっているように見えたんだが」
二人はトップカーストの特権をフル活用し、順番待ちに割り込んでまで続きを読んでいた。休み時間だって昼食そっちのけでラノベに齧りついている。なんなら授業中も教科書の裏に隠して読んでいて先生に怒られている場面すらあった程だ。
「そ、それは……」
「俺達は審判役だからな! 公正な判断を下す為にちゃんと読むのは当然だろ!」
「いや、みんなで審判しようって話だったし。どう考えてもそっちの負けでしょ」
流石に全員がラノベにハマったわけではない。
拓海達の他にも、こんな物読んでられるかと手をつけなかったりすぐに読むのをやめてしまった生徒が数人いる。
だが、全体で見れば楽しんでいる生徒の方が圧倒的だ。
「数が多いからってなんだっていうのよ! じゃあなに? 沢山売れてるからカップ麺は世界一美味しい食べ物って事になる? ならないでしょ!」
「その通りだ! この本だって大衆受けを狙って添加物入れまくったカップ麺みたいなもんだろ! 凡人の目は騙せても俺達は騙されないぞ!」
「……屁理屈もそこまで行くと逆に尊敬するわ」
「何を言っても無駄みたいだな」
頭痛を堪えるように明星が額を押さえ、九朗はやれやれと肩をすくめる。
他の生徒もこれには流石に呆れ顏だ。
「変な意地張るのやめて諦めろよ」
「もうよくね?」
「悔しいけど俺らの負けだって」
しまいには説得までされるのだが。
「うるさいうるさい! あたし達は負けてない! 学校全体で見たらそっちの方が少数派なんだからね!」
「ラノベなんか読んでたら他のクラスの笑い者だぜ! 一組はオタク菌に感染してオタクの国になっちまったなんて言われるんだ! お前らそれでもいいのかよ!」
「それは……」
「確かに……」
「イヤかも……」
拓海達の反論にクラスメイトが考え込む。
明星は負けじと。
「じゃあ他のクラスもオタクにしてやるし! みんなでオタクになっちゃえば誰も笑ったりなんかしなくなるっしょ!」
「日野さん!? それは流石に無茶だろ……」
「なんで? 一組のみんなは分かってくれたじゃん。他のクラスの子だって同じっしょ。てかあ~しもオタクになっちゃったし。好きな本よんで他人にガタガタ言われるの嫌なんだけど」
「それはまぁ、そうなんだが……」
明星の言い分は正しい。
大体の場合、いっつも正しい。
正論すぎるくらい正論だ。
でも、九朗としてはそもそもそんな事で他人と争いたくなんかない。
所詮は個人の趣味の話だ。
個人の範疇で好きなだけ好きにやればいいと思う。
それに、拓海達の言う通り他所のクラスを巻き込んでバトった時に同じように勝てるかは怪しい。
今回は一組という小さな世界の話だった。
敵は拓海と真宵だけで、こっちには明星と言う強い味方がいる。
だが、それが他クラスまで広がると話は違う。
他のクラスにだってそれぞれ拓海や真宵のような、あるいはそれ以上に厄介で面倒くさいトップカーストがいるだろう。
それに、他のクラスにはそのクラスの閉じた勢力図があるから、一組内程明星の影響力も強くないだろう。
話が大きくなった時、九朗のせいでクラスのみんなが悪く言われても責任なんか取れっこない。
それこそ二年になってクラス変えになった時、うわぁ、あいつオタク菌に感染した一組の奴じゃん。エンガチョー! みたいな事になったら最悪だ。
一組のみんなが九朗のような目に合う事になる。
それは嫌だし、そうなれば一組の連中も九朗や明星を恨むだろう。
自分が恨まれるのはいい。
無実のヘイトを向けられるのはいつもの事だ。
だが、明星を巻き込むのは嫌だ。
彼女には幸せで楽しい学校生活を送って欲しい。
複雑すぎて、この場で伝えるのは難しい想いだ。
ともあれ、他の生徒も同じような事を考えたのだろう。
優勢だった雰囲気は一転、五分五分程度までには巻き返される。
明星もそれは気付いたのだろう。
「……ま、ここでグダグダ言ってても仕方ないし。結果を見せればみんなついて来るっしょ。別に罰ゲームがあるわけでもないし。今日の所は引き分けって事にしといてあげる」
忌々しくと、真宵達はホッとしたように。
「こっちの台詞よ!」
「覚えてやがれ!」
絵に描いたような捨て台詞を口にする。
「じゃ、そのラノベオタク君に返して」
「……え?」
「な、なんでだよ」
明星の言葉に、二人は宝物を取り上げられそうになった子供みたいに読みかけのラノベを胸に抱いた。
「当たり前じゃん。勝負は終わったんだし、その本面白くないんでしょ? じゃあこれ以上あんたらに貸す理由ないじゃんか」
「そ、それは……そう、だけ、どぉ……」
「今めちゃくちゃいい所で……」
絶対に返したくない。
誰が見てもそんな顔をしていた。
「……読みたいんなら俺は別に構わないが」
九朗は言った。
読みかけのラノベを取り上げられる辛さは九朗にも分かる。
二人は嫌いだが、そこまでして読みたいのなら読ませてやってもいいと思う。
「甘やかしちゃダメだよオタク君! ラノベの事ここまでボロクソに言ってオタク君の事もキモいとか言ってる奴にラノベ貸す理由なんかないっしょ! 読みたいんなら自分で買えって話だし! みんなも! オタク君に借りれるのは月3冊までね! じゃないとオタク君も大変だし、作者さんにも失礼じゃん!」
「え~! 別にいいだろ!?」
「オタク、沢山ラノベ持ってるんだろ! もっと読ませろよ」
「あたし、あんまりお小遣いないんだけど……」
あちらこちらで不満が出るが。
「今までオタク君に意地悪しといてそれはないっしょ。てか、好きな物にお金出すのは当たり前だから。勿論あ~しもみんながラノベ読みたい気持ちは分かってるし。だから、みんなでお金出し合って学級文庫作るってのはどう? 他にも、図書委員にお願いして図書室に入れて貰うとか。細かい取り決めとか先生との交渉なんかはあ~しがやるし。それなら文句ないっしょ?」
「……それなら、まぁ」
「仕方ないか」
「……あの。だったらボクもオススメのラノベがあるんだけど……」
「勿論他の子のリクエストも聞くし。あとで詳しく話そっか」
「ちょっと! なに勝手に仕切ってんのよ!」
「そ、そうだぞ! リーダー面するなよ!」
「はぁ? あんたらには関係ないじゃん。マジ黙っといてくんない? 学級文庫反対なら別にお金出さなくていいし。勿論払った人以外読んじゃダメだけど」
「なんか面白そうじゃん」
「ねぇ~日野さん。これって漫画もありなわけ?」
「あ~し的にはありだけど先生うるさそうだから。許可取るまでちょっち待って」
「ふ、布教したい作品を寄付するのはありでしょうか!」
「ありあり! むしろ大歓迎みたいな?」
「……だったら僕も――」
にわかに教室が騒がしくなる。
ラノベに限らず小説や漫画、雑誌の寄付やリクエストの話で大盛り上がりだ。
「あははは。いいねいいね。上手く行けば羨むクラスも出て来るし、そしたら全クラスオタク化計画も夢じゃなくなるし?」
「……そこまで考えてたのか」
唖然として九朗は言う。
というか、さっきから唖然としっぱなしだ。
作家は本で食っている。
だから、あまり貸しまくるのもよくない。
まったくもってその通りだ。
でもみんなはラノベの面白さを知ってしまって今更後には戻れない。
なら、学級文庫や図書室を利用しよう。
そんな事、九朗は考えもしなかった。
それだけでなく、この動きが周りに広まれば学校全体でのオタクの数を増やし、オタクに対するマイナスイメージを払拭できる。
この一瞬でそこまで考え、実行に移す行動力に九朗は感服した。
「いや全然。全部その場の思い付き? ノリで言ってるだけみたいな?」
「……それでもすごいよ。そんなの俺には思いつかないし、思いついたとしても言葉になんか絶対出来ない。絶対大変だし面倒な事になる」
「そ~なんだよねぇ……。あ~しってついその場のノリでデカい事言っちゃって大変な目にあっちゃう系で……。いっつも苦労してるわけ。まぁ、楽しいからいいんだけど。あははは」
他人事にみたいに軽いノリで明星は笑う。
そんな風に笑える事すら九朗には驚きだ。
「でも、なんとかなるっしょ。オタク君も手伝ってくれるし」
期待するように明星が片目をつぶる。
「当然だ。……たいして役には立たないと思うが。出来る事ならなんでもする」
ここまで明星を巻き込んだのだ。
助けを惜しむつもりはない。
むしろ、助けて貰っているのはこちらだろう。
「ツッコミ待ちだったんだけどなぁ……」
恥ずかしそうに苦笑する。
「……なぜ?」
「いやだって、そこまで行くとあ~しの独断っていうか、オタク君は関係なくない?」
「関係あるだろ。俺は日野さんの彼氏だぞ」
その言葉に、明星の顏がボッと赤くなる。
「ま、まぁ、そうナンダケド……」
ひっくり返った声でしどろもどろになる明星を見て、九朗は同じように赤くなった。
どうやら言葉を間違えたらしい。
「い、いや、その、今のは、協力者というか、運命共同体みたいな関係だと言いたかったんだ……」
「わわわ、わかってるし!?」
「そうか……。ならいいんだが」
謎にお互いドキドキしながら。
一歩一歩確実に、二人の青春が動き出そうとしていた。
――――
後日九朗はとある大型書店で人目を忍んで例のラノベを購入する拓海達の姿を見かけた。
罰ゲームでクラスの陽キャギャルと付き合う事になった陰キャの俺が秘められた実力を暴かれて学校一の人気者になる話 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA
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