第21話 お前達は、命拾いしたんだ(オタク君怖スギィッ!?
「なんでだよ!?」
訳が分からないのは九朗である。
理由はどうあれ、みんな必死に頑張って普段よりも良い成績を出したのだ。
なら、それでいいじゃないかと思うのだが。
「オタク君さぁ……。それ、むしろ残酷だから……」
ポンと九朗の肩を叩き明星が言う。
「そうなのか?」
「そうじゃん。こいつら運動部のくせによってたかってオタク君に勝負挑んでボロ負けしたんだよ? しかもズルまで使って。プライドなんかズタズタじゃん? その上優しい言葉までかけられたら立つ瀬なしの完全敗北、俺達ってなんなんだよ!? ってなっちゃうじゃん?」
「……なるほど。そういうものなのか……」
ボッチの九朗には計り知れない世界である。
「悪かった。みんなを傷つけるつもりはなかったんだ」
「だから謝るなよ!?」
「なんなんだよこいつは!?」
「惨めだぁ!? いっそ殺してくれ!?」
「謝るのも駄目なのか!?」
愕然とする九朗を見て明星が笑い出す。
「あはははは! まぁ、ある意味そっちの方が罰ゲームかもね? 体力測定だけじゃなく人間的にもオタク君の完全勝利って事で!」
「そんな、大袈裟だ……。俺は別に――」
「はいはい。それは後で。とにかく、今は罰ゲームの件をはっきりさせなくっちゃ」
人差し指で九朗を黙らせると、明星は拓海達に向き直った。
「でぇ~? そこの二人はなにさっきから自分達は関係ありませ~んみたいな顔で黙っちゃってるのかなぁ~?」
「うぐっ……」
「うぅぅっ……」
このまま黙っていれば有耶無耶になると思っていたのだろう。
バレたか! という顔で二人が顔をしかめる。
「罰ゲーム。言い出したのはあ~しだけど、決めたのはそっちっしょ? あんだけ汚い手使っておいて、まさか逃げるわけじゃないよね?」
そこはかとなくマジ声で明星が二人を問い詰める。
「……日野さん。それくらいでいいんじゃないか? 土下座なんかされても俺も困るし……。こいつらだって一応クラスメイトなんだ。靴なんか舐めさせられないよ……」
「オタク君は黙ってて」
「でも――」
「そ~いう問題じゃないから。これは筋の話。許すにしろ許さないにしろ、オタク君に言わせるのはズルいじゃん」
ピシャリと言われて九朗も黙った。
明星の言いたい事も分からないではない。
だが、お人好しの九朗としてはそれ以上にこの地獄のような空気が耐えがたい。
「ほら渋谷君。影山さん。黙ってないでなんか言いなよ。それとも昼休み終わるまでダンマリ決め込む気?」
(こ、怖い……怖すぎる……)
九朗は心底ビビっていた。
味方ながら恐ろしいとはこの事である。
同時に自分の情けなさを痛感する。
本来ならばこれを言うのは自分の役目の筈だ。
それを明星に言わせてしまっている自分が不甲斐ない。
そう思うが、やはり今の自分には明星のように振る舞う事は出来ないとも思う。
こんな奴らでも、こうなってしまうと可哀想だと思ってしまうのだ。
地獄のような沈黙がしばらく続いた。
クラスメイトはみんな二人に注目している。
自分達も加担しておきながら、それを棚に上げて責めるような目もあった。
静寂の中で、拓海の鼻がスンスンと鳴り出した。
(……おいおい。こいつ、泣き出すんじゃないだろうな……)
よく見れば目には涙がウルウル溜まり、嗚咽を堪えるように喉が動いている。
泣くのに耐えるのに必死で喋る余裕なんかなさそうだ。
(……日野さん。もうこの辺でいいんじゃないか?)
流石に哀れになり、九朗はそんな気持ちを視線に乗せる。
明星も「ちょっとやり過ぎたかなぁ……」みたいな顔で困りつつ、「でも真宵が全然反省してないっぽいんだよなぁ~」みたいな顔をしている。
案の定。
「……あんなの、インチキよ」
そっぽを向いて尖った口がぼそりと言う。
それで明星は「まだ言うか……」的に溜息をついて言い返した。
「はぁ? どこがインチキだし。むしろオタク君は誰よりもフェアに頑張ってたと思うんだけどぉ?」
「だからなに? あんたはオタクが隠れマッチョのスーパー運動出来るマンだって事を知ってて罰ゲームを仕掛けて来たじゃない。そんなのズルよ。八百長よ!」
「いやいや、あ~しだってまさかオタク君がここまで出来るとは思わなかったし」
「嘘よ嘘! 絶対嘘! そうじゃなかったらあんなドギツい罰ゲーム受けるはずないもの! あんたは自分達が絶対に勝つと分かってて勝負を仕掛けたんだわ! この卑怯者!」
「はぁ!? 言いがかりにも程があるんですけど! てか最初に勝負仕掛けてきたのはそっちじゃん!」
「いいえ。そっちね! 絶対そっち! あたしはハッキリ覚えてるもの!」
「いや、そっちだろ……」
たまりかねて九朗もぼそりと言い返すのだが。
「証拠は? そこまで言うなら録音でも持って来なさいよ!」
「そんなの持ってるわけないだろ……」
「じゃあわからないじゃない! なんにしろ、これはどう考えても明星達があたし達をハメる為に用意した卑劣な罠よ! そうしてあたし達をハメて人気者の地位を独り占めにする作戦でしょ! あぁ、わかったわ! 罰ゲームとか言って急にオタクに接近したのもその為ね! オタクが実はハイスペだって事に気付いたあんたは利用する為に近づいたのよ! とんだビッチね! そこまでして人気者になりたいわけ!」
息もつかせぬ捏造反論の嵐を終えると、真宵がビシッと指を指す。
「あんたねぇ……。それ、マジで言ってるわけ?」
流石の明星も呆れ果て、ヒクヒクと口の端を震わせる。
込み上げる怒りに握った拳が震えていた。
なんという大嘘。
なんという屁理屈。
こんな話信じる奴なんかいないだろ!
と、思いきや。
「マジかよ。そういう事だったのか?」
「いやいや、流石にないだろ……」
「でも筋は通るぞ」
「確かに、罰ゲームとはいえいきなり日野さんがオタクに彼ピ宣言とかちょっとおかしいと思ってたんだ……」
半信半疑どころか信じかけている連中の方が多いし始末だ。
「……信じらんない。みんなバカすぎでしょ……。あ~しの事なんだと思ってるわけ?」
燃えるような溜息が漏れ出す。
それでいて、明星の声は震えていた。
怒りもあるだろうが、それ以上にショックが大きい。
一ヵ月とはいえ、クラスの為にあくせく頑張っていた明星である。
それなのに、その程度の信用しか得られていなかったとは。
情けないやら悲しいやら。
悔しくて、明星の目には涙まで滲んでいた。
「……いい加減にしろよ」
「ピィッ!?」
九朗のクソデカ台パンに真宵が悲鳴をあげた。
九朗は怒っていた。
自分の事なら何を言っても気にしないが、明星の事なら許さない。
「日野さんはそんな人じゃないと言ったはずだ。二度と俺の前でそんな口を利くな」
普通にしてても怖い九朗だ。
本気で怒ったらマジで怖い。
これがアニメならモザイク処理がかかるだろう。
真宵は顔面蒼白で、ブルブル震えて涙目になっている。
それでも引かないのは大したものだ。
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃによぉおおお!? ぼぼぼ、暴力振るおうってぇの!? おんにゃの子に手ぇあげるなんてサイテー! 犯罪よ! けけけ、警察呼ぶからね!」
「上等だ。日野さんの名誉を守る為なら、前科だって怖くない」
「ひいっ!? 助けて拓海! やっぱりこいちゅ噂通りのヤバい奴よ! 完全にイッちゃってるわ!」
「や、やんのかコラ! ぐす、ぐす……センセー呼ぶぞ! ひっぐ!」
腰の抜けかけた真宵がヘロヘロになりながら拓海の影に隠れる。
拓海も勇気を振り絞り、半泣きになりながら真宵を庇った。
「好きにしろ。けどその前にさっきの言葉を訂正しろ」
「ぎゃー! こここ、こないでぇ~!」
「来るな! 来るなぁ~!?」
握力80キロの拳を握りしめ、ゆらりと近づく悪鬼の如き形相の九朗に、二人は半狂乱になって机の下に避難した。
「ストップ。そこまで」
明星の腕が遮断機みたいに制止する。
「止めるな日野さん。俺は――」
「ここで手ぇ出したらそれこそあいつ等の思うつぼじゃん。オタク君の悪い噂も全部本当みたいになっちゃってあ~しの頑張りも水の泡。それでいいわけ?」
「それは……でも……」
「オタク君がマジギレしてくれたからあ~しは十分。こいつらが罰ゲームの約束守るなんてはなから思ってなかったし。今回はオタク君の実力示せたからオッケーって事にしとこうよ」
「……日野さんがそう言うなら」
フシュルルル……。
火竜のような吐息を漏らし、九朗の表情から険を抜ける。
拓海達はホッとするが、不意に九朗は二人を睨んだ。
「……日野さんに感謝しろよ。お前達は、命拾いしたんだ」
「「は、はひぃっ!?」」
殺し屋ぐらいしか言わない台詞に、思わず二人は抱き合ってガクガクと首を振る。
そんな光景にクラスメイトも青ざめて。
「……オタク、怖ぇぇぇ……」
「あいつキレさせたらヤバいって……」
「あの身体能力……マジで殺し屋なんじゃないか?」
そんな呟きに、九朗はやれやれと肩をすくめる。
「……ごめん日野さん。勝手な事して、余計に誤解させた……」
「あははは。でも、面白くない? 殺し屋の彼氏とかかっこいいじゃん」
先程までの怒りはどこへやら。
明星は妙に嬉しそうに身体をぶつけてきた。
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