第20話 ちょっとあんたら!? スポーツマンシップはどこに行ったわけ!?(誉は浜で死にました

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……あ、り、え、ねぇ……(ばたり)」


 死んだ魚みたいにぐったり寝転び、息も絶え絶え拓海は言う。


 周囲には同じように精魂尽き果てた運動部男子の哀れな死体モドキが転がっている。


 最終種目である長距離走を終えた後だった。


 それ以前の段階で九朗は圧倒的な成績を収め、既に一位は確定していた。


 流石に全ての種目で一位を取る事はなかったが、それに近い成績ではあった。


 これも常日頃フィットネス系ゲームで全身をバランスよく鍛えていたお陰だろう。


 それで安心していたら土壇場になって急に真宵が言い出したのだ。


『最後の持久走は得点百倍よ!』


 体力測定は各項目の成績に応じて最大十点まで加点され、総合成績によってE~Aのランクが決まる。


 種目は八つしかないので、持久走で負けてしまうとそれだけで逆転されることになる。


 これには当然明星も怒った。


『なにそれ! インチキじゃん!』


 だが無駄だった。


 負けが確定している運動部の面々は当然賛成するし、そういった連中は総じてハイカーストなので冴えない地味ーズも従うしかない。


 おまけに拓海達は。


『こうなったらどんな手を使ってでもオタクに勝つぞ!』

『みんなでオタクの邪魔をして拓海を勝たせるんだ!』

『あんな陰キャオタクに負けたなんて知られたら他所のクラスの笑い者にされちまう!』

『ちょっとあんたら!? それでも男!? スポーツマンシップはどこに行ったわけ!?』


 明星がいさめても鼻で笑うだけだ。


『勝負の世界は非情なんだよ!』

『勝てば官軍!』

『誉は浜で死にました』


 根っからの陰キャオタクである九朗だ。


 なんとなくこうなるんじゃないかと思っていた。


 ハイカーストの陽キャ達にちゃぶ台をひっくり返されるのはいつもの事。


 とはいえ、この頃になると流石の九朗も自分の身体能力が飛びぬけている事を理解しつつある。


『……心配ない。勝てばいいんだ……』


 全種目全集中の全力で九朗もハイになっていた。


 そして始まった1500メートルの持久走。


 モタモタしていたら他の生徒に妨害される。


 九朗はしょっぱなからアクセル全開で飛ばしまくった。


『バカかあいつ!』

『あんなに飛ばして最後まで持つわけないだろ!』

『……いや。オタクなら分からんぞ……』


 これまでも既に十分すぎる程あり得ない成績を叩きだしてきた九朗である。


 もはや九朗をただの陰キャオタクと侮る者は誰もいない。


 むしろあいつなら最後までこのペースで走り切るかも……という不安しかなかった。


 得点百倍の上に全員で結託しての大敗退。


 そんな事になったらそれこそ学校中の笑い者だ。


『俺は走るぞ!』

『急げ!』

『オタク野郎に後れを取るな!』


 気付けば全員後先考えない無茶苦茶なスピードで走っていた。


 そしてこの様である。


 九朗は最後までペースを崩さずトップを独走。


 追いかける運動部連合は満身創痍で、飛ばし過ぎて途中リタイアする者まで出る始末だった。


 なんにしろ、これで九朗の勝利は確定した。


「……勝ってしまった」


 ポツンと一人グラウンドに立ち、信じられない想いで言葉を噛み締める。


 九朗としては必死に走っていたらなんか勝っていたという感じである。


 他の種目ではなんとか勝ったが、持久走でどうなるかは分からない。


 邪魔される可能性だってあるのだから、後ろを振り返る余裕もない。


 とにかく早く、誰よりも先にゴールせねば。


 その一心で走っただけだ。


「オタクく~ん!」

「どわぁ!?」


 振り返ると、猛スピードで駆け寄ってきた明星が抱きついた。


「勝ったよ勝った! 大勝利! オタク君すごいよ! マジで凄い! 最強無敵彼ピ!  よく頑張ったね!」


 嬉し涙で目元を濡らしながら、自分の事みたいに明星が喜ぶ。


 九朗は焦った。


 半袖ハーパンの美少女ギャルに正面からギュッと抱きしめられているのだ。


 体操着越しに胸が当たるし、剥き出しの腕や脚が触れている。


 当然明星も体力測定を行っているので薄っすら汗をかいている。


 普段よりもずっと濃い匂いがした。


 魔法にかけられたみたいに頭がうっとりし、それでいて脳がチリチリと焼けるような感覚。


 これはダメだ。


 とても危険だ!


 本能的な赤信号を察知して、九朗は明星の肩を押し返した。


「日野さん!? 近いよ!?」

「ご、ごめん……。そんな怒る事ないじゃん……」


 驚いた明星がしょんぼりして口を尖らせる。


「……怒ってるわけじゃなくて……。今の俺、絶対汗臭いし……」


 しどろもどろで九朗は言った。


 明星は善意で助けてくれているのだ。


 それなのに、邪な気持ちになってしまったなんてキモすぎて言えない。


「な~にオタク君、そんな事気にしてたの? 全然そんな事ないから! むしろワイルドで良い匂いだし!」


 ニシシと笑い、明星がわざとらしく顔を近づけて九朗の胸のあたりの匂いを嗅ぐ。


「いやだ! 恥ずかしいってば!」


 汗の臭いが気になるのは事実である。


 九朗は耳まで赤くなり、胸元を隠すように身体を抱いた。


 それを見て、明星の耳も赤くなる。


「ちょ……なにその反応……。オタク君可愛スギィッ!」

「からかわないでくれよ!」

「いやガチで。他の子だって釘付けだし」


 明星が指さすと女子達が目を爛々と輝かせて九朗に見惚れていた。


 真宵なんかデスノートに名前を書かれたみたいに胸元を押さえて「くぅぅ……オタクの癖に、オタクの癖にぃぃぃ……ッ!」と切なげに身を捩っている。


「……理解不能だし恥ずかしい事に変わりはないんだが……」

「とにかくオタク君は可愛いって事!」

「……むぅ」


 そんな事言われてもといった感じである。


 大体男に可愛いだなんて誉め言葉になるのだろうか。


 以前の九朗ならからかわれているのだと決めつけた。


 今だって大差はないが、明星が言うのなら悪い意味ではないのかもしれないと思う。



 

 †




「ではお待ちかね! 罰ゲームタ~イム! パフパフ~!」


 体力測定が終わった昼休み。


 お通夜みたいな空気になった教室に明星の声が明るく響く。


 日頃から散々バカにしていた九朗に大敗し、拓海他運動部男子達のプライドはズタズタだ。


 体力測定での疲労も抜けきらず、全員ぐったりした様子である。


 一方の冴えない地味ーズは日頃デカい顔をしているハイカースト組が大敗し、ざまぁ見ろとコッソリほくそ笑んでいた。


 今この瞬間、確かに一組の勢力図は書き変わりつつある。


 明星もそれは感じているから、機を逃さずに言ったのだ。


「あっるぇ~? みんなど~したのかなぁ? 元気ないけどぉ? もしも~し? 聞こえてますかぁ~? お耳なくなっちゃったぁ~?」

「日野さん……。そんなに煽らなくても……」


 平和主義の九朗としては余計な揉め事は遠慮したい。


 正直、罰ゲームなんかどうでもいい。


「なに言ってんのオタク君! あんだけ大口叩いてバカにされてズルい手も使われたんだよ! これくらい言ってやらなきゃ気が済まないじゃん! てかオタク君も言ってやりなよ!」

「ひ、日野さん!?」


 明星に押されて前に立たされる。


 負け犬達の恨みがましい目がジロリと九朗を睨んだ。


「……なんだよオタク」

「文句あんのか?」

「ケッ! 笑いたきゃ笑いやがれ!」


 精一杯の負け惜しみに、九朗はぽりぽりと頬を掻いた。


「……文句なんかない。笑ったりもしない……。みんな、一生懸命頑張ったんだ。なら、それでいいだろ……」


 九朗の言葉に教室が静まり返った。


 そして次の瞬間。


「うがぁああああ!?」

「なんだよそれ!?」

「いっそ笑われた方がマシなんだが!?」


 発狂した運動部連合が頭を抱え、ガツンガツンと机に頭をぶつけだした。

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