第19話 こんなはずない! 何かの間違いだ!(ところがどっこい現実です
「ケッ! なぁ~にがおっぱいだバカらしい! あんなもんデブの細田にもついてる! ただの脂肪の塊じゃねぇか!」
嫌味っぽく吐き捨てたのは拓海だった。
嫉妬の炎に燃えながら、腕まくりをして握力測定の準備をする。
ちなみに細田君は下位カーストに属する食いしん坊のおデブ男子だ。
好きな食べ物はお肉、嫌いな言葉はダイエットである。
「なに言ってるのよ拓海! おっぱいと雄っぱいは全くの別物! ガラスとダイヤモンドくらい違うんだから! まぁ確かに、ポッチャリ男子のぽよぽよおっぱいも悪くはないけれど、鍛え上げられたムッチムチの大胸筋雄っぱいには勝てないわね。女子のおっぱいが母性の象徴なら男子の雄っぱいは父性の象徴! 普段はムチムチなのにいざって時はガチガチに固まるクソデカ大胸筋には女の子の夢と浪漫がパンパンに詰まっているのよ!」
「うるせぇ! 早口で語んな! てか真宵、お前はどっちの味方だよ!」
「はっ!? そうだった! あたしとしたことが目先の雄っぱいに目が眩んでいたわ……」
「ったく……。バカ言ってるとオタク女だって事がバレるぞ」
「わ、わかってるわよ!」
クラスでオタクを弾圧しまくっているが、実はこの二人隠れオタクなのであった。
中学時代はそれが原因で下位カーストに甘んじていた。
それでオタクではトップカーストにはなれないと学んだのである。
「とにかく! オタク野郎になんか絶対に負けねぇ! てか、負けるわけねぇだろ! こっちは小学校の時から野球部で鍛えてんだ。大体、髪を切ったからってオタクはオタクだ。顔はともかく、身体能力まで変わるわけねぇ! どうせあの雄っぱいも見掛け倒しに決まってる――ってぉおおおい! 人の話聞いてんのか!?」
「あぁ、すまん。俺に言ってたのか?」
その時九朗は明星と準備体操を行っていた。
男女でやるのは気恥ずかしいが、二人ともハブられているので仕方ない。
「わぁ! オタク君超筋肉質! 硬いのにムチムチしてて気持ち良い! てか身体柔らかすぎない?」
綺麗な開脚をして股関節を伸ばす九朗の肩を押すと言うより揉みながら、ちょっと興奮した様子で明星が言う。
「そうなのか? 自分ではよく分からないんだが……」
「イチャイチャしてんじゃねぇよ!」
「準備運動してるだけなんだが……」
「うるせぇ! とにかく見てろ! そして驚け! 絶望しろ! これが運動部の実力だぁあああああ!」
気合の雄叫びをあげながら拓海が握力計を握る。
「――しゃああ! 55キロ!」
「おぉ~!」
「渋谷君すご~い!」
「流石元野球部!」
あちこちから感嘆の声が上がり、どんなもんだと拓海が胸を張る。
野球部は辞めたが、モテたくて今でも筋トレは続けているのである。
その甲斐あってか、今の所一位の成績だ。
「どうだオタク! ビビっただろ!」
ドヤ顔で振り向く拓海だが。
「わぁ~! オタク君の背中広~い!」
「……日野さんは軽すぎだ。もっとご飯食べた方がいいんじゃないか?」
その頃九朗は背中合わせになった明星を背に乗せてストレッチを行っていた。
驚くように軽い体重と暖かな体温、ふわっと香る女の子の匂いに内心ドキドキしてしまう。
「だぁ~! かぁ~! らぁ~! イチャイチャすんなよぉおおおお!?」
ダンダンダン!
床を踏み鳴らしながら拓海が叫んだ。
「いやだから、準備運動してるだけなんだが……」
「うるせぇ! 言い訳すんな! さっさとやれ!」
「むぅ……」
そう言われても、これから本気で体力測定を行うのだ。
準備運動は大切である。
全てはリングの精の教えである。
ともあれ、順番が回って来たので握力計を構える。
気が付けば、全員が体力測定そっちのけで九朗の測定結果に注目していた。
(……やりづらいな)
根っからの陰キャの九朗である。
注目されるのは苦手だし、そんな経験もほとんどない。
正直かなり緊張している。
「オタク君! ファイト~!」
明星のエールが体育館に響いた。
それだけで筋肉のこわばりが和らいだ気がする。
「さっさとやれよ!」
「どうせ大した事ないぜ!」
「どうした! ビビってんのか?」
集中し、外野の声を弾き出す。
オタクが目立ったら叩かれる。
前髪オバケで悪目立ちしていた九朗なら猶更だ。
だから九朗は今まで体力測定で本気を出した事はなかった。
だから自分の実力なんか分からない。
果たして拓海に勝つ事は出来るのか?
わからないが、なんにしたって拓海の出した記録を超えなければいけない。
(……いや。それだけじゃダメだ)
九朗はクラスメイトの男子全員に勝たなければいけない。
さもなくば明星に靴を舐めさせる事になる。
そんな事は絶対にさせられない。
(リングの精よ……。俺に力を貸してくれ!)
初代から最新作の3、そして数々のDLCを共に駆け抜けた相棒にして心の友にして師匠でもあるリングマッスルアドベンチャーのマスコット、リングの精に祈る。
こぉぉぉ……。
全身の隅々まで酸素を届けるマッスルの呼吸。
超えろ限界、踊れ筋肉。
無の境地にも似た静の超集中から一転。
「――フッ」
居合斬りのように疾く鋭い刹那の動。
握力計を握る右腕の筋肉がミチミチと張り詰め、太い血管が稲妻のように浮き上がる。
その光景に一瞬誰もが目を奪われて息を飲んだ。
「――ふぅ……」
そして脱力。
その結果は……。
「……嘘だ。そんなはずは……」
九朗の顔に困惑が満ち、握力計を隠すように抱く。
ダメだったのだろう。
その表情で周りも悟った。
「オタク君……」
心配する明星とは対照的に、拓海の顔が勝ち誇るように嗜虐的な笑みを浮かべる。
「へいへい、どうしたよオタクく~ん? 結果を見せろよ!」
「ま、待ってくれ! こんなはずない! 何かの間違いだ! この握力計は壊れてる!」
「は! だっせぇ言い訳! いいから寄こせっての!」
拓海が強引に九朗の手から握力計を奪う。
「さ~て。どんな情けない数値が出たん――だぁああああああ!?」
驚愕に拓海の目が飛び出しかけた。
「は、80キロぉぉぉぉお!?」
「嘘だろ!?」
「ありえねぇ!?」
「バケモノかよ!?」
「ゴリラじゃん……」
動揺するクラスメイトを見て九朗は呟いた。
「……だから言っただろ。その握力計は壊れてるんだ……」
生憎、別の握力計でも同じ数字が出て、壊れているのは九朗の筋力である事が証明された。
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