第16話 君をガッカリさせたくない……(オタク君なら大丈夫!

「ねぇオタク君! ちょっとあ~しに考えがあるんだけど!」


 翌朝。


 勇者の剣の前で合流した明星が藪から棒に切り出した。


「……えっと、考えって?」

「あいつ等をギャフンと言わせる方法!」

「あぁ……」


 とぼけた様子の九朗を見て、明星がムゥッと口を尖らす。


「もう! しっかりしてよね? あ~し任せじゃなくてオタク君にも頑張って貰わないと!」

「面目ない……」


 明星の言う通りである。


 九朗としても忘れていたわけではないのだが。


 なんというか、状況を受け入れるだけで精一杯でそこまで頭が回っていない。


 大体、耐えてばかりの人生だったので自分からやり返すとか仕返しをするみたいな発想が浮かんでこないのだ。


「まぁいいけども。それでさ! 今日ってなんの日か覚えてる?」

「……えーと。もしかして、日野さんの誕生日?」

「なんでやねん!」


 ビシッとツッコミを入れつつ。


「オタク君に誕生日教えた事ないし、流れ的にも全然関係ないじゃんか!」

「う……。そうなんだけど、ラブコメ作品だと大体こういう時って誕生日ってのがお約束だから……」

「あ~分かる! 恋愛ドラマでもあるあるだし! ちなみにあ~しの誕生日は10月10日ね? 覚えやすいっしょ!」

「……TOTOの日って覚えとくよ」

「トートー? なにそれ?」

「知らない? 日本の有名なトイレメーカーなんだけど……」


 ピシリと明星の笑顔が強張る。


「ちょ! 人の誕生日勝手にトイレの日にするなし!」

「いや、俺が勝手に言ってるだけで10月10日はトイレの日じゃないから。正式なトイレの日は別にあって――」

「どーでもいいし! とにかくトイレの日はイヤ! もっと別の方法で覚えてよ!」

「すごい会社なんだけどなぁ……」


 ブツブツ言いつつ、九朗は携帯のカレンダーに明星の誕生日を登録した。


「オーケー。これなら絶対忘れない。三日前に通知が出るようにしといたから」

「そ、そこまでしなくてもいいんだけどさ……」


 明星はちょっと照れた様子だ。


「そういうわけにはいかないだろ。この先どうなるか分からないけど、日野さんが俺の為に頑張ってくれてる事は変わりないから。誕生日にはなにか贈るよ。せめてものお返しだ」

「いいって! そんなつもりじゃないし!」

「日野さんがよくても俺はよくない」

「あ~しだってよくないし!?」

「……そうか。そうだよな……。日野さんは可愛くて優しい天使みたいな人だし、俺なんかが誕生日を祝ったら迷惑か……」


 別に明星は本当の恋人でもなければ友達でもない。


 あくまでも九朗の境遇に同情して助けてくれているだけに過ぎないのだ。


 それなのに誕生日プレゼントなんか贈るのは厚かましすぎる。


 と、反省する九朗に明星はますます赤くなって慌てだす。


「ちょぁ!? それはまた話が違うし! 別にオタク君があ~しの誕生日祝ってくれても迷惑な事とか一つもないから! てか褒めすぎ!? なに天使って!?」

「比喩表現だけど」

「わかってるし! 大袈裟だって言ってんの!」

「比喩ってそういうものだろ」

「そ、そうだけど……」

「前も言ったけど、日野さんは何のメリットもないのに俺の事を庇ってくれてる。他の連中にも優しいし、日野さんが可愛いのは明らかな事実だ。総合すると天使って事に――」

「あーあーあー! わかったから何度も言うなし!? 顔が赤くなるぅ!」


 それこそ茹蛸みたいに赤くなりながら明星がわーわー騒いで耳を塞ぐ。


「……変な日野さん」

「オタク君には言われたくないから!?」

「それはそうだ。で、結局今日は何の日なんだ?」

「それ!」


 思い出したように指を向け。


「今日体力測定の日じゃん!」

「あぁ。それなら知ってる。面倒だよな」


 九朗的には嫌いなイベントの一つだ。


 まぁ、好きなイベントの方が珍しいが。


 クラスの陽キャ共がギャーギャー騒ぎながら俺スゲー自慢をしつつ運動の出来ない陰キャ達を小馬鹿にする日というイメージしかない。


「なに言ってるし! チャンスじゃんチャンス! オタク君スポーツ得意なんでしょ? ここですごい所見せたらみんなあっと驚いてオタク君の事見直すし! そしたら真宵達もあ~しらの事バカに出来なくなるって!」

「そんな単純な話か?」

「わかんないけど、やってみる価値はあるでしょ! むしろここで頑張らなかったらあいつら絶対オタク君の事顔だけイケメンの運動音痴とかバカにしてくるに決まってるし!」

「……確かに。それは間違いないだろうな……」


 九朗自身、今まで散々体力測定でクラスの陽キャ共にからかわれてきた。


 と。


「でしょ?」

「あぁ……。けど、日野さんは一つ誤解してる」

「なに?」

「俺は別にスポーツが得意なわけじゃない。ずっと帰宅部でやる相手も機会もなかったからな。家でフィットネスゲームをちょっと遊んでるだけのただのオタクだ。日野さんが期待する程の成果を出せるとは思えないんだが……」

「スポーツでもフィットネスでもどっちでもいいし! オタク君あ~しと追いかけっこしても余裕だったじゃん! 言っとくけどあ~し、走るのは結構自信ある方なんだよ!」

「そういう噂は聞いているが……」

「てかオタク君今まで体力測定受けた事ないわけ?」

「そういうわけじゃないんだが……。下手に良い成績を出したら面倒な事になるから本気でやった事は一度もない」

「なにそれ……かっこいいじゃん! 能ある鷹は爪隠す的な?」

「ち、違う! 目立ちたくなかっただけだ! それだってただの保険で、俺なんかが本気を出してもそこまで凄い事にはならないと思うんだが……」

「もう! だがだがうっさいし! どっちにしろ頑張んなくっちゃ駄目なんだから頑張ってみてよ! あ~しも頑張るから! そんで二人で良い成績だしたら超~イケてるカップルの誕生じゃん!」

「それはまぁ、やるだけはやってみるけど……。あまり期待しないでくれとだけは言っておきたい……。頑張りたい気持ちはあるんだが……日野さんをがっかりさせたくないんだ……」


 勿論九朗もやるからには本気でやる。


 100%では足りない。


 120%で向かう所存だ。


 それでも人には限界がある。


 大口を叩いて優しい明かりをぬか喜びさせるのは嫌だ。


 そんな九朗の気持ちは態度で伝わった。


「……オタクきゅん」


 それこそキュンとしたように胸を押さえると、明星がド~ンと肩をぶつけて来る。


「大丈夫だし! オタク君が本気で頑張ってくれたらどんな結果でもがっかりなんかしないから! 安心して本気出して!」

「……あぁ」


 今ひとつ九朗は信じていない顔である。


「なに? あ~しがそんな器の小さな女だっていいたいわ~け?」

「……そうじゃない。多分これは……見栄の話なんだと思う……」


 仮に明星がガッカリなんかしないとしても。


 彼女には情けない姿を見せたくない。


 そんな気持ちがまだ自分にも残っていた事に九朗は驚いた。


 明星は理解出来なかったようだが。


「よくわかんないけど。あ~しはオタク君の事信じてるよ」


 柔らかな笑みに九朗の心臓が飛び跳ねた。


(120%でも足りないな……)


 明星に恥は搔かせられない。


 九朗の中で、彼も知らない眠れる獅子が目覚めつつあった。

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