第3話 あ~しはオタク君の事普通に好きだよ? (ありえないだろ!?

「オタクく~ん! お昼食べよ~!」

「勘弁してくれ……」


 昼休みになった途端、明星が流行りのキャラクターがプリントされた弁当かばんを持って向かいに座る。


「どったの? 元気ないけど? 話聞こっか?」


 げっそりと呻く九朗に向けて、明星は欠片も悪びれずに笑顔を向ける。


「……誰のせいだと思ってるんだ」

「あ~しのせい!?」


 本気で驚く明星に向けて小さく頷く。


「ホワ~イ!?」


 明星は困り眉で外人みたいに両手を広げた。


 九朗は溜息を吐くとクイっと顎を振る。


 そちらでは例の上位カーストグループがニヤニヤクスクスこちらの事を笑っている。


 というか、クラスメイトの大半が九朗の事を笑っていた。


 まぁ、それはいつもの事なのだが、それにしたって酷い状況だ。


 他にも少なくない男子が怖い顔をして九朗を睨んでいる。


 結局今朝は最後までおっぱいの事を言い出せず、明星と腕組みをしたまま教室に入る羽目になった。


 お陰でこの通り、男子から反感を買っている。


「……日野さんのせいで俺はいい笑い者だ」


 皮肉交じりに言うと、明星はスッと立ち上がり。


「ちょっとみんな! オタク君の事笑わないで!」


 ビシっと言って、これでいいでしょ? と言わんばかりに親指を立てる。


 眩暈がして九朗は額に手をやった。


 クラスメイトの嘲笑は増す一方だ。


 男子の嫉妬も倍増である。


 この陽キャ女にはなにを言っても無駄なのだろう。


 諦めて九朗は弁当を持って席を立った。


「どこ行くの?」

「……どこでもいいだろ」

「ちょっと、待ってよ~!」


 開きかけの弁当を閉じて明星が追いかけて来る。


「ついて来るなよ……」

「そんなに邪険にする事なくない?」

「……そっちこそ、なんで俺に付きまとうんだ」

「だってあ~しオタク君の――」

「ストップ!」


 明星が災いの言葉を言いそうになったので、九朗は慌てて彼女の顔の前に掌を向けた。


「……その先は言うな。また面倒な事になる。……俺は、目立ちたくないんだよ」

「でも今、メッチャ目立ってない?」


 言われて周りを見る。


 いきなり九朗がデカい声を出したので、周囲の生徒が何事かという顔で注目していた。


「……ぅ、ぁ、ぅ……」


 喉の奥で呻くと、九朗は早歩きでその場を去った。


 弁当を手に当てもなく廊下を歩く。


「ねぇ~。怒んないでよぉ~! 確かに罰ゲームで彼女ってのは失礼だったかもしんないけどさぁ~!」


(だから言うなって!)


 内心で叫ぶ。


 今朝の事もあり、明星が陰キャオタクと付き合っているという噂は既にかなりの範囲に広がっているらしい。


 そうでなくとも冴えない陰キャオタクの九朗がティア1女子の明星と歩いていたら悪目立ちする。


 不用意な言葉でこれ以上誤解を与えたくない。


「……そう思うならこれ以上俺に関わらないでくれ」

「なんでそんな事言うの?」


 突然悲しそうな顔をされ、九朗は焦った。


「な、なんでって……」

「オタク君はあ~しの事嫌い?」


 真面目な顔で明星が聞いた。


 その癖、答えを知るのを怖がっているようでもある。


「……別に、嫌いってわけじゃないけど」


 好きも嫌いもない。


 自分とは別の次元に住む存在だと思っている。


 ……というのは流石に言い過ぎか。


 正直に、厳密に言えば、まぁ、多少の好意はある。


 基本的には明星は良い子だ。


 トップカーストのグループにいる癖に、誰にでも分け隔てなく接し、みんなが嫌がるクラスのまとめ役なんかも率先して行っている。


 ギャルのくせに、どこか委員長っぽい雰囲気もあるのだ。


 それに明星は、他のクラスメイトのように公然と九朗をバカにした事はなかった。


 だからこそ、今回の件はショックだった。


 良い子だと思っていたのに、こんな嫌がらせをしてくるなんて……。


 それで嫌いに傾いたのに、嫌がらせにしては妙に九朗を庇ってくる。


 なにがしたいのかさっぱり分からない。


 ある意味、敵対してくるより厄介だ。


「……本当に?」


 念を押すように明星が聞く。


「……分からない」


 改めて考えると、それが正直な気持ちだった。


「……俺は、日野さんがどういうつもりなのか分からないよ」


 まさか、本気で好きなわけではないだろうが。


「あ~しはオタク君の事普通に好きだよ?」

「「「「「はっ?」」」」」


 その場にいる全員と一緒に九朗はハモった。


 静止した時間の中で、明星の顏が茹つように赤くなる。


「や、今のはそう言う意味じゃなくてね!?」

「じゃあどういう意味なんですか!?」

「だから誰だしお前! 関係ない人は入って来んなし!」


 見知らぬ男子に突っ込まれ、真っ赤になった明星が言う。


 九朗は九朗でポカンとアホ面を晒していた。


 誰もが羨むティア1女子の日野明星が冴えない陰キャオタクの俺を好き?


 ない。


 ないない。


 そんなの絶対あり得ない。


「……冗談だろ」


 でも、もし本当だったら?


 バカ!


 なにを勘違いしてるんだ!


 そんなのは俺を絶望させる為の罠に決まってるだろ!


 もう、九朗の頭の中はグチャグチャだ。


 ついでに言えば、九朗の周りもグチャグチャだった。


「マジかよ!? 日野さんが陰キャオタクと付き合ってるって噂本当だったのか!?」


 と、絶望した男子達がこの世の終わりみたいに頭を抱えて騒いでいる。


「あ~も~! なんでこうなっちゃうかなぁ!?」


 張本人の明星も一緒になって頭を抱え、茫然とする九朗の手を取った。


「オタク君! 行こう! どうせ行くあてなんてないんでしょ?」


 その通りではあるのだが。


「……行くって、どこに……」

「静かな所! とにかくさ、一度ちゃんと話しよ! 前からずっとそうしたいと思ってたの!」


 話す事なんか一つもない。


 そう言って手を振り払ってしまえばこの狂騒は終わったのかもしれない。


 だが出来なかった。


 そうするには、彼女の言動はあまりにも謎過ぎた。

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