第4話 俺は最低の人間なんだ(最高の間違いじゃない?
「……うちの学校、屋上上がれたんだ」
「宣伝してるわけじゃないからね。一年は知らない人多いっぽい。プチ穴場スポット的な?」
人工芝の敷かれた屋上にはちょっとした花壇やベンチが並んでいて、空に浮かんだ公園といった雰囲気があった。
だからだろう。
ベンチにはぽつぽつとカップルらしき二人組や女子のグループが陣取って、和やかにお弁当を食べたり世間話に花を咲かせている。
気が付けば明星に導かれるままその中の一つまで歩いていた。
「座りなよ」
先に座った明星がポンポンと隣の座面を叩く。
今更になって気持ちが落ち着き、九朗は困った。
こんな所で二人っきりでベンチに座って話していたら、いよいよカップルだなんだと誤解される。
実際、既に先客達の奇異な視線が集まり始めている。
「座りなって。取って食べやしないからさ」
黙り込む九朗に明星が言う。
眩しい程の笑顔は純粋そのもので、邪心の類はこれっぽっちも見当たらない。
そうは言っても九朗はエスパーではないので、人の内心なんか分かるわけもないのだが。
それでも座ってしまう程度には信憑性のある笑顔だった。
あるいは、今更気にする意味もないくらい既に十分以上に誤解されているというのもあっただろう。
(……どうとでもなれ)
強いて言うならそんな心地だ。
「なんか距離を感じるんですけどぉ?」
二人の間には見えない三人目がいるみたいに隙間があった。
その事を不満がるように、再び明星が座面を叩く。
「……俺にとっては近すぎるくらいだ」
明星は不満そうなジト目で九朗を見つめると、「……はぁ」と小さく溜息を吐き。
「まぁいいでしょう」
と妥協したような空気を出した。
「……それで。話ってなんだよ」
「ん~」
目の前の虚空をぼんやり眺めて、ブラブラと明星が足を揺らす。
暫くの沈黙の後、明星は言った。
「オタク君はさ。もう少しみんなと仲良くした方がいいと思うんだよね」
予想外の方向に舵をきられて九朗がたじろぐ。
心当たりがないわけではない。
むしろ、心当たりしかない。
入学して一ヵ月も経つのに、九朗には友達の一人もいない。
言い訳のしようもないくらい、完全に孤立している。
いつもの事だから気にもしなかったが。
まさか、明星に指摘されるとは思わなかった。
「……何の話だよ」
「オタク君の話じゃん」
真剣で、心配そうな顔だった。
「……余計なお世話だ」
「……そうだけど。気になるじゃん……」
俯いて、明星の足がブラブラ揺れる。
気まずい沈黙が流れた。
明星は俯いたまま、ブラブラと足を揺らし続ける。
不意に九朗はこのままでは明星が泣き出すのではないかと心配になった。
何故か分からないが、そんな空気だった。
「……別に。俺の方から避けてるわけじゃない」
嘘だった。
最初から九朗は内に籠り、話しかけるなオーラを出していた。
けれど、全くの嘘と言うわけではない。
周りの人間だって最初から九朗を避けるような雰囲気があった。
クラスには同じ中学だった生徒もいる。
彼らが新しい友達を作るのに、九朗はよくネタにされていた。
「あいつ超陰キャで、中学の頃はオタク君って呼ばれてたんだぜ」
「ウケるー。超お似合いじゃん」
そんな感じで。
それだっていつもの事だ。
中学生になる時も同じ事があったし、学年が上がる度に同じ事があった。
だから九朗は最初から諦めていた。
俺は一生、どこに行っても陰キャのオタク君なんだと。
「……責めてるわけじゃないんだよ。みんなの態度もどうかと思うし。でも、このままじゃ何も変わらないでしょ?」
地雷原を歩くように、どこか慎重な口調で明星が言う。
それでふと九朗は気づいた。
「……まさか日野さん。それで俺と付き合うとか言い出したのか?」
「えへへへ」
明星が苦い笑いを浮かべる。
「なんていうか、オタク君がみんなと打ち解けるきっかけになればいいなぁ~とか思ったりして……」
「……どうかしてるよ」
嬉しいなんて思わない。
むしろ怖いと思った。
赤の他人の為にどうしてそんな事が出来る?
理解不能だ。
「しょうがないじゃん! そーいう性格なの! 周りに困ってる人がいると見逃せないし!」
「……別に俺は困ってない」
「嘘ばっかり!」
「嘘なんかついてない」
「あり得ない」
「なんでそんな事が言えるんだよ! 日野さんは他人の心が読めるのか!?」
思わず声を荒げる。
なんだか酷くイラついた。
「読めるわけないじゃん」
「だったら――」
「悪口言われて平気な人なんかいる?」
静かに、けれど力強い口調。
明星の言う通り、九朗は日常的に悪口を言われていた。
陰口なんてものじゃない。
本人がそばにいるのに、平気でキモイだのウザいだの言うのだ。
九朗は何もしていないのに。
ただそこに存在しているだけなのに。
まるで存在する事自体が罪だとでもいう様に、わざと聞こえるように言うのである。
……いつもの事だ。
いつも。
いつも。
いつも。
ずっと前からそうだった。
だから――。
「……俺は平気だ」
その言葉に、明星がたじろいだ。
けれどそれは一瞬で、すぐにムキになって反論してくる。
「本当に? 全然まったくなんにも感じない?」
「……あぁ。俺の心は死んでるんだ」
「なにそれ。バッカみたい!」
プチンときた。
「日野さんになにが分かる!」
叫んだ瞬間終わったと思った。
大勢が見ている前で、人気者のティア1女子を恫喝したのだ。
終わりだ。
明星は一瞬ビクリとして、すぐになんでもない風を装った。
「辛そうだなって事は分かるよ」
「……勝手に同情しないでくれ」
「あと、良い人なんだろうなって事も分かる」
的外れな発言に九朗の鼻が笑った。
「はっ! 俺が良い人? 俺の噂を聞いた事ないのか?」
「あるよ。聞いてもないのに教えてくれる友達がいっぱいいるから」
皮肉るように明星は言った。
あるいは自嘲するように。
そして一つずつ指を折って数える。
「野良ネコをイジメてたとか、駅前で知らないおじさんと喧嘩してたとか、バスで痴漢してたとか」
「……っ!」
飛び出しかけた否定の言葉を飲み込む。
「……そうだよ。俺は最低の人間なんだ」
「オタク君さぁ……」
呆れた顔で呟くと。
「おまけに嘘つき」
責めるようなジト目を向ける。
九朗は何も言わなかった。
「もう! なんで本当の事言わないの? 野良ネコはイジメてたんじゃなくて怪我してたから獣医さんの所に連れてったんでしょ? 駅前の喧嘩は妊婦さんにぶつかろうとしてたおじさんを注意したせい。バスの痴漢はお客さんの財布盗もうとした女の人注意したら冤罪被せられただけじゃんか!」
九朗の心臓が跳ねた。
「なんで知ってるんだよ……っ」
言ってからしまったと口を塞ぐ。
「やっぱり! オタク君超~良い人じゃん! 世の中見てる人はちゃんといるの! そういう子達がね、あ~しに本当の事教えてくれたの。てかなんで言わないわけ?」
「……言ったって誰も信じないだろ」
少なくとも、親以外は誰も信じなかった。
だから九朗は諦めたのだ。
「そんな事! ――なくはないけど……。でも! あ~しは信じるよ!」
「……そりゃどうも。嬉しくって涙が出そうだ」
「もう! なんでそう捻くれるかなぁ?」
「そりゃ世の中の悪い事全部押し付けられたら誰だって捻くれるさ。ついでに言えば、日野さんが一人信じてくれたくらいじゃこの状況は変わらない。だから俺に関わるのはやめといた方がいい。折角人気者なのに俺なんかに関わって学校生活棒に振る事ないだろ」
「わぉ。この期に及んで他人の心配? ちょ~良い人じゃん!」
「やめてくれよ! 俺は別にいい人なんかじゃない。ただ……」
「ただ、なに?」
その先を知っているかのように、ニヤニヤしながら聞いてくる。
「……俺は、見て見ぬふりをすると自分が嫌な気持ちになるからやってるだけだ。人の為なんかじゃない。全部自分の為だ」
「あ~しも同じ! オタク君の事とかどーでもいいの! オタク君をほっといたらあ~しが気分悪いからやってるだけ! だからやめない。残念でしたぁ」
冗談めかしてギャルピース。
「……最低だな」
「そう。あ~しは最低なの。みんなが言うような良い子ちゃんなんかじゃないんだから」
笑顔で言うと、明星は気持ちよさそうに息を吐く。
「はぁ~、スッキリした! やっぱり話して正解だったし。これで心置きなくオタク君の為に頑張れそう」
言ってから。
「あ、今の訂正。自分の為ね?」
「……どっちでもいいし頑張らなくていい。頼むから俺の事はほっといてくれ」
「嫌だってば。オタク君がいい人だって分かった以上ほっとけないよ。ていうか、もう学校中にあ~しらが付き合ってる事知れ渡ってるから。今更引けないっしょ?」
「……付き合ってない。日野さんが勝手に言ってるだけだ」
「そうだけど、みんなはそうは思ってないし? むしろオタク君が一人で勝手に付き合ってないって言い張ってるまであるし? もう諦めてあ~しに協力しちゃいなよ」
「勘弁してくれ……」
げっそりと頭を抱える。
悔しいのは、なにもかも明星の言う通りだという事だ。
底辺カーストの陰キャオタクの話を聞くものなど一人もいない。
どうした所で九朗には明星の恋人宣言をひっくり返す力はないのである。
「……そもそも、協力ってなにする気だよ」
「お? 興味出てきた?」
「……出てない。ただ聞いただけだ」
「なんでもいいけど。あ~しに考えがあるの! 題して、オタク君大改造計画!」
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