第11話 取り消せよ……(オタク君、かっこよスギィッ!?

 教室が静まり返る。


 相手は明星と同じ人気者グループに属する渋谷拓海しぶや たくみだ。


 ウェイ系とでも言うのだろう。


 派手な金髪と日焼けした肌が特徴的な長身の細マッチョである。


 一応一組の男子の中ではムードメーカー兼リーダー的な立ち位置のようである。


 自分が話題の中心にいないと我慢ならない性格のようで、自分以外の男子が目立っていると不機嫌になって嫌がらせを始める困った奴だ。


 見た目も強そうなので、一組の生徒の中ではなんとなく拓海のご機嫌を伺うような空気が出来上がっていた。


 言うまでもなく、九朗の苦手とするタイプである。


 これまでの人生を振り返ると、九朗はいつもこの手の人間に目を付けられ、嫌がらせを受けてきた。


 自分の地位を周りに誇示し、逆らったらどうなるかの見せしめに使っているのだろうが、平穏を望む九朗としては迷惑以外の何ものでもない。


 だから九朗は目立たぬよう、息を潜めて生きてきたのだが。


 どうやらイケメンになった事で(九朗的にはまだ認めていないが)拓海のご機嫌を損ねてしまったらしい。


 予想していた事ではあったのだが。


(……面倒な事になったな)


 そう思いつつ億劫そうに拓海に視線を向ける。


「ヒィッ!?」


 途端に拓海は青くなってたじろいだ。


 まるで、道端で熊にでも出くわしたような態度である。


 さもありなん。


 九朗的には普段通りのつもりだが、他人から見ると「なんだお前。ぶち殺すぞ」みたいな目なのである。


 そもそも九朗は黒い噂が山盛りで、何をしでかしてもおかしくない犯罪者予備軍みたいな扱いを受けていた。


 そんな奴に殺気だった(ように見える)目で睨まれたら誰だって怖い。


 が、そこは腐っても一組のボス猿だ。


 なんとか一歩下がった程度で踏み止まると、好戦的な表情を作って凄んでくる。


「な、なんだよその目! 文句あんのか!」

「……いや、別に」


 まぁ、あるかないかと言われたらあるのだが。


 入学以来拓海には散々バカにされてきたし、調子になんか乗ってないし、何もしてないのになんでいつも絡んでくるんだお前はという気分である。


 が、言った所で無駄に相手を刺激するだけだ。


 最終的に喧嘩になればこっちが悪者にされるのは目に見えている。


 いつかのように親に迷惑をかけるのも嫌なので、九朗は我慢の道を選んだ。


 それなのにだ。


「この野郎、ちょっとばっかしチヤホヤされてるからっていい気になるなよ!」


 拓海はヒートアップするばかりである。


 一体なんと答えたら満足するのか。


 恋愛シミュレーションならまだしも、こんなチャラ男相手にパーフェクトコミュニケーションを探す気にはならないが。


「ちょっと渋谷君! 落ち着きなって! なにカリカリしてんのし!」


 慌てた明星が止めに入る。


 拓海は裏切り者を見るような目で明星を睨んだ。


「日野さんこそどういうつもりだよ! 急にオタク野郎の肩持って! わざわざ髪切ってイメチェンとかおかしいだろ!?」

「だってオタク君あ~しの彼氏だし。あ~し好みのイケメンに改造したって別によくない?」

「意味分かんねぇ! オタク野郎をその気にさせてからかうんじゃなかったのかよ!?」

「そうだよ明星。話が違うじゃん」


 援護射撃を行ったのは同じく人気者グループの女子である影山真宵かげやま まよいだ。


 こちらは外見だけは黒髪ロングの清楚系美少女である。


 中身は拓海と大差ないが。


 そのような性格なので、女子は大体真宵の顔色を伺っている。


 ただしこちらは明星がいるので、人気的には二番手と言った所だろう。


 かなりキツイ性格をしているので、一組の中では影の女帝なんて呼ばれている。


 ともあれ、二人の発言に九朗は「嘘だろ……」という顔で明星を見た。


「違うって! 二人が勝手に言ってるだけ! あ~しは全然そんなつもりじゃなかったから!」


 本当だろうか……。


 九朗の中で疑念の炎が小さく灯る。


「ちょっと! オタク君! あ~しとこの二人、どっちを信じるわけ!?」


 その言葉と悲しそうな表情で正気に戻った。


「……すまん。まったくもってその通りだ……」


 明星の行動と言動に怪しい所など一つもない。


 むしろ潔白過ぎて怪しいくらいだが、だからと言って疑うのは筋違いである。


 やり方は強引だが、明星は彼女なりに九朗の境遇を改善しようと頑張っているのだ。


 そんな義理など一つもなければメリットだってないにもかかわらず。


 むしろデメリットしかない。


 実際この通り、仲間内で揉めることになっている。


 そこまでしている明星を疑うなんて、不義理なんてレベルではない。


 勿論九朗にも、そう考えてしまうだけの理由はあるのだが。


 それはそれとして自分が許せず。


「バカバカバカ、俺のバカ……」


 ポカポカと自分の頭を叩いた。


「……オタク君、なにやってんの?」

「反省してる……」


 キョトンとする明星に告げる。


「ブフッ」


 明星が吹き出し。


「ちょっと、笑わせないでよ! オタク君可愛スギィッ!」


 ケラケラと屈託なく笑う。


 大真面目だった九朗としては恥ずかしい。


 大体だ。


「……俺が可愛いとか。やっぱり日野さん、目がおかしいだろ……」

「いやいや、その見た目で頭ポカポカは可愛すぎでしょ! マジ反則! お腹痛いし!」


 そう言って明星は涙を拭い、二人に向き直る。


「てかさ、この際はっきり言っちゃうけど、あんたらのそ~いう態度、前からどうかと思ってたんだよね。トップカーストが云々とかマジどーでもいいから。同じクラスの仲間じゃん? なんで仲良く出来ないわけ?」

「おいおい、どうしたんだよ日野さん。そいつの噂は知ってるだろ? 仲良くするとか冗談じゃねぇ! どの面下げて学校来てんだってレベルの悪人だろうが!」

「そーだよ明星。そんな奴に優しくするとか意味わかんないし。頭沸いてんじゃないの?」

「だから、それは誤解だって言ってんじゃん! 本当はオタク君超イイ人なの! なんで分かってくんないわけ!?」

「いやそれ絶対嘘だし。日野さん騙されてるって」

「だよね。前からヤバい奴だと思ってたけど、この顔だよ? 絶対黒確。間違いないじゃん。みんなもそう思うっしょ?」


 真宵に圧をかけられてクラスメイトが一斉に頷く。


「顔は関係ないでしょ! 人を見た目で判断しちゃだめって教わんなかったわけ?」

「そういう言葉ができるくらいみんな見た目で人を判断するって事だろ」

「そうそう。むしろ今は人は見た目が9割りの時代じゃん。泥棒みたいな見た目の奴は大体泥棒だし、悪そうな奴は大体悪人でしょ」

「そうかもしれないけど……オタク君は違うから!」


 なにを言っても多勢に無勢だ。


 明星がどれだけ頑張っても、なに言ってんだこいつは? という空気にしかならない。


 世の中は正しい言葉が勝つのではない。


 大勢に支持された言葉が勝ち、勝った言葉が正しいとされるのだ。


 その事を九朗はこれまでの人生で嫌と言う程思い知らされてきた。


 だから明星に勝ち目がない事も分かってしまう。


「……もういいよ日野さん。俺はどう思われても平気だから……」

「あ~しが平気じゃなの! オタク君は黙ってて!」

「ぁ、はい……」


 すごい剣幕で睨まれたらそう答えるしかない。


 九朗としては、自分なんかの為にそこまでしないで欲しい。


 このままでは明星まで嫌われ者のポジションに落されてしまう。


 それだけは阻止したいと思うのだが。


「はは~ん。わかった。明星さぁ、オタク君があんまりイケメンだからガチ惚れしちゃったんでしょ? それで肩持ってるんだ? 口ではそれっぽい事言ってるけど超ビッチじゃん」


 勝ち誇るような顔で真宵が言う。


「はぁ!? 違うし! そんなんじゃないから!」

「いやいや、違わないでしょ。そうじゃなかったらこんな奴庇う理由ないし。確かにオタク君、顔だけは良いもんね~? キッショ。流石に引くわ。どんだけ面食いなわけ?」


 親指を下げ、うげぇと明星が舌を出す。


「おい真宵。流石にそれは言い過ぎだろ……」

「は? 拓海はどっちの味方なわけ?」

「そ、それは勿論真宵だけど……」


 すごい顔で真宵に睨まれ、拓海は明星の顔色を伺いながら弁解する。


 どうやら複雑なパワーバランスがあるらしいが。


 九朗の知った事ではない。


「取り消せよ」

「ヒィッ!?」


 流石に聞き咎めて話に割り込む。


 普通にしていても十分怖い九朗である。


 そんな九朗にガチで睨まれたらマジで怖い。


 死神の一瞥を受け、半泣きになった真宵が拓海の背後に非難する。


「日野さんが本気で俺に惚れてるって? バカ言うなよ。こんな良い子が俺みたいな底辺陰キャを好きになるわけないだろうが! 日野さんはただ、ボッチの俺を憐れんで優しくしてくれてるだけだ。そこんところを勘違いしないでくれ」

「「は、はひっ!?」」


 言われるがまま、ブンブンと二人が頷く。


「……分かったんなら話は終わりだ。これ以上俺に関わるな」

「「はひっ!」」


 二人が席に戻る。


 教室の空気は凍ったままだ。


「……なにを見ている。見世物じゃないんだぞ」


 唖然とするクラスメイトを睨みつけると、彼らはサッと視線を逸らして日常を取り繕った。


(……なんとか納まったか)


 内心でほっと溜息を吐き、ポカンとする明星に向き直る。


「……こんな顔でも少しは役に立つみたいだな」


 皮肉な笑みでぼそりと言う。


「もう! オタク君、急にかっこいいじゃん!」


 嬉しそうに肘鉄をされ、九朗の指先が頬を掻いた。

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