第7話 俺がイケメン? そんなわけないだろ……(馬鹿言ってると流石に怒るよ?

「……だから言ったんだ。だから嫌だったんだよ!」


 今更言っても遅いのだが。


 それでも言わずにはいられない。


 忘れたくても忘れられない、それでも必死に忘れようとした嫌な思い出の数々が一気に頭を駆け巡る。


 九朗は普通にしているだけなのに、みんな彼を怖がった。


 それでも友達が欲しくて必死に愛想よく振る舞ったら相手を泣かせ、いじめっ子の烙印を押された。


 だから決めた。


 もう二度と人前で顔は見せないと。


 だからキモイとか陰キャとか言われても前髪を伸ばし続けたのだ。


 それなのに、また同じ間違いをしてしまった。


 信じるんじゃなかった。


 なんで信じてしまったのか。


 裏切られた気分だ。


 明星を責めるよりも、自分の馬鹿さ加減に腹が立った。


 どうして彼女なら、こんな醜い顔でも気にしないかもしれないなんて思ってしまったのだろう……。


 とうの明星は余程ショックだったのか、つぶらな両目を全開にし、オバケでも見たような顔で固まっている。


 こんな時、なんて言ったらいいのだろう。


 醜くてゴメン?


 流石の九朗もそこまで卑屈ではない。


 けれど、そんな皮肉を言いたい気分でもある。


 チュ、醜くてゴメン。


 生まれてきちゃってゴメン。


 チュ、気持ち悪い顔でゴメン。


 気になっちゃうよね、ゴメン。


 失望したよね、ざまぁ。


 バカみたいな替え歌を思いつく。


 惨め過ぎて笑えてくる。


 実際は、今にも泣いてしまいそうだ。


 魔法が解けたみたいに、急に明星が立ち上がった。


 スーハーと大きく深呼吸し、九朗の顔面に思いきり人差し指を向ける。


「メチャクチャイケメンやないかぁあああああい!」

「………………ぇ?」

「ぇ? じゃあないんだよ! ぇ、じゃあ! こっちはゾンビみたいな顔でも絶対顔に出さないぞ! ってすっごい覚悟してたのに! 普通にイケメンじゃん! 逆にびっくりしたわ!」


 明星は明星で裏切られたという顔でブンブン腕を振っている。


 九朗にはさっぱり意味が分からない。


「なに言ってるんだ? 俺がイケメン? そんなわけないだろ……」

「まだ言うか! その顔でブサイクとか言ってたら怒られるよ!? 確かに目つきは怖いけど、それだけじゃん! 普通にイケメン! いや、むしろメッチャイケメン! 俳優みたい!」


 今度は九朗の口がポカンとする番だった。


 こいつ、なにを言ってるんだ?


 暫し呆けと、ふと気付く。


「……あぁ、そうか。俺を傷つけないようにお世辞を言ってくれてるのか……。気持ちは嬉しいけど、流石にそれは無理があるって……」

「ち~が~う~! マジ本音! 事実しかないから!」

「………………もしかして日野さん、物凄く悪趣味で美的感覚が終わってるとか?」

「終わってるのはオタク君の自己肯定感だから! あ~しは普通! イケメンが好きってわけじゃないけど、みんながイケメンって言ってる人達はまぁそうかなって思うから!」

「だって、そんな、あり得ないだろ!? この俺がイケメンのはずない! 何かの間違いだ!」

「まだ言うか!」


 怒り混じりの呆れ顔でフンスと息を荒げると、明星が手鏡を持ってくる。


「嘘だと思うなら自分の目で確かめてみなよ!」

「やめろ! 見たくない! 誰よりも俺が一番この顔を嫌ってるんだぞ!?」

「オタク君はメデューサかっての!」


 顔を背ける九朗に明星が鋭いツッコミを入れる。


「え? 日野さん陽キャなのにメデューサ知ってるの?」

「友達の付き合いでギリシャ神話の映画見た事あるから。って、そんな事はマジでどぉおおおでもいいから! 鏡見ろし!」

「嫌だってば! 俺がイケメンだなんてあり得ない! 日野さんが嘘ついてるか目が腐ってるかのどっちかだ!」

「はぁああああああ!? あ~しは嘘なんかついてないし視力は両方裸眼で2,0だし! 腐ってんのはオタク君の根性でしょ! わけわかんない事言ってないで鏡見て! そんなんただの現実逃避じゃん!」

「だ、だって……」

「だってはなし! これはもうオタク君だけの問題じゃないから! あ~しの信用の問題でしょ!」


 そう言われるとその通りである。


 明星は九朗の顔をイケメンだと言っている。


 確認もせずに嘘だと決めつけるのは不義理だろう。


 ……だとしても、自分の顔を確認するのにはかなりの勇気が必要だった。


 ちゃんと確認するのなんて、それこそ小学生の頃以来だ。


 こんな顔だから九朗は鏡嫌いで、前髪で隠れていても見ないようにして過ごしていたのだ。


「……わかった。確認するから、ちょっとだけ時間をくれ……」

「早くしてよ! あ~しの気持ち絶対わかるから!」


 じれったそうに明星が言う。


(……まさか、俺を引っかける為の嘘じゃないだろうな……)


 この期に及んでそんな事を考えた。


 明星はそんな卑劣な嘘をつく人間ではない。


 そう思っているのにも関わらず、疑わずにはいられない。


 それくらい自分がイケメンだというのは信じられない事だった。


「スー、ハー、スー、ハー……。い、行くぞ……」

「カモン!」

「……………………本当に行くからな!」

「ああもうじれったいなぁ!?」


 明星が身を乗り出し、空いている手で九朗の前髪をかき分けた。


「日野さん!? って、うわぁあああああ!?」


 驚いて九朗は後ろにひっくり返った。


「ぇ……。なにそのリアクション……」


 明星はドン引きである。


「だ、だって! 俺の顏に知らない奴の顏がくっついてるんだぞ!? 驚くだろ!?」

「……オタク君さぁ。それ、マジで言ってんの?」


 ヒクヒクと口元を痙攣させながら明星が呆れる。


「俺はいつだって大真面目だ! わ、わかったぞ! さては日野さん、その鏡になにか仕掛けただろ! イデッ!? なんで叩くんだよ!」

「オタク君がイミフな事ばっか言うからでしょ!? 鏡に映ってるのは正真正銘百二十パーセント混じりっ気なしにガチでマジのオタク君の顏! だから言ったじゃん! 成長したら人相なんか変わるんだって!」

「それにしたって変わり過ぎだろ!? ほとんど別人だぞ!?」

「あ~しに言わないでよ! オタク君の顏でしょ!」

「そ、そうだけど……。本当にアレが俺の顏なのか?」

「そうじゃなかったら逆に怖いし! もう何度でも気が済むまで確認しなよ」


 明星が再び手鏡を向け。


「ヒィッ!?」


 と九朗が顔を背ける。


「それ、まだやる気? いい加減鬱陶しいんだけど……」

「だ、だって……」


 怖い顔で睨まれた。


「そんな顔しなくたっていいだろ!?」

「こっちは散々被害者面でブサイクだなんだって脅されたんだよ? 人の事散々心配させて蓋を開けたらイケメンでしたってなに!? その上あ~しは怒る権利もないわけ!?」

「うぐ……。その通りだ……。全面的に俺が悪かったです……」


 でも、九朗だってまさか自分の顔がここまで変わっているとは思っていなかった。


 思うわけない。


 なんなら夢かと疑っている。


 次に鏡を見たらバケモノみたいな顔が映るような気がして怖いのだ。


 だが、いつまでもそんな腑抜けた事は言ってられない。


 再び意を決すると、前髪をかき分けて恐る恐る鏡を見る。


「……これが俺? 信じられん……。お前は本当に俺なのか?」


 鏡に映る目つきの悪いイケメン男に語り掛け、ペタペタと数年ぶりにみた素顔に触れる。


「うわぁ~……。なんか今のオタク君、メッチャナルっぽい」

「ナルっぽい?」

「ナルシストって事」

「なっ!? そ、そんなんじゃない! 顔は変わっても心は冴えない陰キャのままだ!」

「なんの自慢だし……」


 やれやれと呆れると、明星はエプロンのポケットからプロっぽいハサミを取り出した。


「で、髪型どうする? イケメンだったんだし、髪切るのに文句ないよね?」

「ある……とは流石に言えないか……」


 ここまで来て嫌がったらそれこそ明星に対して失礼というものだろう。


 顔面の変化に気づかせてくれたという意味では、明星は今後の人生を変えてくれた恩人という事になるのかもしれない。


 とは言えだ。


 小学生の頃から伸ばしっぱなしでまともな髪型になんかした事のない九朗である。


 どんな髪型と言われてもなにも思いつきはしない。


 それでも必死に考えた結果。


「……お、お任せで」

「それ、正解」


 明星はニヤリと笑って九朗の頭に散髪用のポンチョを被せた。


「イケメンのオタク君によく似合う、最高にクールな髪型に仕上げてあげるから」

「や、やっぱり普通で!」

「ダメで~す! 忘れてるかもしれないけど、一応オタク君はあ~しの彼氏って事になってんだから! 誰もが羨む最高のイケメン彼氏になって貰わないとね?」


 悪戯っぽく片目を瞑り、ジャキジャキと容赦なく前髪を切っていく。


「日野さん!? 切りすぎだって!?」

「はいオタク君は黙っててね~。動くとお耳がなくなっちゃうよ~?」

「そんな事言ったって――」


 唐突に九朗は黙った。


 そしてギュッと目を瞑る。


 目の前で明星の胸が揺れていた。

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