第13話 死にたい……(……ヤバい、超ソワソワする!
「………………死にたい」
翌朝。
昨日の事を思い出し、九朗はベッドで悶えていた。
『俺、日野さんの彼氏になるから。あいつらだけじゃない。学校中のみんなが羨むような立派な彼氏になって日野さんが正しい事を証明するから。だから、ごめん……。泣かせてごめん。さっきは俺が悪かった。全部取り消す。もう二度と君を泣かせない』
目覚めた瞬間これを思い出したのだ。
まるでエコーズACT1に音を貼り付けられたみたいに、ずっと頭の中で繰り返されている。
……恥ずかしいッ!
バカバカバカバカ俺のバカ!
冴えない陰キャオタクの癖に、どの面下げてあんな事を!
しかも学校でも一、二を争う美少女の陽キャギャルを相手にして!
あんな恥ずかしい台詞、ラブコメの主人公だって口にしない。
全く、これだからオタク君はさぁ……。
脳内ギャルも呆れている。
でも、あの時はあれが正しい答えだと思っていた。
今だって、死ぬほど後悔はしているが、間違った事をしたとは思っていない。
だって明星は九朗の為に人気者の立場を投げうってまで手を差し伸べてくれたのだ。
あそこで覚悟を決めなければ、九朗も見て見ぬふりをするその他大勢と同じになる。
いや、もっと悪い。
間接的に明星を貶め、拓海達の味方をする事になる。
だから、明星に協力する事自体はなに一つ間違っていない。
……ただ、言い方がアレだった。
あまりにもアレだ。
臭すぎた。
プンプン臭う。
例えるなら概念的シュールストレミングだ。
もし時間を巻き戻せたなら、もっと身の丈に合ったマイルドな言葉でやり直したい……。
……まぁ、そんな事の為に明星をもう一度泣かせるのはごめんだが。
「くーちゃ~ん! 朝ごはん出来てるわよ~!」
一階の母親が九朗を呼ぶ。
「今行くよ!」
九朗は答え、むくりと起き上がる。
そして、パンパンと頬を叩いて気合を入れた。
†
やってきたのは通学路の途中にある商店街。
その中ほどにある休憩エリアとしか言いようのない場所だ。
銀色の手摺と街路樹で区切られた小さなスペースには、灰皿が撤去された屋根付きの元喫煙所やベンチが並んでいる。
放課後になると、帰宅途中の学生が商店街で買った総菜を手に駄弁っている姿をよく見かける。
真ん中には地元の子供達に勇者の剣と呼ばれている、台座に突き刺さった伝説の勇者の剣にしか見えない謎のオブジェが建っている。
先に来ていた明星はその隣で携帯を眺めて待っていた。
昨日明星を泣かせた後、二人で少し話をした。
連絡先を交換しようと言い出したのは九朗からだった。
それ以前に明星に何度か迫られたが、のらりくらりと躱していた。
連絡先を交換したら、いよいよ明星の恋人ごっこに付き合う羽目になってしまう。
だから逃げていたのだが、ちゃんと(というのも変な話だが)彼氏役をすると決めたからには、連絡先を交換した方がいいと思った。
ただそれだけの事なのに、明星は妙に喜んでいた。
ホッとしたような、安心したような態度だった。
それで改めて、九朗は自分の曖昧な態度がどれ程明星を不安にしていたのかを思い知った。
当然だ。
向こうは捨て身で九朗を助けようとしているのに、肝心の九朗が消極的では不安だろう。
そう。
人気者のティア1美少女で、向かう所敵なしみたいな陽キャギャルでも、不安になる事くらいあるのである。
むしろ、クラスの人気者の座から転落した分、明星の方が余程不安を感じている筈だ。
それで九朗は提案したのだ。
『……明日から、一緒に学校に行かないか?』
あんな事があった後だから、明星は学校に行きづらいはずだ。
教室に入っても、みんな明星を無視するだろう。
それどころか、九朗に対してやるように、公然と陰口を言うかもしれない。
拓海達ならやりかねないし、二人がやればクラスの連中もそれに習うだろう。
自分のせいで明星が辛い目に遭うのはごめんだ。
こんな事になったからには、責任を持って明星を守らなければいけない。
そんな気持ちで言ったのだ。
言われた時、明星はポカンとしていた。
そしてグスグスとまた泣きそうになって九朗を焦らせ――。
『……そうしてくれると嬉しいかも』
それでこうして勇者の剣の前で待ち合わせをする事になったのだが。
(……なんか、恥ずかしいな)
誰かと待ち合わせて学校に行くなんて初めての経験だ。
しかも相手は女の子で、改めて見るまでもなく冗談みたいな美少女だ。
下心なんか欠片もなくても、なんだか気恥ずかしい気持ちになってしまう。
一歩、また一歩と近づきながら、いったいなんて声をかけようかと九朗は悩んだ。
「……お、おはよう。日野さん……」
結局出てきたのは平凡な朝の挨拶だった。
ハッとして明星が顔を上げる。
先程までの眠そうな無表情が嘘みたいに消し飛んで、一口目の炭酸みたいにハツラツとした笑顔が浮かぶ。
「オタク君! おはよー!」
いかにも待ってましたと言うような態度だが、そんなわけはないと頭の中で打ち消す。
明星はいつでも元気な子だ。
自分の為になんて思うのは自惚れが過ぎる。
「……待たせてごめん」
「いいのいいの。あ~しが勝手に早く来ただけだし」
昨日の涙が嘘みたいな笑顔で言う。
「……明日からはもっと早く来るよ」
「もう! いいってば! なんかソワソワして早く出ちゃっただけだし! それより行こう!」
「……あぁ」
二人並んで朝の商店街を歩く。
やはり、今日の明星は普段よりも元気に見えた。
ウキウキしていると言うか、やる気に満ち溢れていると言うか。
「なにオタク君? あ~しの顔になんかついてる?」
言われて九朗はハッとした。
視線を隠してくれる便利な前髪はもうないのだ。
こんな風にジロジロ見たら怪しまれるに決まっている。
「……そういうわけじゃないけど」
慌てて視線を逸らし。
「……なんか日野さん、元気だなと思って」
「あは! わっかるぅ?」
有り余る元気で飛び出すように明星がドンと肩をぶつける。
「だってやぁ~っとオタク君がその気になってくれたんだもん! しかも自分から一緒に行こうって誘ってくれるなんて超~頼もしいじゃん! マジ百人力って感じ!」
「……大袈裟だって。俺じゃ百人力どころか、一人分でも怪しい所だ……」
「もう! オタク君すぐネガる! 悪い癖だよ? てか鏡見ろし! その顔だけでも五十人力くらいはあるっしょ! 拓海達だってビビってたし!」
「……まぁ、顔が怖いのは認めるが……」
「しかもイケメンで優しいじゃん? 昨日のアレとか超ヤバかったし! マジ恋愛ドラマのヒロインになった気分! 別人みたいにキリっとした目で『俺、日野さんの彼氏になるから――』」
モノマネされて九朗が悲鳴をあげる。
「わぁー!? 頼むから、言わないでくれ! 恥ずかしくて死んじまう!」
「なんでし! 超イケメンだったじゃん! 女の子が一生に一度は言われてみたい言葉フルコースって感じで! 特に『もう二度と君を泣かせない』の所が――」
「聞きたくないって言ってるだろ!?」
両手で耳を塞ぎ、真っ赤になってイヤイヤと首を振る。
そんな九朗を見て明星が爆笑する。
「あははは! しかも可愛いし! 全部合わせたら百人力以上かも!」
「……勘弁してくれ」
耳まで赤くなりながらゲッソリと呟く。
全くこの女は。
心配していたこっちがバカみたいだ。
……まぁ、元気がないよりはよっぽどマシなのだが。
と、不意に明星が悪戯っぽいニヤニヤ顔を浮かべる。
「てかさ、オタク君。実はあーし、男の子と一緒に登校するの初めてなんだ」
「……俺だって初めてだ」
「そうじゃなかったら逆にびっくりだし!」
そんな事にもケラケラ笑い。
「つまりなにが言いたいかって言うと! ……こうしてるとあーしら、マジで付き合ってるみたいじゃない?」
声を潜めてニヤリと笑う。
「みたいじゃない。実際に付き合ってるんだ」
真顔で答える九朗に明星はキョトンとし。
「お、オタク君!?」
真っ赤になって慌てだす。
「分かってる。本当はそうじゃないって事は。けど、俺は本当のつもりでやる。そうでなきゃ誰もが羨む彼氏になんかなれっこないし、協力してくれる日野さんにも失礼だ」
「そ、それはまぁ、そうなんだけど……いや、ぅん……」
急に覇気がなくなって、モジモジ照れ照れ指先を弄り出す。
「……俺、間違った事言ってるか?」
不安になって尋ねてみれば。
「間違ってはないよ!? むしろ正解過ぎて焦るって言うか、急にやる気だからビックリしたって言うか……」
「まぁそうだろうが。……昨日日野さんに誓ったからな。約束した以上は守るつもりだ」
でないと嘘つきになってしまう。
それはイヤだ。
それだけの話なのだが。
「オタクきゅん……」
明星はうっとりした顔で胸を押さえ。
「……その顔でそのセリフは一騎当千じゃん……」
などとブツブツ言っている。
そうこうしている内に学校が見えてきた。
(……なんか、あっと言う間だったな)
不思議な感覚だった。
同じ通学路の筈が、明星と一緒に登校すると何倍にも短く感じられる。
なんて思っていると。
「おい見ろよ。あいつだぜ」
「昨日商店街で日野さんの事泣かせてたんだろ?」
「やっぱあいつ、日野さんの弱み握って無理やり彼女にしてんだよ」
「だと思った。そうじゃなきゃ、いくらイケメンだってあの日野さんがあんな下衆野郎と付き合う訳ないもんな」
「でもそうなると、気になるのは日野さんの弱みよね」
「優等生キャラってのは建前で、実は裏でパパ活してたり?」
「あははは! ありそ~!」
登校中の生徒達が、あちらでこちらで好き勝手な事を言っている。
それに気づいたのか、明星は急に静かになって俯いた。
恥ずかしくって惨めでいたまれない顔をしている。
九朗は今すぐにでも陰口を言った連中を一人ずつぶっ飛ばしてやりたい衝動にかられた。
だが、そんな事を現実にやったらおしまいだ。
「……俺は知ってる。日野さんはそんな人じゃない」
そう呟くのが精一杯だった。
それで明星の背筋が伸びた。
無敵の笑顔を取り戻し。
「うん。あーしもオタク君はそんな人じゃないって知ってるから!」
だから、一緒に頑張ろう。
力強い目が言っていた。
そして戦いの幕が上がる。
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