第14話 陰キャオタクがいっちょ前にイチャイチャしてんじゃないわよ!(はぁあああ? KY女にはカンケーないんですけどぉおおお!?

(やっぱりあんな事言うべきじゃなかったんじゃないだろうか……)


 昼休み。


 今日も今日とて母親のスペシャルな弁当を食べながら、早速九朗はヘタレていた。


 本日は教室のド真ん中にある明星の席に椅子を寄せている。


 九朗としては目立ちたくなかったので窓際最後尾の自分の席か屋上で食べたかったのだが明星にダメだと言われた。


『だってあーしら悪くないし! コソコソする理由なんかないじゃん! ていうか、コソコソしてたら逆にこっちが悪いみたいな空気になっちゃうし! むしろここは見せつけるくらい堂々としてなくちゃ!』


 というのが理由らしい。


 理屈の上ではその通りだが、九朗としてはそんな事をしたら悪戯に拓海達を刺激する事になるのではという不安もある。


 とはいえそれを言ったら「もぉ! オタク君どっちの味方!?」と責められかねないので明星の案に従ったのだが。


 予想通り、針のむしろな気分を味わっている。


 クラスメイトは中央に陣取る二人を避けるように机を並べている。


 九朗としてはコロシアムの中に放り込まれたような気分である。


 クラスメイトの反応はグループによってさまざまだ。


 気まずそうに当たり障りのない話題で盛り上がっている風を装いつつチラチラこちらを気にする中立派。


 大きな声では言わないが、自分達は拓海派だとアピールするようにコソコソと陰口を呟く消極的拓海派。


 拓海達と明星が揉めているのをチャンスと捉え、積極的にこちらの陰口を言って拓海派に媚びを売る積極的拓海派。


 そしてわざとらしい程あけっぴろげにこちらの陰口を言って他の生徒に圧をかける拓海と真宵こと拓海派だ。


 まぁ、実際は真宵が一番の明星アンチと言った様子だが、拓海も諦めたのか、真宵のご機嫌と取るかのように陰口に乗っかっている。


 九朗を擁護する声がないのは当然として、明星を庇う声が聞こえないのは物悲しい。


 明星はこの通りの性格だから、九朗以外の生徒にもあれこれ世話を焼いていた。


 入学したての頃なんか、ボッチの子を見つけては話しかけ、それとなく相性の良さそうなグループに入れるよう間を取り持っていた。


 拓海達の標的にされた所を明星に助けて貰った生徒も一人は二人ではない。


 そんな有様だから、拓海達からしても明星は目の上のたんこぶだったのかもしれない。


 そんな彼らがなぜ人気者グループを作っていたのか謎なのだが。


 考えてみればこれも簡単な話だった。


 明星は一人でもクラスのトップオブトップに立てる実力がある。


 そこに目を付けた拓海と真宵が強引にすり寄ってなし崩し的にグループを形成したといった雰囲気だ。


 明星も二人を敵に回すよりは一緒のグループになって内側からコントロールした方が被害を抑えられると考えたのだろう。


 それで次第に拓海達がターゲットに出来る相手が減っていき、最後に残ったのが九朗だったという感じである。


 思い返してみると、以前にも明星は九朗をフォローするような態度を取っていたのだが、拓海達を刺激しないようなやり方なので、九朗には分からなかった。


 その頃の九朗からしたら明星も性悪な陽キャグループの一人でしかなかったので、自分達の仲間がからかったのをフォローした所でマッチポンプ的にからかわれているとしか思わなかったのである。


 ちゃんと明星と話してみて、全くの誤解だと気づいたわけだが。


 なんにせよ、そんな聖女みたいな子が自分のせいでハブにされているのは心苦しい。


 どうにかしたいという気持ちはあれど、どうしようもないのが現実で、ならばいっそこの関係を解消した方がこれ以上彼女を傷つけずに済むのでは……と思ってしまう。


「……オタク君さぁ。ま~たネガティブな事考えてるっしょ」


 ジト目で睨まれドキッとする。


「……いや、まさか。全然……」

「はいウッソ~! オタク君嘘下手スギィッ! 超キョドってるし、目ぇ泳ぎ過ぎだから!」

「あぅ……」


 呻いて九朗は顔を隠した。


 これまでの人生の大半を前髪に頼っていた九朗である。


 常人が日常生活で必要に迫られて習得する表情筋のコントロール能力が完全に欠落しているのである。


「まったく……。まぁ、嘘が上手いよりはマシだけど。てかその顔でその反応は可愛すぎだから。マジ、オタク君が女子だったら200パーぶりっ子って言われてるよ?」


 わけのわからない事を言われて、とりあえず九朗は赤面した。


「だって……仕方ないだろ。今までずっと前髪で顔が隠れてたから……」


 口を尖らせる九朗を見て、明星がやれやれと溜息を吐く。


「だ~か~ら~。その顔でそのリアクションは可愛すぎだってば!」

「可愛くないだろ!? 確かに日野さんの言う通り後ろ向きな事考えてたけど、だからって顔をからかう事ないじゃないか!?」


 バカにされていると思って九朗は傷ついた。


 味方だと思っていたのにどうして急にみんなの前でそんな事を言いだすんだ?


 明星は明星で焦っていた。


「ちょ、急に怒んないでよ!? 別にからかってないから! 本当に可愛かったの!」

「まだ言うのか!? この顔のどこが可愛いって言うんだよ!」

「どこがとか言われても困るけど……。あれじゃん? 強面のイケメン俳優が美味しそうにソフトクリーム食べてたら可愛いスギィ~ッ! 的なや~つ。わかんない?」

「わかるわけないだろ!」

「え~! 絶対わかるって! そこはもっとオタク君も歩み寄ってよ! 強面のイケメン俳優をオタク君の好きなアニメのキャラに置き換えるとかしてさぁ!」


 言われて九朗はハッとした。


「……確かに。そう言われると可愛いかも……」

「でしょ! ちなみに誰想像したの?」

「……ベジータ」


 ブフッ! とクラスの三割程が吹き出した。


「誰それ? 有名なアニメ?」


 ハテナと首を傾げる明星に、少なくない数のクラスメイトが「マジで言ってんの!?」みたいな顔をする。


「……だと思うが」


 九朗も似たような気持ちだが、友達がいないのでそんなものかなとも思ってしまう。


「ふ~ん。まぁ、ぶっちゃけあ~しアニメとかあんまり見ないから言われても分かんないかも」

「……じゃあなんで聞いたんだよ……」

「ワンチャン知ってるかもしれないでしょ? 物は試しじゃん!」

「……それはそうだけど。逆に日野さん、なんのキャラなら知ってるんだ?」

「ん~。サザエさんとかアンパンマンなら自信あるかも?」

「サザエさんとアンパンマンって……。そのラインナップで強面のイケメンキャラなんかいるのか?」

「え~! いるじゃん! アナゴさんとか!」

「アナゴ、さん……?」


 ブフフフフ。またあちこちで笑いが起きる。


 明星はドヤリと勝ち誇った顔になり。


「え~? オタク君もしかしてアナゴさんしらないの~?」

「いや知ってるけど……。アナゴさんは別に強面のイケメンキャラじゃないだろ……」


 なんだか九朗は急に自分の顏に自信がなくなってきた。


 別にそんなもの元々なかったのだが、明星が持ち上げるのでそうなのだろうか? 程度には思いつつあった。


 それが今、粉々に砕け散った気がする。


「ちょ!? なにその『やっぱ日野さん美的センス終わってんな~』みたいな目! 確かにアナゴさんは一般受けする顔じゃないけど、なんか面白くてダンディーじゃん! 声も渋いし!」

「それは全面的に同意する」


 明星に対する信頼が少し回復した。


 むしろ彼女はオタク的な審美眼があるのではないかとすら思えてくる。


「でしょでしょ!」

「じゃあ、アンパンマンはどうだ?」


 なんだか九朗は楽しくなってきた。


 まさか自分が友人(?)とオタク語り出来る日が来るとは!


 それがサザエさんとアンパンマンというのはなんだが不思議な気もするが。


 そこはそれ、流石は国民的アニメといった所だろう。


「それは勿論――」

「わかった! ロールパンナちゃんだろ!」


 九朗の言葉に明星は嬉しそうに驚く。


「正解だし! なんでわかったの!?」

「日野さんの気持ちが理解出来ただけだ。確かにロールパンナちゃんが不意に見せる可愛らしさは反則級だな……。って、待ってくれ! ソレと俺を同列に語らないでくれ! ロールパンナちゃんに対して申し訳ないし、アンパンマンに対する冒涜だ!」

「……いや、別にそこまでガチで語ってないから……」


 ガチ焦りする九朗に明星が呆れる。


 気付けば笑いは大きくなり、クラスの話題は二人の陰口から懐かしのアンパンマンに移っていた。


(……なんか、空気変わったか?)


 なんて思っていると。


「ほほぅ……。これは使えそうかも」


 探偵めいたポーズで明星が言う。


「どういう事だ?」

「やっぱみんな人の陰口なんかより楽しい話題の方がいいって事じゃん? あ~しらが楽しい雰囲気出してたらみんなもノッて来るっしょ! そしたらあ~しらも人気者の地位にカムバックってわ~け! あ~しって天才じゃん!」

「そんなに上手く行くとは思えないんだが……」

「そんな事ないって! 結局クラスの真ん中に立つのはイヤな奴より楽しい奴っしょ! そうでなくっちゃつまんないし! クラスのみんなも全員が全員敵ってわけじゃないじゃん? むしろ拓海達とあ~しらどっちが勝つか見極めてる感あるし。こっちに乗った方がお得感出したら絶対勝てるって!」


 正直そんな風には全く思えない九朗なのだが。


「……わかった。日野さんが言うなら信じるよ。……俺に面白い事が言えるとは思えないけど……」

「平気じゃない? さっきもよくわかんないけどウケてたし。オタク君ってちょっと天然入ってるじゃん?」

「……日野さんにだけは言われたくないな」

「なんでだし!?」


(((どっちもどっちだって!)))


 心の声が無音でハモった。


 なんにしろ、嫌な空気は消え去って、本来あるべき楽しい昼休みの雰囲気を取り戻しつつある。


 そこにピシャリと冷や水をぶっかける声が一つ。


「はぁあああああ? ぬぁあああああにがアンパンマェンよバカらしい! あんなの子供が見るアニメじゃない! そんなんで盛り上がるとかマジダサすぎ。高校生がする話題じゃないわ!」


 皮肉と嫌味と嘲笑をメガ盛りマシマシにした真宵の言葉に、教室がシーン……と静まり返る。


 拓海も含め、正直全員ドン引きなのだが。


 真宵は満足そうにフンっと鼻を鳴らし、「あたしの勝ちね?」みたいな目で明星を一瞥した。


 そして平然と最近SNSで話題になっている炎上ニュースについて拓海に語り出す。


 明星は呆れ果てたジト目で真宵を睨みつけると、そちらを指さして九朗に言った。


「……あんなKY女には絶対負けたくないんだけど」

「誰がKYよ!」

「気付いてないなら今すぐここでアンケートとってもいいんだけど!?」

「おい真宵!?」

「日野さんも、ちょっと落ち着いて!?」


 立ち上がり、掴み合いの喧嘩を始めそうな剣幕の二人を慌てて抑える。


 不意に拓海と視線が合い、その瞬間だけはなんとなく気持ちが通じ合ったような気がしてしまった。

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