第3話



「ふぎゃっ……。」


 ドアからベシッと外に放り出された私は、冷たい道路に頭からダイブした。真っ白な髪が道路に散らばる。いくら土で出来た道路だからと言っても、皆が踏み固めているのでとてもいたい。きっと私のおでこは赤くなっていることだろう。


「サーシャ。あんたをもう雇っていることはできないよ。一文無しで放り出して悪いが、ここから出て行って遅れ。あんたの給金はすべて御貴族様への謝罪のために使ってしまってないよ。まあ、あんたの給金じゃあ足りなかったからうちからも半分以上謝罪のために出してるんだ。それをあんたに払ってくれとは言わないだけありがたいと思ってくれ。」


「うぅ……。」


 今朝まで住み込みで雇ってくれていたオーナーのマユニラさんは、そんな言葉とともにドアをバタンッと勢いよく締めた。

 なんて酷い。働いた分のお金もらえないだなんて。

 私は道路に倒れながら涙を流した。

 お金もなく、着の身着のまま。荷物だって換えの下着くらいしかない。

 これでどうやって過ごせというのだろうか。


「マユニラさん、酷い……。」


 私は悔しくて涙を流した。

 私はなにも悪いことしてないのに。

 なんで、悪いことをしていない私のお給金が御貴族様の手にすべて渡ってしまうのだろうか。

 私は一生懸命やったのに。


「……あれぇ、サーシャちゃん。とうとうマユニラに追い出されちまったかい。」


 早朝だというのに、店の前を通りかかった爺さんに声をかけられた。

 毎朝、散歩しているガマ爺だろう。


「うぅ……。お給金もいただけませんでしたぁ……。」


「ああ。そりゃあ、災難だったねぇ。だが、温厚なマユニラに追い出されるとは、今度はなにをしでかしたんだい?サーシャちゃん。」


 私は、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。ただ、立つ気力がなくその場に座り込む。


「……ユーフェ男爵令嬢のおやつのお菓子を焼いてお渡ししました。」


「ユーフェ男爵令嬢にかい?サーシャちゃんが作ったお菓子を?ほんとうに?」


 ガマ爺さんは驚いたように目を見開いた。


「はい。ユーフェ男爵令嬢が、私のお菓子を食べてみたいとおっしゃったので……。」


「そ、そうか……。それは、ユーフェ男爵令嬢が哀れだ……。」


「むっ!?どういうことですかっ!」


 ガマ爺さんの言葉に私はムッとした。

 どうして、私が哀れじゃなくてユーフェ男爵令嬢が哀れなのだろうか。

 ユーフェ男爵令嬢が怒ってしまったから……ユーフェ男爵が怒ったから私は半年務めたお店を解雇されてしまったというのに……。


「……ちなみに、サーシャちゃん。ユーフェ男爵令嬢には見た目が美しいお菓子と、味がとっても美味しいお菓子のどちらを提供したんだい?」


「……ユーフェ男爵令嬢に頼まれたのは見た目が美しいお菓子でした。だから、私一生懸命作ったんですよ。それなのに、ユーフェ男爵からユーフェ男爵令嬢が私のお菓子を食べたから高熱が出て寝込んでしまったって……。「よくも毒を食べさせてくれたなっ!」ってカンカンだったんですからっ。見た目の美しいお菓子を所望したのは、ユーフェ男爵令嬢なのにっ。」


 思い返してみてもなんで私に非があるのかわからない。お菓子を望んだのはユーフェ男爵令嬢なのに。


「それは……ユーフェ男爵令嬢が不憫だ……。サーシャちゃん。悪いことは言わない。見た目が美しいお菓子は誰にも食べさせちゃいけないよ。サーシャちゃんの作る見た目の良いお菓子は毒そのものなんだから。」


 ガマ爺はそう言って気の毒そうな顔をする。


「むっ……。酷い……。」


「……酷いのはサーシャちゃんだよ。自分で食べたことないの?」


 ガマ爺は疲れたようにため息をついた。


「食べませんよ。綺麗に出来たのは成功したお菓子なんです!ただでさえ成功率が低いんだもん。綺麗に出来たお菓子は人にあげるか、売るかのどちらかですっ!」


 私は胸を張ってガマ爺に告げる。

 私は菓子職人見習いだ。

 見習いなのには理由がある。

 お菓子の成功率が30%を切るのだ。安定して品質の高いお菓子を作ることができないのだ。材料の分量は毎回ちゃんとに……えっと、時々……え……いや、たまぁ~に計ってあとは目分量だけど……。いや、でも……ほら。目分量だって、毎回作ってるんだから大丈夫なの!

 失敗する時はお菓子の形状をしていない。

 真っ黒になったり、どろどろになったり、カチコチになったり……。

 でも、失敗作でも味はとっても美味しいのだ。

 だから、見た目が成功したお菓子はとっても美味しいはずなのだ。

 ……もったいなくて自分では成功品は食べたことないけど。


「……頼むから、サーシャちゃん。見た目が成功したっていうお菓子も味見してくれ。頼むから……。」


「味見はちゃんとにしてますよ!」


「……完成してからかい?」


「いえ。作成中ですけど……。でも、材料は全て混ぜた後だから味は美味しくなってもまずくなることはないはずですっ!」


 私は自信を持ってガマ爺に告げる。

 ガマ爺は私の回答を聞いて、ジト目で見てくる。

 なんで、そんな目で見てくるんだろう。

 私はわからなくて首を傾げる。


「サーシャちゃん。悪いことは言わない。完成品をちゃんとに食べてみてくれ。お願いだから。これ以上被害者を増やさないためにも。お願いだから、ちゃんとした完成品のお菓子を食べてみてくれ。お願いだから。一生のお願いだから、絶対食べてくれ。次に完成品を誰かに提供する前に、自分で食べてみてくれ。お願いだから。」


 ガマ爺はなぜか、完成品を食べろとしつこいくらいに言ってくる。

 味なんて変わらないはずなのに。

 美味しいだけだと思うんだけどなぁ。


「わかったわよ。次に上手くいった時は自分でお菓子を食べてみるわ。でも、その機会も当分先ね……。マユニラさんに追い出されちゃって行くとこがないもの。お金だってないし、お菓子を作る材料もお金もないわ。」


「……うちに来て作ってみるかい?」


 ガマ爺さんから嬉しい提案があった。


「いいのっ!次の職場が決まるまでいさせてもらってもいいの?」


「ああ、いいよ。婆さんもいいと言うだろう。だが、タダ飯はダメだぞ。畑の手伝いをしてくれることが条件だ。」


「ええ。わかったわ。そのくらい頑張るわよ。住まわせてくれるのだものっ。」


 こうして私はガマ爺さんのお家にお世話になることになった。

 そして、私がお菓子を成功させたのは、ガマ爺さんのところにお世話になってから3日後のことだった。


「うっ……。あぐぅ……。おなか、お腹がいたい……。ああ、熱も出てきたかも……。」


 初めて見た目が成功したお菓子を食べた私は、腹痛と高熱によりそのままベッドに3日間沈むことになった。おかしい。成功したお菓子を食べただけなのに。

 味は問題なかった。とっても美味しかった。

 なのに、なんでお腹を壊すの……?高熱がでるの……?めまいや吐き気がとまらないの……?

 

「……サーシャちゃん。良く効く薬師の薬をもらってきたから。」


「あり……がと……。」


 私はガマ爺から薬を受け取って薬を飲んだ。

 その薬を飲んでしばらくすると起き上がれるくらいには回復した。


「わかったかい?サーシャちゃん。」


 ガマ爺が心配そうにベッドに座っている私を覗き込む。


「……ええ。私のお菓子、劇薬なのね。死ぬかと思ったわ。これじゃあ、マユニラさんに追い出されるわけね。ユーフェ男爵令嬢にも悪いことをしたわ。」


「わかってくれて嬉しいよ。もう、完成品は誰にも食べさせないようにね。」


 ガマ爺はそう言ってくるけど、でも私は私の作ったお菓子をみんなに食べてもらいたい。

 だって私はお菓子職人を目指しているのだから。

 もっと精進しよう。

 見た目や味が成功していても、こんな劇薬みたいなお菓子は誰にも食べさせることができない。せめて、私が食べてもなんともないくらいにはしないと。

 皆に食べてもらうのはその後にしないとね。


「いいえ。私、頑張るわ。見た目も味も良くて体調が悪くならないようなお菓子を作るわっ。」


「そ、そうかい。頑張るんだよ。」


「ええ。……でも、その腕の良い薬師さん紹介してくれないかしら?薬を用意してからじゃないと私の作ったお菓子食べれないから……。」


 私は顔を赤くしながらガマ爺にお願いする。

 味見する度に身体を壊しても仕方が無いものね。

 準備は万端にしてから味見しないと。


「ああ。もちろんだよ。このニクアルヤ街で一番腕の良い薬師さんだよ。明日一緒に行ってみるかい?」


「ええ。是非、お願いします!」


 私は二つ返事で頷いた。

 明日、私はその薬屋さんで運命の出会いをすることになるーーー。


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