第27話



「バルバトス山と言ったら黒龍が縄張りにしているっていうじゃないか。そんな危険なところにほいほい行くのがおかしいし、そもそもそこに住んでいるというハル爺という者もあきらかにおかしい。」


 ニルヴァーナさんは、そう言って私を凝視してきた。

 

「でも、あの山は確かにバルバトス山だよ。ニラナイヤ村の人たちがバルバトス山だって言っていたもの。」


 私は口を突き出す。

 私がバルバトス山を間違えるはずがない。だって、赤ちゃんの時からニラナイヤ村に住んでいたんだもの。山の名前を間違えるはずがない。

 

「……ミーニャ。その山には近づかないようにってご両親から言われなかったの?」


 サーシャは呆れながらもそう尋ねてくる。

 

「……両親は知らないけど、育ててくれた婆ちゃんは特になにも言わなかった。ニラナイヤ村の人たちは山には絶対に近寄らないみたいだったけど……。」


 ニラナイヤ村でのことを思い出しながら答える。

 バルバトス山に黒龍がいるだなんて誰も言っていなかったような気がする。あれ?でも、ハル爺はよく黒龍の鱗をくれたから、バルバトス山に黒龍はいるのだろうか。

 てっきりハル爺が若い頃に冒険者をしていてその時の戦利品かと思っていたんだけど……。

 

「……それ、絶対近づいちゃダメなやつよ。っていうか、ミーニャのご両親って……。ごめんなさい。聞いちゃいけないことを聞いてしまったわ。」


 サーシャはそう言って眉を下げた。

 正直サーシャが何故謝るのかが私にはわからない。

 

「なぜ、サーシャが謝るの?」


「だって、ミーニャのご両親のこと……。わたし、配慮が足りなかったわ。」


「……だから、なんで謝るの?」


 私の両親のことを聞いてしまったからサーシャは謝っているようだ。どうしてだろう?

 私はわけがわからなくて首を傾げる。

 

「えっと。だって、あまりにも不躾だったなって思ったから。」


「……?よくわからないけど、物心つくころには両親という存在はいなかったし、別に気にしてないよ。」


 私の両親のことは全く覚えていない。

 物心ついたころには婆ちゃんに育てられていた。

 まあ、この婆ちゃんも私とは血が繋がってないみたいなんだけどね。

 特に両親のことに興味はなかったから、私の両親がどんな人物だったのかとか、私の出自についても尋ねたことはなかった。

 

「そ、そう……。」


 サーシャはそう言って遠くを見つめた。

 少しだけ気まずい空気が流れる。


「まあ、行ってみればなにも心配することはないってわかると思うよ。」


 これ以上何を言っても平行線だと思う。

 私は気まずい雰囲気をぶち壊すように努めて明るく切り出した。

 手っ取り早くバルバトス山が安全安心な山だと知ってもらうためには直接見て感じてもらうのがきっと一番だろう。

 ニルヴァーナさんにはちょっと無理かもしれないけれど、サーシャなら問題ないと思う。

 

「……そうね。でも、ミーニャと私だけだと不安だわ。」


「だから危険はないから大丈夫だって。それに、ハク爺がいるからバルバトス山は安全だよ。大丈夫だよ。ちょっと山で遭難してもハク爺が見つけて助けてくれるから。」


 私は安心させるようにサーシャに言う。

 

「ミーニャ……あんたバルバトス山で遭難しかけたことがあるんじゃ?」


「うっ……。」


 サーシャってば意外とするどい。

 私がバルバトス山で遭難したときにハク爺とは出会ったのだ。遭難した私をハク爺は優しく介抱してくれて、水や食料も分け与えてくれた。そして、私が元気になると山の麓まで送り届けてくれたのだ。

 それから感謝の印に私が作った回復薬を持ってハル爺の元に行きだしたのだ。

 回復薬くらいしかお礼に渡せるものがなかったから。

 ハル爺は回復薬を持って行くと嬉しそうに笑いながら私に黒龍の鱗を差し出してきたのだ。まさか、あの黒龍の鱗が高値で取引されているなんて私は思ってもみなかったけれど。

 

「やっぱり、遭難しかけたのね。それで、その時に助けてくれたのがそのハル爺って人だったと……。」


「ううぅ。その通りですぅ。」


「家族が心配するでしょう!少なくともあんたを育てたっていう婆ちゃんはミーニャのことを心配してたでしょう?」


「あーうん。そうだね。そうかもね。」


 サーシャの言葉に私は曖昧に返事をする。

 正直私を育ててくれた婆ちゃんは放任主義だった。必要以上に私を構うこともしなかった。

 なんか、婆ちゃんにとって私は傷ついた動物と同じだったのかもしれない。


「あーそうだっ!ルークさんに一緒に来てもらおうか?サーシャも面識あるし。」


「あんたね……。……そうね。封じられた森ではほとんど役に立たなかったけどね。最悪ルークさんを盾にすれば……。」


 婆ちゃんのことはあまり思い出したくはない。

 話題を切り替えるように、私はバルバトス山に向かう際にルークさんも同行させようと提案する。バルバトス山は全然怖いところではないし、仮に遭難したとしてもハル爺が助けてくれるから全然大丈夫なんだけど。周りを安心させるため最低でも一人は冒険者を連れていった方が良いと思ったのだ。

 それには私もサーシャも面識があるルークさんが妥当な気がした。

 サーシャはなにやら不穏な言葉をぶつぶつと呟きながらも最後には私の意見に賛同した。

 

「わかったわ。それで手を打ちましょう。」


「うん。ありがとう。そうと決まればすぐにギルドに行こうっ!」


「……はぁ。まったく。バルバトス山に旅立つ前に声をかけておくれよ。」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落ちこぼれ薬師と落ちこぼれ菓子職人がスローライフを目指したらいつの間にか最強になってた!? 葉柚 @hayu_uduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ