第4話



「ニルヴァーナさん。お代はいくらになる?医者でも治せなかったエドワードの傷だ。それなりの覚悟をしているからはっきり言ってくれ。」


 ジャックさんは、そう言って回復薬代の話を始めた。もちろん、エドワードくんはもう家に帰している。いくら薬で全快したと言っても放っておけば死んでしまうような大けがをしたばかりなのだ。今は家で安静にしているはずだ。たぶん。


「ふむ。私が作った薬じゃないしねぇ。材料も作り方も想像できないし、原価も私にはさっぱり検討がつかないよ。どうしたらあんなに劇的に臭くなるのかわからないしねぇ。ミーニャ、いくらだい?」


 ニルヴァーナさんは私に回復薬の金額を尋ねてくる。

 回復薬自体はそんなに高値で取引されているわけではない。

 品質の良い回復薬でも、銀貨一枚といったところだ。

 私の回復薬はエリクサーに近い性能をしているけど、私はまだ見習いだし、とんでもない悪臭を放つという代物だ。エドワードくんもジャックさんもニルヴァーナさんも、終いには私も昏倒しちゃったくらい酷い悪臭を放つ回復薬。

 そんなもので正規の値段を取るわけにもいかない。

 なんたって私はまだ見習いだし。


「えっと……。銅貨三枚でいかがでしょうか?」


 考えた上で材料費プラスアルファで銅貨三枚という価格を提示してみた。

 意外と原材料は安いのだ。

 というか、ほぼ自分で採取した薬草たちを使ったわけだし。元ではほぼタダのようなものだ。

 ちなみに銅貨十枚で銀貨一枚になる。


「……そんなに安くていいのかい?材料費だけでもそれ以上はするんじゃないかい?」


 ニルヴァーナさんが驚いたような顔をして私に尋ねた。

 私は首を横に振る。


「いいえ。材料費だけだと銅貨二枚くらいです。ほとんど私が採取した薬草だからあまり元手はかかってないんです。」


 私が説明をすると、ジャックさんは、


「いや流石に銅貨三枚じゃ安すぎるよ。臭いは確かに酷かったが、それでも効果は目を瞠るものがあった。このままエドワードは死んでしまうと思ったんだ。それが、みるみるうちに傷口が塞がっていった。普通の回復薬じゃああり得ない効果だ。金貨一枚と言われても驚かないよ。ちなみに、ニルヴァーナさん。エリクサーというのはいくらするんだい?」


 金貨一枚っ!?私の作った回復薬がっ!?


 私は驚いて目を白黒させてしまった。

 だって、金貨一枚っていったら銀貨が百枚ってことだ。普通の人は金貨なんて持ち歩いていない。どころか持っていない人も多いだろう。


「そうだねぇ。エリクサーなら金貨百枚でも安い方だよ。なんたって稀少な薬草や危険な魔物の素材を使っているんだ。その上、エリクサーを作れる薬師も少ないしね。どうしても高くなってしまう。」


「そ、そうか……。ああ、だが、流石に金貨百枚は何年かかっても払えそうにないよ。」


 ジャックさんはエリクサーの金額に驚いて固まってしまった。

 確かにエリクサーは高い、らしい。

 らしいというのは、私もエリクサーを見たことがないからだ。噂でしか聞いたことのない代物だからだ。


「……ミーニャ、流石に安すぎるからもう少しもらった方がいいよ。まあ、臭いはひどかったけどね。効果はあったし。」


「いえ。いいんです。昔、母さんに言われたんです。困っている人には薬は原価プラスアルファで売りなさいって。その分、強欲な貴族には思う存分ぼったくりなさいって言われてるんで大丈夫です。」


 私は泣き母親の教えを思い出してニルヴァーナさんとジャックさんに銅貨三枚で良いと説明した。

 ニルヴァーナさんとジャックさんは何故だか若干引きつったような顔をしていた。

 高かったのだろうか?それとも、お金を取るとは思っていなかったからなのだろうか。




☆☆☆☆☆





「いらっしゃいませーっ!」


「こんにちわ。初めてみる顔だね。ニルヴァーナさんは今いないのかい?」


 その日私は薬屋のカウンターに座っていた。

 このお店の薬師であるニルヴァーナさんが少し用があるとかで出かけたからだ。どうも、必要な素材を買いに行ったようだ。「届けてもらえば楽でいいのに。」って言ったら、「仕入れる量が少ないからね。配達をお願いし辛いんだよ。」って言われてしまった。

 確かに私がこの薬屋さんにお世話になってから一週間が経ったが、お客さんは一日に一組か二組来れば良い方だ。

 そのお客さんだって必要な薬を買いにくるだけで必要分以上の薬を買っていくわけでもない。正直生活すら厳しいのではないかと思うくらいだ。


「はい。買い出しに出ています。私が行くって言ったんですけど、まだ買い物は任せてくれなくて……。あ、私は一週間前からニルヴァーナさんのとこで働かせてもらっているミーニャと言います。薬師見習いです。以後よろしくお願いいたします。」


「おお。ニルヴァーナさんがお弟子さんを取ったんだね。そうかそうか。わしはガマチョルフと言うんだ。しがない農夫だよ。」


「ガマチョルフさんですね。よろしくお願いします。今日はなにをご所望でしょうか?なんでもそろってますよ。」


 目の前のおじいさんはガマチョルフさんと言うらしい。丁寧に挨拶をしてくれたので私も丁寧に挨拶を返す。


「ああ。よろしく。今日はわしじゃなくて、こっちの女の子、サーシャちゃんをニルヴァーナさんに紹介しに来たんだ。」


「……サーシャちゃん?お店に入ってきたのはガマチョルフさんだけに見えるんだけど……?」


 まさか透明人間なのだろうか。

 それともガマチョルフさんが耄碌していていない人が見えている、とか?

 私は首を傾げてガマチョルフさんに問いかける。


「……あれ?サーシャちゃん?」


 ガマチョルフさんは後ろをキョロキョロと見回すが誰もいないので不思議がって首を傾げている。

 私もガマチョルフさんと一緒に首を傾げる。

 ガマチョルフさんが、サーシャちゃんの姿を探すために、一旦お店から出ようとして後ろを振り向いたときに、ガマチョルフさんの背中にぴったりと張り付くようにしている女の子を見つけた。


「ガマチョルフさん。いました!ガマチョルフさんの背中にぴったりとくっついていますっ!」


「ああ!もう、こんなところに!?サーシャちゃん。人見知りだったっけ?」


 ガマチョルフさんに背中を押されてサーシャちゃんが私の方に近づいた。

 俯いているから顔は良くわからないけど、とっても細い女の子だ。そして白い。まだ私と同じくらいの歳の女の子なのに真っ白な雪を彷彿とさせる髪がとても印象的だった。


「……サーシャです。初めまして、美しいお姉様。」



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