第2話
お婆さんの言うことはもっとも。私もこの回復薬は一口口に含んで昏倒した。
でも、目が覚めた時の効果はすごいものだ。
試しに作った傷が塞がっていたのだ。一口しか飲んでないのに、だ。
私がニラナイヤ村の薬屋を追い出された理由は実はこれが原因でもある。
ニラナイヤ村の村長の娘さんが風邪を引いたというので、私が薬を作ったのだ。ちょうど忙しくて私しか薬を作れる人がいなかったから。
私が作った風邪薬を飲んだニラナイヤ村の村長の娘さんは一眠りした後に全快した。
それは喜ばしいことだけど、私が作った薬があまりにも強烈すぎて村長の娘さんは薬を飲んだ後に昏倒した。一時は命の危険もあったらしい。ただの風邪薬なんだけど。
それゆえに怪しい薬を村長の娘さんに飲ませたということでお世話になっていた薬屋に村長さんが激昂して乗り込んできたのだ。
店は営業停止の危機に陥った。
だが、ニラナイヤ村に一軒しかない薬屋だとしてなんとか営業停止は免れた。
そして、私は追い出された。
自業自得なんだけどねぇ。効果は高いんだよ。効果は。
「あ、あはは……。効果は高いですよ。」
「いくら効果が高くても飲めそうにない代物は薬ではなくて毒だよ。まったく。」
「美味しく作ろうとしてはいるんですけどね……。」
「……薬師の修行は止めた方がいいんじゃないかい?酷だろうが、他の職を探した方がいい。さ、帰んな。」
お婆さんはさっきと打って変わって私をシッシッと追い払うように左手を動かした。
「やっぱりかぁ。」と私は項垂れる。
「ニルヴァーナさんっ!!助けてくれっ!!」
と、そこにとつじょ男の人が慌てたように店に入ってきた。
「どうしたんだい?ジャック。」
「息子が!!息子がっ!!」
よく見ればジャックさんと言う人は背中に子供を背負っているようだ。そして、その子供から濃い血の臭いが漂ってきている。
どこか怪我をしているようだ。しかも、結構深い傷だと思う。
「木から落ちたんだっ!下に獣避けの柵があって、背中に突き刺さったんだっ!!薬を!!回復薬を!!」
慌てたようにジャックさんが早口でまくし立てる。
お婆さんも状況を把握して顔を青くする。
「医者にはみせなかったのかい!!」
「医者には手の施しようがないと……。血が止まらないんだ……。」
「……それじゃあ、回復薬じゃ無理だ。エリクサーじゃないと……。だが、うちにはエリクサーがないんだ。中央の薬屋には……。」
「あるわけないじゃないかっ!あの薬屋はエリクサーなんて高価なもんは置いてない。ニルヴァーナさんのとこがダメなら他の薬屋にもないだろう。ああ、エドワード。エドワード。どうしたら……。」
ジャックさんは背中に背負った子供を思って涙を流す。
エドワードと呼ばれた子供はすでに意識がないようだ。
血を流しすぎているのかもしれない。
「私に、見せてください。」
私は意を決して二人に話しかける。
「あんたがかい?」
「あんた誰だ?」
ジャックさんはそこで初めて私の存在に気づいたようだ。
不審気な表情で私を見てくる。
「見習い薬師です。私の作った回復薬はエリクサーに負けず劣らずの効果がありますっ!どうか、その子に私の薬を使わせてくださいっ!」
「だが、意識がない。薬を飲ませられるだろうか。」
お婆さんが声のトーンを落として言う。
エリクサーなら飲ませなくても身体にかけるだけで回復をする。だが、回復薬は飲ませないと効果がないのだ。
でも、私の回復薬はひと味違う。
「私の回復薬は飲まなくても傷口にかけるだけで傷を塞ぐことが出来ます。試させてください。」
「だが……さっきの回復薬だろ?」
「はい!大丈夫です!!」
お婆さんは渋い顔をする。
「この際なんでもいい!どうか、どうかエドワードを助けてくれっ!頼むっ!!」
ジャックさんは藁にもすがる思いで、私に頭を下げてきた。
「ちょっと臭いですよ。鼻をつまんでいてくださいっ!!」
私は言うが早いか回復薬の蓋をあけて、ジャックさんの背中にいるエドワード君に回復薬を思いっきりふりかけた。
回復薬がかかったエドワードくんの身体が淡い緑色に光り出す。
「ぐぉぉぉぉおおおおおおっ!!くせぇ!!くせぇ!!なんだこりゃ!!鼻がもげちまう!!」
「ぐふっ……。ぶちまけられるとこうも酷いとは……。うっ……。」
エドワードくんにぶちまけられた回復薬はとてつもないほどの悪臭を放つ。
ジャックさんもお婆さんも臭いにやられてしまった。お婆さんは今にも吐きそうなほど顔を青くしている。
かく言う私もあまりの臭さに胃液を吐きそうになる。
でも、ここで私が吐く訳にはいかない。
だって、私は回復薬の作成者なのだから。
そう思って吐くのをグッとこらえる。
しばらくすると、エドワードくんの身体が小刻みに震え出す。
そして、
「臭いっ!!臭いよっ!!臭いっ!!臭いっ!!なにこれ?なに!?」
悪臭で混乱したエドワードくんの意識が戻った。
「エドワードっ!!……くさっ……。」
ジャックさんは声をあげるエドワードくんに向かって喜びの声をあげる。
だが、すぐに悪臭がジャックさんに襲いかかる。
エドワードくんも臭くてまた意識が飛びそうになっている。
「そ、外に出て水をかけましょう!!少しは匂いが……。」
そこまで言って私は昏倒した。
情けないことに自分が作った回復薬の悪臭に私は負けたのである。
そして、その後すぐにエドワードくんもお婆さんもジャックさんも悪臭に負けて昏倒したのは言うまでも無い。
☆☆☆☆☆
「あんたの薬は劇薬だよ。まったく。だが、効果は非常に高いことがわかった。」
「あ、ああ。エドワードを助けてくれてありがとうよ。嬢ちゃん。ただ、あの臭いはいただけねぇ。まだくせぇし。」
意識を回復した私が辺りを見回すとお婆さんもジャックさんもエドワードくんも昏倒していた。
私は勝手にお婆さんのお店をあさると消臭剤をみつけて匂いの元であるエドワードくんにふりかけた。もう傷は塞がっているはずだし、消臭剤をかけても大丈夫だろうという判断だ。
だが、消臭剤をかけたところで悪臭にはあまり意味がなかった。まあ、多少はマシになったくらいだろうか。
なんとか時間の経過とともに目を覚ましたお婆さんとジャックさんはエドワードくんの状況を確認して目を丸くしたり、臭いと鼻を塞いだりとても忙しかった。
「これで私の実力を認めてくれましたかっ!」
私はお婆さんに問いかける。
エドワードくんの呼吸は安定している。まだ目は覚まさないけど、もう大丈夫だろう。
「確かにエリクサー並にばけもんな回復薬だっていうことはわかった。だが、この悪臭は最悪だ。いくら効果が高くてもこうも悪臭がひどけりゃ売れはしないよ。それは私が保証する。」
「えっ……。そこは売れることを保証するっていうシーンじゃないんですかっ!」
「……ほんとうに、売れると思ってるのかい?」
「うっ……。」
お婆さんに言われて私は言葉につまった。
人の気を失わせてしまうほどの悪臭を放っているのだ。いくら効果が高いからと言って、無闇矢鱈に購入するものはいないだろう。
それに毎度毎度命に関わるような大けがをするような人がいるとは思えない。
「ま、まあ。うちは助かったけどな。嬢ちゃんがいて。ただ……こんなにもくせぇとなると購入は戸惑っちまうよなぁ。よっぽどの緊急事態にでもならん限りは使わないだろうしなぁ。」
「うぅ……。そうですよね。」
私は二人の正論に俯く。
わかっている。売れないことは。苦情が来ることもわかっている。
「まあ、でも……しばらくはうちで修行するかい?見込みはありそうだしねぇ。あんた。この臭いをなんとかすれば、あんたは一人でもやっていけそうだし。」
お婆さんは苦笑しながら私に提案してきた。
その内容に私は満面の笑みを浮かべた。
「はい!是非お願いしますっ!!」
こうして私のニクアルヨ街での修行が始まったのだった。
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