落ちこぼれ薬師と落ちこぼれ菓子職人がスローライフを目指したらいつの間にか最強になってた!?

葉柚

第1話







「ふにょっ……。」


 ドアからベシッと外に放り出された私は昨夜降った雪に顔からダイブした。朝日が雪に反射してキラキラと輝いている。とても眩しい。

 

「ミーニャ。あんたをもう雇ってはいられない。今日までの給金は渡しとくからさっさとここから出て行ってくれ。」


 ポスッと頭のすぐ脇にお金の入った革袋が放り投げられる。中身はたかが知れている。

 

「それでもあんたの今までの働きにしては多いくらいだと思うよ。感謝しな。」


 今朝まで住み込みで雇っていてくれたオーナーのユライラさんはそんな言葉と共にドアを閉めた。

 

「ふみゅ……。」


 私は雪に埋もれながら革袋に手を伸ばして中身を数える。

 

「いちまーい。にまーい。さんまーい。よんまーい……。」


 銀貨を一枚ずつ数えると全部で10枚あった。

 最低でも3日はなんとか生活できるだろう。

 私はユライラさんの寛大な心に感謝をした。

 ユライラさんのところで働いた期間は一週間。私がしてしまったことを思えば銀貨3枚もらえただけでも感謝しなければならない。

 むしろ、賠償金を払えと言われてもおかしくないことを私はしでかしたのだ。

 

「あーあ。また、職を失ってしまいましたねぇ。」


 私は銀貨の入った革袋を握りしめて眩しい朝日を見つめながら呟いた。

 職は失ってしまったけど、今日はとても天気が良さそうだ。

 きっといいことがあるかもしれない。

 

 私はそう思いながら立ち上がって、身体についた雪を手で適当に振り払う。

 背負ったリュックの肩紐をギュッと握り締めてまっすぐに立つ。

 

「お金が尽きる前に新しい職を探さないといけないですねぇ。でも、このニラナイヤ村で職を探すのはどう考えても無理だよねぇ。はぁ……隣村か、その先の村に行かなくっちゃ……。」


 踝まで積もった雪を踏みしめながら前へと進む。

 起きたばかりだからちょっと眠いけれど、真っ白な新雪を踏み固めながら歩くのはどこか楽しかった。






☆☆☆☆☆






 結局、ニラナイヤ村のお隣のニンニクナイヤ村にまで私の悪評は届いており、ニンニクナイヤ村での職は見つからなかった。

 その更におとなりのネギナイヤ村は村の規模が小さすぎて働き手の需要がなかった。

 その更におとなりの、更におとなりの、またまた更におとなりのニクアルヤ街はかなり栄えた街だったので、私はニクアルヤ街で職を探すことにした。

 ユライラさんからもらったお金はすでに底をつきかけている。このニクアルヤ街で何かしらの職を探さないと私はお腹が空きすぎて倒れてしまうことになるだろう。

 その前になんとかして職を探さなければならない。


「すみませーん。私を雇ってくれませんか?」


 ニクアルヤ街の外れにある寂れかけたお店に入り声をかける。

 

「いらっしゃい。って、お客じゃないのかい。あんたを雇えって?あいにくうちの店は閑古鳥が鳴いてるんだ。それに、私ももう年だからね。店をたたもうと思っているんだよ。悪いが他をあたってくれ。」


 お店の中にはお婆さんが一人だけいた。

 疲れているのか、その顔には覇気が無い。お客がいないからなのか、歳のせいなのか。


「お店をたたんでしまうんですか?」


「ああ。私ももう歳だし、ここ数年はほとんど薬が売れないからねぇ。ニクアルヨ街の中央にはでっかい薬屋があるだろ?みんなそっちに行っちまったんだよ。効果は弱いが、価格は他のどの薬屋よりも安いってんだから多少効果が落ちても安い方を選ぶさね。」


 疲れたように店主のお婆さんはため息交じりに教えてくれた。

 このお店、寂れてはいるが棚には埃一つないほど清潔に保たれている。見た限りだと薬の種類も豊富に用意されているようだ。


「でもっ!一番は品質だと思います!効能が高ければそれだけの価値があると思います。」


「そうだねぇ。私も最初はそう思って頑張ってたけどねぇ。お客は正直だよ。お得意さんはうちの店で買ってくれるが、ご新規さんはまず来ないねぇ。」


「そんなっ……。」


 薬は効果が高ければ高いほど希少価値が高いのではないのだろうか。安くて効果が薄いものがなぜそんなに流行るのだろうか。

 私は首を傾げた。


「そんなわけで、悪いがこの店では従業員はいらないよ。悪いね。他をあたっておくれ。」


「……私にお店の再建をさせていただけませんか?お金はいりません。……あ、でもそうすると私の生活が……。えっと、お金は私が作った薬が売れたときに原価を引いて、更に手数料の20%をを引いた金額でかまわないので。」


 お婆さんの疲れたような表情を見ていたら思わず私はそう提案していた。

 うぅ……。ほんとうはすぐにでもお金欲しいんだけど、寂しそうなお婆さんの表情を見たらなんとかしてあげたいと思ってしまった。

 せめて人気が戻って惜しまれながら引退するような人生にしてあげたいと思ってしまったのだ。


「あんた……薬師なのかい?」


 お婆さんは驚いたように目を丸く見開いた。

 その表情はさっきより少しだけ高揚しているように見えた。


「はい。まだまだ修行中の身ですが、薬師を生業にしています!」


 私は元気よく答えた。

 するとお婆さんは少しだけ笑みを見せた。


「そうかい、そうかい。まだ若いのに偉いことだ。で?その年齢でもう売れるような薬を作れるってわけかい?すごいじゃないか。どれ、修行中の薬師ってことは自分で作った薬をいくつかは持っているんだろう?品質を確認させてくれないかね?」


 お婆さんはにこにこ笑いながら感心したように私に話しかける。


「えっ……あ、はい。」


 ……品質かぁ。やっぱ確認するよねぇ。

 私は躊躇しながらも、お婆さんに言われた通りリュックの中から自分が作った回復薬を一つ取り出した。

 この回復薬は私が作った薬の中でも一番良く出来たと思うものだ。


「どれどれ……って、これはなんだい?」


 お婆さんはにこやかに笑いながら私の回復薬を手に取って顔を引きつらせた。


「えっと……。回復薬です。」


「……これが……かい?なんだかやたらとドロドロしてるんだが……。」


 その通り。私が作った回復薬は見た目が激ヤバだ。でも、効能は確かなものだ。


「み、見た目はちょっとアレですが……効果は普通の回復薬よりもいいんですよ!!ばっちりです!」


 額に汗を掻きながら説明する。

 効果は普通の回復薬よりも良い。これは、本当だ。


「そうかい。……うっ。」


 お婆さんは顔を引きつらせながらも回復薬の瓶の蓋を開け、回復薬の効果を鑑定しようとした。

 だが、蓋を開けた瞬間に回復薬から顔をそむけ、鼻をつまみながら回復薬を顔から遠のけた。


「あ、あはは……。ちょっと匂いがキツいけど、効果は確かです!」


「ちょっとどころじゃないよっ!!臭すぎて飲めたもんじゃないだろ。これは……。いくら効果が高くてもこれじゃあ売れるわけがないじゃないかっ!!」


 





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