第17話



 ミーニャはきっと封じられた森に私を探しに行ってしまった。

 なぜだかそう確信した私は出来上がったイエローギフト入りのクッキーを持って封じられた森の入口の前にいる。

 本当はギルドに所属している冒険者たちと一緒に封じられた森に入りたかったが、短時間では腕利きの冒険者を集めることができなかったのだ。今もギルドでは冒険者を緊急クエストとして募集をかけているが期待は出来ないかもしれない。

 封じられた森にはAランクの魔物がいるのだ。駆け出しの冒険者じゃ話にならない。一流の冒険者であれば危うげなくお願いできるというものだ。

 

「だいじょうぶ。だいじょうぶよ。サーシャ。私には、クッキーがあるのだから。だいじょうぶ。きっと、だいじょうぶよ。」


 自分に言い聞かせるように呟いて覚悟を決める。

 頼りになるのはクッキーだけだ。怖いけど、ミーニャが私を探して封じられた森を彷徨っているのならば、私がミーニャを探しにいかなければ。

 一歩、封じられた森に足を踏み入れれば、まとわりつくような魔物の視線を感じた。

 すくみあがりそうになりながらも一歩一歩前に足を進める。

 魔物がこちらを伺うような視線は感じるが、なかなか襲っては来ないようだ。少しだけ安心しながら足を先に進める。

 

「……ミーニャ。私はここよ!ミーニャっ!!」


 ミーニャの名前を呼びながら足を進める。

 ミーニャはどこまで行ってしまったのだろうか。森の奥深くまで行ってしまったのだろうか。

 不安に駆られながらも、ミーニャに絶対会えると信じて足を進める。


「ミーニャっ!ミーニャ、どこ!いたら返事をしてちょうだいっ!」


 声を張り上げてミーニャの名前を呼ぶ。だけど、返事はない。どこまで森の奥深くに入ってしまったのだろうか。

 私は鞄にしまいこんだ大量のクッキーをお守りのようにギュッと抱きしめた。

 

 ガサッ


 すると先ほどまで様子を伺っていた魔物が動く音が聞こえる。草をかき分けて魔物が姿を現す。

 きっと、私が声を上げていたから寄って来たのだろう。

 魔物は2m以上の高さがあり、耳が長くとがっていた。特徴的なのは、魔物の額に20センチはあると思われる立派な1本の角があることだ。

 

「はっ……一角オーク……だなんて。」


 私はこの魔物を知っている。

 封じられた森に生息するAランクの魔物の一角オークだ。

 筋肉粒々な腕が大振りに振り上げられた。


「えいっ!」


 私は持っていたクッキーを一枚取り出すと一角オークに向かって投げる。

 クッキーの香ばしい匂いが食欲を引き立てる。

 今日作ったクッキーは一度で成功した。見た目が。味も問題ないはずだ。問題があるのは毒だということ。

 一角オークはクッキーの匂いにつられて、視線を私からそらしてクッキーに視線を向けた。

 狙った通りである。

 私は一角オークが視線を逸らした隙にササッと木の陰に身を隠した。そして、一角オークの動向を木の陰から伺う。

 一角オークは私の投げたクッキーを見事にキャッチしたようだ。しばらくはクッキーを眺めたり匂いを嗅いだりしていたが、そのうちパクッと口に入れてかみ砕き始めた。

 クッキーは猫の額ほどのサイズだ。一口で食べることができる。

 モグモグと口を動かしていた一角オークは、喉をゴクリと鳴らしてクッキーを飲み込んだようだ。

 一角オークは名残惜し気に口の周りをベロリッと舐めた。

 私の作ったクッキーはお気に召したようである。

 だが、一角オークが苦しむ様子も倒れこむ様子もない。どうやら、今日はクッキーの作成が本当の意味で成功していたようだ。

 私の作ったクッキーなら一角オークを倒せると思ったがどうやら無理だったようだ。

 なんで今日に限って成功してしまうのだろうか。

 私はガックシと肩を落とした。

 一角オークは私に向かって歩いてくる。きっとクッキーがもっと欲しいのだろう。いや、私を攻撃することを思い出したのかもしれない。

 もう一枚クッキーを投げて一角オークが視線を逸らした隙に逃げ出すしかない。

 私はそう思ってもう一枚クッキーを取り出した。

 一角オークが私に向かってドスドスと音を立てながら走ってくる。

 私はクッキーを一角オークに向かって投げようとした瞬間、私の目の前に黒い影がよぎった。

「お嬢ちゃんっ!危ないっ!!」

 黒い影は青いマントを纏った金髪の青年だった。冒険者だろうか。

 私と一角オークの間に割り込んだらしい。

「ん?え、あれぇ?なんで攻撃してこねぇんだ?」

 青年は不思議そうに首を傾げた。私も一角オークの姿を確認する。

 一角オークは苦し気に跪いていた。

「あ、クッキー訊いたんだ。よかった。」

 どうやら私のクッキーの効果が効いたようである。嬉しいんだか、悲しいんだか。

 いや、この場合助かったのだから嬉しいんだけど。心の中は複雑である。

「ん?クッキー?まあ、いいや助かったな。流石のオレも一角オークとやり合うにはちと分が悪いんでな。弱っているならとどめを刺すぐらいならオレでもなんとかなる。」

 そう言って冒険者と思われる青年はサクッと一角オークにとどめを刺していた。

「……ありがとうございます?あなたはギルドの緊急クエストを受けた冒険者さまでしょうか?」

「ああ。まあ、そうだ。まだBランクだがな。ルークという。お嬢ちゃんは?」

「……私はサーシャです。危ないところ?を助けてくださりありがとうございました。」

 一応お礼を言う。

 私の作ったクッキーで一角オークは無効化されていたが、いつ効果が切れるかわからないし。私では一角オークにとどめを刺すことはできない。

 なんたってお菓子を作ることが大好きな非力な一般人なのだから。

「サーシャちゃんか。クエストの内容はミーニャちゃんっていう女の子を探すってんだったが……。」

「はい。ミーニャは私の大好きな友達です。ミーニャは私が封じられた森に入ったと思って探してるんだと思います。だから、私もミーニャを探さなきゃいけないんです。」

「だが、みたところ君は武器を持っていないじゃないか。それどころか防具もつけていないし……。」

「ええ。私、一般人ですもの。ちょっとお菓子作りが大好きなだけですわ。」

 ルークさんは、驚いたように目を瞠った。

「武器も防具もつけずに封じられた森に入る一般人ってなにっ!?もしかして、ミーニャちゃんというのも……。」

「はい。薬づくりが大好きな一般人です。」

「……は、はは。そりゃあ、もう生きてないんじゃあ……。」

 ルークさんは顔色を青ざめさせた。

「……生きてます!ミーニャは絶対生きてますっ!ミーニャが死ぬわけないんだからっ!!」

 私は力強くルークさんに言い放った。


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