第16話




「サーシャっ!サーシャどこっ!!サーシャ!!」


 封じられた森に入った私は一心不乱にサーシャを探す。

 サーシャは封じられた森の魔物たちのことを怖がっていた。つまり、サーシャは魔物から身を守る術を持っていないのだ。

 早くサーシャのことを見つけないと最悪な事態になってしまう。


「サーシャっ!!サーシャ!!返事をしてっ!!」


 声を上げてサーシャのことを探す。

 封じられた森は広い。私の声がサーシャに届いているのかもわからない。不安に駆られる。

 それでもサーシャを探すことはやめられない。

 

「サーシャっ!サーシャっ!!あっ……。」


 サーシャの名前を呼びながら森の中を走っていると、不意に前方と後方から魔物の気配を感じた。

 私は立ち止まって魔物の様子を伺う。魔物は私のことを警戒しているようで物陰からジッとこちらの様子を伺っているようだ。

 いつ襲ってくるかもわからない魔物を警戒して、私は懐に手を忍ばせた。そして、薬のビンを取り出す。

 ビンの中にはサラサラとした茶色く濁った液体が入っている。

 これは、魔物よけの薬だ。

 魔物が嫌いな匂いを放つ薬は蓋を開けてばら撒けば魔物が近寄ってこなくなる。画期的なアイテムだ。

 なにかあったときのためにと、いつも懐に忍ばせていた。


 これを使うしかないのだろうか。


 私はげんなりと顔を歪ませる。

 魔物避けの薬は、魔物が嫌いな匂いだが、同時に私もかなり苦手な匂いだ。

 臭い。とにかく臭い。アンモニアの臭いがする刺激臭なのだ。

 この臭いを嗅げばどんなに強い魔物でも一目散に逃げていく。それほどまでに臭い薬なのである。

 ああ、でも、私の作った回復薬の方が10倍は臭いような気がするけど。


 ……あれ?魔物避けの薬より臭い回復薬って。


 なんか今、一瞬考えちゃいけないことを考えたような気がする。気の所為だろうけど。

 いや、絶対に気の所為だ。

 魔物避けよりも、私の作った回復薬の方が効果が強くて魔物が逃げ出すだけでなく、もしかしたら、魔物が昏倒するぐらい臭いかもしれないなんて、絶対に気の所為だ。

 気の所為でなければならない。


「ぐぁぁああああ!!!」


「ぐぉおおおお!!!」


 魔物が咆哮を上げて私に向かって飛び出してきた。私は手に握っている魔物避けのビンの蓋を開ける。

 途端に辺りに広がる強烈なアンモニア臭。


「ぐぉお!!」


「ぐきゃっ!!!」


 魔物たちが苦しげな声をあげて、その場に固まった。そしてジリジリと後ずさりする。

 

 よかった。どうやら、魔物避けの薬は効いているようだ。


 私は安堵のため息を吐いた。

 とりあえず、魔物避けの薬がある限り私に魔物は近づかないはずだ。

 この辺りの魔物は一撃で倒せるが、出来れば魔物は狩りたくない。素材が必要なときには躊躇せず狩らせてもらうが、それ以外で狩れば魔物の命を無駄に奪うことになる。

 この魔物たちはまだ人間に危害を加えたわけではないし。無用な殺生はしたくない。


「あなたたちのことを今日は狩らないわ。私はサーシャを探しているだけなの。邪魔をしないでくれるなら見逃してあげるわ。」


 人間の言葉が通じるかわからないが、魔物に話しかけてみた。

 これでどこかに行ってくれるといいのだけど。


「ぐぎゃ!!ぎゃ!!」


「ぐぉぐぉ!!」


 魔物たちは、私の言葉が通じたのか、それとも魔物避けの匂いがキツすぎて耐えきれなくなったのか、その場から去っていった。


「よかった……。」


 私はビンの蓋をギュッと閉める。

 いくら回復薬より、臭くないと言っても臭いものは臭いのだ。魔物がいなくなったのなら、魔物避けの薬はしまわなくては。私が臭くて参ってしまう。


「それにしても、サーシャってば森の奥深くまで行ってしまったのかしら。全然見つけられないわ。」


 私はさらに封じられた森の奥深くに足を踏み入れた。

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