第23話


「ニルヴァーナさん、ただいま戻りました。」


「こぉんのぉ馬鹿ものぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!!」


「ふええっっ!?」


「うっわっっとっ……。」


 サーシャと一緒にニルヴァーナさんの薬屋に戻ったら、憤怒の表情を浮かべるニルヴァーナさんが待ち構えていました。

 私は思わずサーシャに抱きついて飛び退く。


 ヒュンッ!


 と、風を切るような音と、


 ドスッ!


 という壁に何かが突き刺さるような音が聞こえた。

 私とサーシャは恐る恐る壁の方を振り向くと、そこには一本の包丁が突き刺さっていた。

 

「はっ……ははっ……。」


「あ、あははははっ……。」


 サーシャと顔を見合わせて、思わず乾いた笑みを浮かべる。

 私たちの額には冷や汗が伝っていた。


「ミーニャ。どういうことだい。封じられた森に入るとはっ!サーシャちゃんもサーシャちゃんだっ!危ないところなんだから、ミーニャの捜索は冒険者に任せていればよかったもを自らも探しにいくとは何を考えているんだいっ!!」


 ニルヴァーナさんの怒鳴り声が部屋の中に響きわたる。いつもあまり声を張り上げないニルヴァーナさんの大声に、棚の中の瓶がグラリと揺れたような気がした。

 どうやら、とてもご立腹のようである。

 私とサーシャの二人に。


「……えっとぉ。サーシャが封じられた森に入っちゃったと思って、思わず……。封じられた森には……ええと、何回かソノぉ、入ったことがあって……ですねぇ……大して強い魔物もいないから、大丈夫かなぁっと思いまして、ですねぇ……。」


「……ミーニャのことが心配で、思わず……。怖かったけれど、私の作ったお菓子が……クッキーがあれば……大丈夫だと思って……。」


 私とサーシャはしどろもどろにニルヴァーナさんに言い訳する。

 ピクリッとニルヴァーナさんの額に青筋が浮かんだような気がした。


 やばい。さっきより怒ってる、かも……。


 私とサーシャは背中に冷たいものを感じた。


「あんたたちはっっっっ!!!もっと、周りをちゃんとに見なさいっ!確認をしっかりとなさいっ!!あんたたちが死んだと思ったじゃないかっ!!……心配させないでおくれよっ……。」


 ニルヴァーナさんは大声で怒鳴ったかと思うと、その場に崩れ落ちてしまった。

 最後の方は声が震えている。

 私たちはニルヴァーナさんにとても心配をかけてしまったようだ。

 自分たちは大丈夫だと思って、封じられた森に行ったのに。他の人から見ると私たちはとてもか弱い女の子に映っているらしい。

 言いたいことはいろいろあるけれど、でも、ニルヴァーナさんが私たちのことをとても心配してくれていたことが伝わったので私たちはなにも言えなくなってしまった。

 私とサーシャはゆっくりとニルヴァーナさんに近づくと、ニルヴァーナさんの痩せた身体をふんわりと抱きしめる。


「……ごめんなさい。心配をかけて……。ごめんなさい。」


「すみません。……心配をかけてしまいました。もうっ……こんな……心配をかけることは……しないわっ。」


 私もサーシャもニルヴァーナさんの涙に釣られたように、泣き出してしまった。






☆☆☆☆☆






「……あ、あのですね。ニルヴァーナさん。これを言うとまた怒られてしまうかもしれないんですが……。私、冒険者ギルドに登録しました。」


 なんとか泣いて泣いて泣き止んだ私たちは、夕食を囲んでいた。サーシャも帰りづらかったみたいでそのまま一緒に夕食をとっている。

 ちなみに、今日の夕食は私とサーシャの合作だ。

 意外なことに、サーシャは料理に関しては問題なかった。特別美味しいというわけではないごくごく普通の味だけど、お菓子みたいに見た目を失敗することもなく、お菓子みたいに毒になることもなかった。


「……はあっ?なにを言っているんだい。」


 ニルヴァーナさんは食べかけの食後のデザートであるリンゴをポロリと落とした。

 ああっ……。もったいない。


「あの……。冒険者に登録すれば魔物を討伐した報奨金がもらえると聞いて……。それに、魔物の素材も冒険者ギルドで買い取りをしてくれると聞いたので。」


「ミーニャは、魔物を討伐したのかい?」


「……はい。」


 ニルヴァーナさんは堅い声で尋ねてきた。私は慎重に頷く。


「……そうかい。で?どんな魔物を討伐したんだい。」


「……双角のオーガです。」


「………………。」


「………………。」


 私が討伐した魔物のことを伝えるとニルヴァーナさんは大きく目を見開いて黙り込んでしまった。

 とても驚いているようである。

 実は私もとても驚いている。

 私がナイフで仕留めた双角のオーガが実は冒険者たちにとってはとても脅威な存在であり、AAランクの魔物だということを初めて知った。私としては、双角のオーガはあまりに手応えのない相手で脅威には思っていなかった。だって、ナイフで一撃で討伐できるような魔物なのだ。もっと低ランクの魔物だと思うではないか。普通。


「……サーシャちゃんのクッキーは魔物に効果はあったのかい?」


 ニルヴァーナさんは話題を逸らすように、サーシャに問いかけた。

 きっと、私の言葉を脳が処理しきれなかったのだろう。


「……はい。双角のオーガにも効果がありました。双角のオーガをクッキーの毒で無力化することができました。」


「あ、それに。サーシャのクッキーすごいんです。明後日の方向に投げても、双角のオーガがクッキーを食べるためにクッキーの方に向かっていったんです。」


「………………。」


 またしても、ニルヴァーナさんは目を見開いて動きを止めてしまった。


「……なんてこったい。」


 しばらくニルヴァーナさんは動きを止めた後、頭を抱えてテーブルの上に突っ伏した。

 ニルヴァーナさんには私たちの言葉は刺激が強すぎたようだった。

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