第12話




「サーシャ。あの黄色い果実はなにかしら?私の見間違えじゃなければ、あれはイエローギフトのような気がするんだけれど……。」


 艶々していて、真っ黄色な手のひらくらいの大きさの果実はイエローギフトという猛毒な果実だと思うんだ。

 イエローギフトの特徴は実のなり口が鮮やかなオレンジ色をしていることと、甘ったるい臭いを発していること。

 目の前にあるサーシャが用意した果実はどちらの特徴にもぴったりと当てはまる。

 イエローギフトの加工には精錬された技術が必要で、毒を無効化させることができなければ一口で即死するような代物だ。

 猛毒なため悪用されてはならぬと国で厳重に管理されている果実でもある。

 だから、サーシャが持っているのはイエローギフトじゃないはずなのだ。一般には出回らないし、ましてやニクアルヤ街の周辺に自生しているはずがない。

 サーシャが持っているような代物じゃないのだ。特徴は完全に一致しているけど。

 

「イエローギフト?んー実はこの果実の名前も知らないのよね。見たことない果実だったんだけど、美味しそうだったから。匂いもとっても甘いし、お菓子にはうってつけでしょ?」


 私はサーシャの言葉に引きつった笑みを浮かべる。

 

「……どこから持ってきたの、それ。」


 私はイエローギフトを指さしてサーシャに尋ねる。

 通常であれば一般人が手に入れることができない品なのだ。

 サーシャは首筋をポリポリと掻く。

 

「えっと……。種を貰ったの。それをこの街のはずれに植えて見たらこの果実がなりたのよ。」


「誰から種を貰ったの?」


 サーシャはどこか話しにくそうに視線を逸らした。

 種を貰ったというけれど、きっと知らない人からもらったんだろうなぁ。

 

「えっと……。えっとね……。あー……薄汚れた真っ黒いフードを被っていた男の人からもらったのよ。ちょっと怪しいかなぁとは思ったんだけどね。種を植えて見たら美味しそうな果実を実らせたから、まあいっかってお菓子の材料にしたの。」


「……。」


 明らかに怪しすぎる風貌の男性である。

 サーシャも良く見ず知らずの人がくれた種を育てたものだ。そして、良く知らない実がなったのに、食べようと思ったものだ。

 サーシャの純粋さに思わず涙がこぼれ落ちそうになる。

 

「……食べてみたの?」


「うん、まあ。もちろん試食はしてみたわよ。実際どんな味だかわからないとどんなお菓子にすればいいかわかんないし。まずかったら論外だしね。」


「……食べたんだ。身体に異常はでなかったの?」


 食べたのにお菓子の材料にしたってことは、毒はなかったということだろうか。毒の処理しなかった場合の致死量は10gと書物で読んだことがある。

 一口でもなんらかの症状を出してもおかしくない代物である。

 

「……ん?あんまり気にならなかったわねぇ。」


 当時のことを思い出してサーシャは首を傾げた。

 

「どのくらい食べたの?」


「えっとぉ。どのくらいだったかしら。とても美味しかったから、ちょっと食べすぎちゃったわ。あはは。」


 そう言ってサーシャは笑った。

 食べすぎても体調を崩さなかったということは、この果実はイエローギフトではないのだろうか。特徴はそっくりなんだけど違うのかもしれない。

 私も書物で見ただけで実物を見たわけではないから、勘違いだったのかもしれない。

 でも、だとするとこの果実はいったいなんなのだろうか。

 

「そう。なら安心した。この果実、イエローギフトっていう果実にそっくりなのよ。でも、イエローギフトは猛毒で10gも食べれば致死量に至ると言われているわ。サーシャがそれだけ食べて問題なかったってことは、きっと違う果実なのでしょうね。よかった。」


 本当によかったと言っていいかは疑問だが、見なかったことにする。


「そうなの?今日はね、この果実でパイを作ろうと思っていたのよ。でも、少し味見してみる?パイにした方が美味しいんだけど、このままでもとっても美味しいから。」


 サーシャはそう言うとイエローギフトにそっくりな果実の皮をむいて一口大に切り始めた。

 黄色く熟れた実が確かに美味しそうにてらてらと光っている。

 実の真ん中には大きな種のようなものがあった。その種を綺麗に取り出して、実を一口大に切り分けていく。

 甘く芳醇な匂いが漂ってくる。確かに美味しそうだ。

 

「はい。あーんして。」


 私は反射的に口を開けた。

 サーシャはそう言って切り分けて一口大になった黄色い果実を私の口にいれる。

 とたんに口内に広がる芳醇な香りと深い味わい、舌先に感じるピリッとした痺れ……。

 ……ん?痺れ……?

 

「……シャー……シャ……ほれ…ひひれ……ひひ……れぇ……。と……く……けふぉ……くゃ…‥く……。」


 だめだ、呂律が回らない。舌が上手く動かない。

 なんだかちょっと呼吸もままならなくなってきたような気が……。

 あ、なんかやっぱり食べたらダメなヤツだったっぽい。

 私は痺れる右手をなんとか動かして、懐に入っている解毒薬を取り出して……そのまま意識を失った。

 

「きゃーーっ!ミーニャっ!!」


 意識を手放す瞬間にサーシャの叫び声が聞こえたような気がした。


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