第9話



「ニルヴァーナさんっ!サーシャに手伝ってもらって回復薬を作ってみました!臭いは改善されていると思うんです!見ていただけませんか?」


 私はサーシャに手伝ってもらって作り上げた回復薬をニルヴァーナさんに手渡した。

 ニルヴァーナさんは胡乱げな瞳で私を見つめてきた。


「もう出来たのかい。早すぎやしないかね。本当に臭いが改善されているのかい?」


「はいっ!できたてほやほやですっ!」


 ニルヴァーナさんは私の言葉に「そうかい。」とだけ、呟いたが全然信用していないように見えた。

 恐る恐るニルヴァーナさんが回復薬の蓋を開ける。

 すぐに充満してくる独特の臭い。


「……っ!!?」


 ニルヴァーナさんはすぐに回復薬に蓋をした。


「ど、どうですか?少しはマシな臭いになりましたよね??」


 私は恐る恐るニルヴァーナさんに問いかける。

 ニルヴァーナさんは壊れたブリキのおもちゃみたいにギギギッとこちらを向いた。


「……どこがだい?まったくかわっとらんよ。」


「ええーーーーっ。そんなぁ……。だって、サーシャと一緒に作ったんですよ。マシになってるはずなんですってば。」


「……で、あんたのサーシャちゃんに手伝ってもらったって具体的にどこをどうしたんだい?」


 まったく臭いが変わっていないというニルヴァーナさんに私は驚く。

 ぜったい変わったと思ったのに。


「サーシャに言われて、私気づいたんです。薬を作るときまるで呪いのように誰の作った薬の効果よりも効き目がよくなりますようにって怨念を込めて作っていたんです。だから、サーシャと話ながら作ることで怨念を込めないように作り上げましたっ!きっと、私の思いが強すぎたんだと思うんです。だから、効き目はいいのに、味や臭いや見た目がダメだったんだと思うんですよ。」


 私は口早にニルヴァーナさんに説明をした。

 サーシャに手伝ってもらって気づいたことをニルヴァーナさんに報告したかったのだ。


「……で、効果は今までの回復薬よりも劣ってるのかい?」


「……え?」


 思ってもみなかったことを聞かれて私は目が点になる。


「薬の効果はどうなんだい?」


「えっとぉ……まだ試してみてません。」


「……はぁ。」


「あ、ちょっと今試してみますってばぁ。」


 呆れたようにニルヴァーナさんがため息をついた。

 私は慌てて取り繕う。

 手に持っていたナイフで自分の左手をグサッと引き裂いた。

 そして、回復薬を傷口に少しだけかける。いっぱいかけるとそれだけ臭いが酷いから傷を治せるだけの量にしておく。


「うっ……。」


 クサイ……。

 臭いマシになったと思ったのに。全然変わってないような気がする……。

 気づけばニルヴァーナさんは私からたっぷり10メートルは距離を取っているようだった。


「ううっ……。」


 そして、臭いのに回復薬の効果が激減しているような気がする。

 いつもだったら回復薬を振りかけた瞬間に傷口が塞がるのに、今日は傷口が塞がるのが遅い。


「……はあ。失敗作らしいね。臭いは変わらず効果だけ落ちたってことかい。まったく。それじゃあ、余計に買い手なんてつかないよ。」


「……はい。」


 ニルヴァーナさんは鼻をつまみながら、ニルヴァーナさんが作った回復薬を私の手にかける。

 私の回復薬ほどではないけれど、みるみるうちに傷口が塞がっていく。そして、傷口が塞がったことを確認するとニルヴァーナさんは消臭剤を振りまいた。

 落ち着いて呼吸できるくらいには臭いが薄くなった。

 

「……結果として、劣化したということでいいかい?」


「……はい。」


 誠に不本意ながらサーシャのアドバイスで作り上げた回復薬は臭いは変わらず臭いのに、効果が激減しているという失敗作になってしまった。


「まあ、そう落ち込まないことだよ。一つわかったことがあるじゃないか。それだけでも成長したというもんだよ。」


 ニルヴァーナさんは臭いに目を顰めながらもそう言って落ち込んでいる私を励ましてくれた。


「……?」


 私はニルヴァーナさんの言葉に首を傾げる。


 わかったこと……?

 サーシャのアドバイスに効果が一切無かったってことかな?


 私の様子を見て、ニルヴァーナさんは額に手を当てた。


「……はあ。作り方は変えてないんだろう?材料も。」


「はい。変えてません。変えたのは回復薬を作るときの思いだけです。」


「そうだろう。つまり、ミーニャの強い思いが回復薬の効果を高めているっていうことがわかったんだ。つまり、回復薬の効果を高めたいのなら、強く思いながら作るのが効果的だってことだよ。まあ、自分の強い思いが回復薬に影響をもたらせるなんて薬師滅多におめにかかれないけどね。ミーシャはそれだけ特別だってことだ。」


「……とくべつ。」


 ニルヴァーナさんの言葉と笑顔に私はなんだか勇気づけられたような気がする。


「……特別。思いを回復薬に込められるのは特別なんだ。そっか、そうなんだ……。」


 なんだか嬉しくなってくる。

 自分がダメダメな落ちこぼれ薬師見習いじゃないってことが嬉しい。

 私の思いが回復薬の効果に影響する。これってすごいことだと思う。

 サーシャに早く伝えなきゃっ!


「サーシャにっ!!早くっ!!」


「なにかしら?どうだったの?効果は?」


 サーシャのところに駆けていこうとして振り向いたらそこにサーシャが立っていた。


「サーシャっ!!あのねっあのねっ!!」


「はいはい。落ち着きなさいって。」


 興奮してサーシャに抱きつく私をサーシャは優しく受け止めてくれた。

 サーシャの顔はしかめっ面だけど。きっと臭いがまだするのだろう。


「臭い変わってないけど、回復薬の効果激減してたのっ!!」


 私は嬉しくってサーシャの身体をぎゅーっと強く抱きしめる。

 サーシャの体温あったかくて気持ちいい。


「はい?なんで効果激減してるのに嬉しそうなのっ!?」


 サーシャは私の言葉に訳がわからないと目を白黒させている。


「回復薬の効き目がよくなれって思いながら作らなかったら効果が激減したのっ!!」


「だからなんでそれで嬉しそうなのっ!?失敗したってことよね??そうよね??ダメだったってことでしょ?」


 サーシャは不思議そうに首を傾げる。


「うんっ!ダメだったの。でもね……でもっ!私の思いが回復薬に影響を与えてたってことがわかったんだ。思いの強さを回復薬に反映できる私は特別だってニルヴァーナさんが言ってくれたのっ!!」


「……思いを……回復薬に、反映?」


 俄に信じられないことなのか、サーシャは私の言葉を反芻した。

 その顔はまだ信じられないというようだった。

 私も信じがたいけど。


「そうなの!きっと、きっとね!サーシャの思いもお菓子に伝わって味が良くなっているんだと思うよ!」


 そう。

 私と同じように思いを込めながらサーシャはお菓子を作っていたんだ。だから、きっとサーシャの思いもお菓子に込められているんだと思う。

 だから、サーシャのお菓子は味だけはとっても美味しいんだと思う。


「サーシャも特別なの。私と一緒よ!」


 まだちゃんと確認したわけじゃないけど、きっとサーシャも私と同じなんだと思う。きっと。


「あー。喜んでいるとこ悪いけど。思いが回復薬の効果を高めたんだってんなら、臭いや味はきっと回復薬の材料や作り方の問題だと思うね。売れるまではまだまだ先は長いよ。」


「はいっ!!」


 売れる薬が作れるようになるまでは先が長いと言われても今日知り得たことはとても嬉しいことだったから、何を言われたって笑顔になってしまう。


「まったく。まだまだ先は長いってのに……。」


「大丈夫ですっ!だって、私にはサーシャがいるものっ。ね?サーシャ?」


「……わたしが、とくべつ……?」


 サーシャはほんのり顔を赤くして私の胸に顔を埋めた。


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