第19話


『クッキー……モット、ヨコセ。クッキー……。クッキー……。』


 双角のオーガはそう言いながら私たちに向かって突進してきた。なかなかクッキーを渡そうとしない私たちに痺れを切らしたのだろう。


「そ、そんなに欲しければもっとあげるわよっ!!」


 私はもう一枚クッキーを袋から取り出すと、双角のオーガに向かって投げようとして大きく腕を振りかぶった。


『クレェェェ……。ウッ……。グゥガァアアア。グゥガァアアアアアアアアアッ!!!』


 クッキーを双角のオーガに向かって投げ放とうとした瞬間、急に双角のオーガが苦しみだした。そして、その場に蹲った。


「……クッキーの効果が……効いてきたの……?」


 一角オークよりもクッキーの効果が効くまでに時間がかかった。

 個体差があるのだろうか。

 クッキーを食べた後も普通に動いていたので、双角のオーガにはクッキーは効果がないのかと思ったがどうやら杞憂だったようだ。

 双角のオーガは地面に転がりながらもがき苦しんでいる。

 AAランクの魔物にもクッキーは有効であるということがわかった。喜んでいいのか、悲しんで良いのか。むしろ、このクッキーを食べても解毒剤を飲めばけろっと治った人間ってすごいんじゃないのだろうか……。思わずそんなことを思ってしまった。


「……お嬢ちゃんのクッキーすごいな。やっぱり売り出した方がいいんじゃないか?冒険者ギルドにだってこんなに効果の高いもの売ってないぞ。売りにだせば絶対売れることは保証する。一年経たないうちに豪邸だって建てられるかもしれないぞ。」


「……考えてみるわ。」


 ルークさんはクッキーの効果にもだえ苦しむ双角のオーガを見て半ば呆然と呟いた。


『グゥガアアアアアアアアッ!!』


 その時、近くで魔物の断末魔の雄叫びが聞こえてきた。






☆☆☆☆☆






「サーシャっ!!サーシャっ!!」


 ガサガサと後ろで物音がした。気配からしてサーシャではなく封じられた森に住んでいる魔物だということはわかる。

 私は後ろを振り返ることなく、採取用のナイフを気配のした方に投げ放った。


『グゥガアアアアアアアアッ!!』


 後方では魔物の断末魔の雄叫びが響き渡った。

 私の投げたナイフが魔物の首を裂き、致命傷を与えたのだ。


「申し訳ございませんが、私はサーシャを見つけるまでは死ねません。襲ってくるようでしたら返り討ちにさせていただきます。本当はむやみな殺生は避けたいのですが……。って、二つ角がある赤鬼ですねっ!これは珍しいです。こんなところに出てくるなんて……。ああ、それほど奥深くまで入ってしまったということでしょうか。」


 私はナイフで首が裂かれ、その場に倒れ込んだ大きな二つの角がある魔物に近づいた。

 ナイフで裂かれた首から血が噴き出している。

 もうこの魔物は助かることがない。致命傷だろう。

 久々に後ろに向かってナイフを投げたので力加減というものができなかった。本来であれば、魔物をむやみに殺さず脅すだけでよかったのだ。擦らせるだけでよかった。

 それなのに咄嗟に投げたナイフでは手加減することができなかった。

 私は瀕死の魔物に謝罪する。

 ただ、この魔物は滅多にお目にかかることが出来ない魔物だ。

 その分、薬の素材としてとても貴重である。

 今日、封じられた森に来たのはサーシャを探すためだが、滅多に見つからない魔物を狩ってしまった。

 この魔物の素材は滅多に手に入らない。

 サーシャを早く探さなければいけない。だけど、目の前の素材は次いつ手に入るかわからない。

 私は考えあぐねた結果、涙をグッとこらえてサーシャを探すことにした。

 魔物は運が良ければまた遭遇することができる。でも、サーシャは一人しかいないのだ。他に代わりなんてない。


「サーシャぁ……。」


 でも、貴重な魔物の素材を置いていくことが心残りで思わずサーシャの名前を呼ぶ声が涙声になってしまった。


「やっと見つけたわ。ミーニャ。って、もうっ。なに泣きそうになっているのかしら。」


「……サーシャ?」


 目の前の貴重な素材を放置する選択肢しかなくて悲しみにくれていると、突如背後からサーシャの声が聞こえた。

 サーシャに会いたくてとうとう幻聴が聞こえてきたのだろうか。

 私はゆっくり後ろを振り返る。


「心配したわよ。ミーニャ。」


 振り返った先には儚げな少女の姿をしているサーシャの姿があった。


「サーシャッ!!!」


 私は嬉しくなってサーシャに抱きついた。


「サーシャ、よかった。サーシャ!生きてた。よかった。よかったよぉ。これで、貴重な魔物の素材を持って帰ることができるっ。」


 嬉しくてサーシャに抱きついてサーシャの香りと体温を満喫する。

 よかった。サーシャが死んでなくて。

 よかった。サーシャが生きていてくれて。


「……あんた、魔物の素材を持って帰りたいから私に会えて嬉しいってわけ?」


 サーシャの口からも嬉しそうな声が聞こえてくるかと思ったが、サーシャはとっても低い声を出した。


「え?あ、あれ?サーシャ、怒ってる??」


 なんで怒っているのだろうか。

 せっかく会えたのに。

 私はよくわからなくて首を傾げる。

 サーシャは私に会いたくなかったのだろうか。


「怒ってるわよ!怖かったけど、私はミーニャをここまで探しに来たのよ!それなのにミーニャは、魔物の素材を持って帰れるってことが嬉しいって泣いてたじゃない!私に会えて嬉しくないのっ!?」


「え?サーシャに会えて嬉しいよ。とっても嬉しい。でも、なんで魔物の素材?え?確かに貴重な魔物の素材を持って帰れなくて残念だなぁとは思ったけど……。あれ、もしかして私、口に出してた?」


「出してたわよ!はっきりと!!貴重な魔物の素材持って帰れる!よかったって言ってたわよ!!ねえ、ルークさんも聞いたわよね!?」


 サーシャはそう言って後ろを振り向いた。

 そこで、私はサーシャ以外にも人がいることに気づいた。

 大柄な男の人。駆け出しの冒険者なのだろうか、高そうなごつい防具を身につけているが、隙だらけでとても弱そうに思える。


「あ……あ、ああ。確かに聞いたが……。」


 ルークと呼ばれた駆け出しの冒険者と思わしき人物はサーシャの問いかけに戸惑いながらも頷いた。


「あなたは、サーシャの護衛の冒険者さんですか?」


「ま、まあ。そんなところだ。(嬢ちゃんがいなかったら何もできなかったが。というかそこに倒れているのは双角のオーガじゃないのか?誰が倒したんだ。しかも、傷からするに一撃?)」


 どうやらルークさんという人はサーシャの護衛としてついてきたらしい。

 サーシャが一人で封じられた森に入っていなくて安全だ。

 って、あれ?

 サーシャ死にたくなって封じられた森に入ったんじゃないの?なんで護衛がいるの?

 矛盾に気づいてしまった私は首を傾げる。


「あ、あれ?ところでサーシャってなんで封じられた森に入ったの?」


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