第4話 イレギュラーモンスター


”ちょっと待て! この女の子、ダンジョンツインズチャンネルの華奈かなちゃんだ!”

”ダンジョンツインズチャンネル? 何それおいしいの? @†通りすがりのキャンパー†”

”バカ、俺でも聞いたことがあるくらいの有名配信チャンネルだぞ! ガチで強いのにアイドル級に可愛い双子の姉妹がやっている配信だ! @月面騎士”


 どうやらこの女の子は有名な配信者らしい。俺も配信者の端くれだが、最近他の人の配信は見ないからまったく分からない。


「……一応話は聞こう」


 目の前にいる女性は妹を助けてほしいといった。だけどその妹さんとやらはここにはいない。まだ話が見えてこないな。


「はい、実は私たちは先ほどの有名な配信者の男性と妹の3人でこの階層へ配信目的で来ていました。でもそこで運悪く、イレギュラーモンスターに遭遇してしまいました」


「イレギュラーモンスターか……確かに運がないな」


 イレギュラーモンスター、そのままの意味だが、本来ならばその階層にいるはずのないレベルのモンスターや特殊な行動をするモンスターである。イレギュラーモンスターの発生条件などは未だに分かっていない。そもそもこのダンジョン自体、分からないことが多すぎるのだ。


 とはいえ、イレギュラーモンスターに遭遇するなんてことは滅多にない。この子たちはよっぽど運が悪かったのだろう。


「私たちの力では敵わないと判断し、即座にイレギュラーモンスターの発生を報告して撤退しました。幸いそれほど動きは速くなかったのですが、その途中で妹とはぐれてしまい、さらに運の悪いことにシルバーウルフの群れにも遭遇してしまいました……まだ妹はあのイレギュラーモンスターに追われているのかもしれません! お願いします、どうか私と一緒に妹を探すのを手伝ってください!」


”おお、美女からの緊急クエストキタコレ! @†通りすがりのキャンパー†”

”これでフラグが立つんですね、分かります! そして妹ちゃんともフラグがビンビンな香りですな! @たんたんタヌキの金”


 ……外野がだいぶうるさいな。お前らアニメや漫画の見過ぎだそ。現実にはそんなフラグなんてないし、立てる気なんかもない。


 コメントをオフにしておけば良かった。とはいえ、みんなからのコメントから出たアイディアに救われたことは何度もあるから、コメントはこのまま表示しておくことにしよう。


 そして俺は俺の答えを口にする。


「断る!」


「えっ……」


”いや、即答かよ!”

”美少女からのお願いを一刀両断、そこに痺れる憧れ……ねえよ! @月面騎士”

”ああ~ヒゲダルマさん、やっぱり断っちゃいますか…… @WAKABA”


「あ、あの、私にできる限りのお礼はします! 先ほどのあなたの強さがあれば、たとえイレギュラーモンスターが出てきたとしても――」


「ああ。恐らくは倒すことができる可能性の方が高いだろうな。だけど、俺が死ぬ確率もゼロというわけじゃない。それでも君は俺に手伝えというのか?」


「あっ……」


 35階層に出てくるイレギュラーモンスターなら、おそらく俺の力で倒すことができるだろう。だが、この子の妹を助けるために、イレギュラーモンスターを戦い、死ぬ可能性だって決して0ではない。


 ダンジョンはとても恐ろしい。


 たとえどんなに強くなったとしても、一瞬の油断やたったひとつの不運によって命を落とすことなんてザラだ。そしてダンジョンの理不尽さについては俺も嫌というほど知っている。


「……私の全財産を差し上げます! それに私にできることなら何でもします! お願いします、どうか助けてください!」


 ヒゲ面の怪しい男に自らのすべてを差し出すという美少女。よっぽど妹が大切なのだろう。だがそれでも――


「断る!」


 俺の答えは変わらない。


「残念だけど、お金の話じゃないんだ。ダンジョン内で人を助けなくても罪になることはない。ダンジョンでは助けに行く者の命も危険にさらされるのだから当然だ。それにダンジョンへ自ら入った時点で、命を落とす覚悟があるということと同義で、完全に自己責任になる」


 ダンジョンには夢がある。それこそこれまでの人生すべてを変えることができるほどの大きな夢だ。探索者は珍しいモンスターの素材やマジックアイテムを手に入れ、配信者は一躍有名になって、他の場所では得ることができない富や名声を手に入れることも可能だ。


 しかし、自らの命を天秤にかけるという代償を支払わなければならない。


「少なくとも、俺は見ず知らずの人の命を助けるために自分の命を懸けるようなヒーローでもお人好しでもないんだ。悪いけれど、これ以上は君の力にはなれない」


”こうなったらヒゲダルマは梃子でも動かないんだよなあ…… @たんたんタヌキの金”

”本当に頑固なのよねえ……でもヒゲダルマさんの言っていることも、それはそれで正しいのよね。 @WAKABA”

”以前行方不明者を助けに行った救助部隊が全滅なんて話もあったもんな…… @†通りすがりのキャンパー†”


「……分かりました。あなたの仰る通りです。初めて会ったばかりのあなたに甘えていました。あの、少ないかもしれませんが、こちらは今私が渡せる限りのお礼です。この度は危ないところを助けていただきまして、本当にありがとうございました」


「分かった、ありがたくいただいておこう」


 華奈という女性が持っていたマジックポーチのうち、そのひとつを俺に渡してきた。中にはモンスターの素材なんかも入っているのかもしれない。


「……おい、ゲートはそっちじゃないぞ」


「分かっています。せっかくあなたに助けていただいた命ですが、私は妹を――たったひとりの家族を置いてこのまま帰ることはできません!」


「そうか……まあ、すでに対価はもらった。あとはあんたの好きにすればいいさ」


「ありがとうございます。それでは失礼します」


「ああ、あんたと妹さんが無事に帰れることを祈っているよ」


 そう言いながら、来た道を戻る彼女。


 彼女には悪いが、俺はもうこのダンジョンに来る前のように、人に尽くすことはもうやめた。あれほど信頼して身を粉にして働いてきた挙句、裏切られてそのすべてを奪われたことを俺はまだ忘れることができない。


 もう俺にはお金や女なんて煩わしいものはいらない。俺は俺の配信を見てくれる人たちとくだらないことを話したり、うまい飯を食うだけの生活だけでいいんだ。


「瑠奈……待っていて。私が必ずベヒーモスからあなたを助けるわ」


「……ちょっと待て!」


 去り際の彼女を引き留める。今彼女は何と言った?


「今ベヒーモスといったな。君たちを襲ったイレギュラーモンスターはベヒーモスなのか?」


「は、はい。そういえば言っていませんでしたね。そうです、あの凶悪なモンスターであるベヒーモスのイレギュラーになります。ただでさえ今の最前線で現れる凶悪なベヒーモスのイレギュラー……少なくとも私が今まで出会ったモンスターの中でも一番強くて危険な――」


「あのめちゃくちゃうまいベヒーモスのイレギュラーだと!」


「………………えっ?」

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