第49話 復讐心


 パシャッ


「動ける!」


「あ、ありがとうございます! でも、どうしてここに……?」

 

「ツインズチャンネルを見ていたリスナーさんから聞いて急いできたんだが、なんであいつがここにいるんだ?」


 華奈と瑠奈が怪我をしていたようなので、2人にハイポーションをかけた。瑠奈のほうに外傷は見当たらなかったが、ハイポーションをかけたら無事に動けるようになったみたいだ。


 さて、とりあえずギリギリのところで間に合ったのはいいけれど、現状がまったく理解できていない俺がここにいる。


 俺が配信をしていたところ、俺の配信チャンネルのリスナーである月面騎士さんから華奈と瑠奈がピンチだと連絡が入った。どうやら月面騎士さんは俺の配信と2人のチャンネルを同時に視聴していて、虹野なんちゃらが2人の前に現れたところで俺に連絡をくれたようだ。


 そこから36階層の2人がいる場所へリスナーさんのナビに従い全速力でやってきた。ドローンがないと案内をしてもらっているコメントも見えないから、ドローンはポケットの中に突っ込んでいる。


「……へっ、本当に来やがったか!」


 あいつは虹野なんちゃらだよな? 以前の件で探索者の資格を剥奪されて、このダンジョンには入ることができなかったはずなのになんでここにいるんだ?


「私たちにも分かりません。ですが気を付けてください。彼は使用禁止マジックアイテムの狂戦士の腕輪を使いモンスターをたくさん倒して、以前よりずっと強くなっています!」


「あと使用禁止マジックアイテムの誘引の蜜を使ってこのエリアに魔物を集めたんだ。僕たちの属性付きの武器よりもすごい雷の属性付きの武器を持っているし、もしかしたら他の使用禁止マジックアイテムなんかを持っているかもしれないよ!」


 マジか……そもそもこのレベルの階層だと使用禁止マジックアイテムなんてそんな簡単に出る代物でもないはずだ。元トップダンジョン配信者だし、大金を使って手に入れたのか?


「……会見の時とはだいぶ雰囲気が違うな。だが、確かにあの時の男で間違いないようだ!」


「あっ!」


「いけない、配信が!」


 華奈と瑠奈が慌てて自分たちのドローンによる配信を切断する。


 一応ここへ来る際中に走りながらヒゲだけは剃ったが、一刻を争う状況だったため、普段俺が身に付けている防具をそのまま着て、白い大剣の白牙一文字を手に持っている。


 もしかしたら先ほどの2人の怪我で配信用ドローンがオフになっている可能性もあるが、瑠奈の方は血を流していなかったし、たぶん切断されていないだろうな。まあ、いずれはバレると思っていたことだし、今それについてはどうだっていい。


「……一応確認しておくが、こいつは華奈と瑠奈を殺す気だったんだよな?」


「はい! こいつはお兄さんのことも殺す気でいます!」


「そうか……」


 目的は復讐。当然あの会見の時に割って入ってきた俺にも深い恨みがあるわけだな。

 

「ウモオオオオオ!」


「キシャアアアア!」


「……っ! モンスターが!」


「俺が来た方の通路にいたモンスターはだいたい倒した。悪いが、そっちの通路から来るモンスターを少しの間だけ頼めるか?」


「うん、任せて!」


「分かりました!」


 このフロアの中へ入ってきたモンスターたちを2人に任せて、虹野の方へ向かってゆっくりと進む。


「へへっ、そんな見掛け倒しの大剣なんて持っていても俺は騙されねえよ! まあ、今の俺ならたとえイレギュラーのベヒーモスが現れたとしても余裕でぶっ殺せるけどな!」


「………………」


 すでに焦点があっていない虚ろな目と口元に垂れている涎。


 どうやらこいつは完全に正気を失っている。狂戦士の腕輪――確かあれを身に付けるとだんだんと精神が蝕まれていくとても危険なマジックアイテムだったはずだ。


 そして正気を失った目の下には真っ黒なクマがあり、髪はボサボサで身に付けている防具と服はボロボロになっている。正気を失いながらも、一人でひたすらダンジョンにこもってモンスターを倒していたのだろう。


 ……懐かしいな。俺もダンジョンに潜ったころは自暴自棄になって、自分が傷付くことなんか意にも介さず、ひたすらモンスターを倒していた。


「てめえらのせいで俺はすべてを失った! 絶対にぶち殺してやる! 俺が最強なんだ!」


 刀を鞘に納め、居合の構えを取る虹野。


 今のあいつには少しだけ昔の俺が重なって見えた。俺も俺からすべてを奪ったを殺したいほど恨んだからな。絶対に復讐してやると誓って、あいつらをどれだけ惨忍に殺してやろうかを考えながらダンジョンの中で眠れない日も幾度かあった。


 ……皮肉なことだが、俺がダンジョンで今まで生き延びられた理由のひとつにあいつらへの復讐心があったことは間違いない。世界のすべてを呪いながら、八つ当たりのようにモンスターを斬っていくことで、少しだけ気が楽になる、そんなドス黒い感情は俺にもあった。


 それこそ、俺がこいつのように復讐できるほどの力があったり、狂戦士の腕輪を持っていたら迷わず使っていたかもしれない。

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